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1-9

 昼過ぎの東京都内。恭介とエレンの二人は、バンをコンビニの駐車場に停めて遅めの昼食を取っていた。

 エレンはサイボーグ用のゼリー食を一瞬で飲み干し、いまは電子タバコを吹かしている。恭介もまた生身用の完全食――液状の、栄養摂取のみを考えた、とても食事とは呼べない代物だ――をのんでいた。コンビニにおいてあるサーバーからセルフサービスで注ぎ、ストローをさして飲む。酷い味だが、時間を無駄にしたくない人間には最高の品だ。

 恭介は片手でカップを持ちつつ、目は眼鏡デジタル・アイウェアに映る映像を追っていた。

 電脳化をしていないからといって、恭介が捜査に参加できないというわけではない。彼にはアナログだが、外部デバイスがある。電脳よりも圧倒的に非効率的だが、拒絶症の彼はずっとこうしてきたし、これからもそうなる。

 アイウェアは目の動きで操作するアイ・トラック・モードになっており、恭介の眼球の動きに合わせてページが移り変わる。もちろん眼球操作など完璧なものではなく、それよりも電脳による脳神経電気信号コントロールの方が確実だ。だが、それができない恭介は、眼球操作のクセもすべて理解した上で、完璧に使いこなせるようになっていた。ハンディキャップを克服するための努力の一つだ。

 視線を動かし、ページを繰る。

 彼が見ているのは、先ほど並列化の行われた牧留一の情報。そして、先ほどアキハバラで会ったアスカ――彼の本名はどうやら二瓶ニヘイ飛鳥アスカというらしい。メタデータにそうあった――が送ってきた調査結果である。

 彼は実に興味深いデータを送ってくれた。それは、例のウィルスのリミッター解除条件。セキュリティクリアランスの高いモノにしかクラックを認めないという、ムシが自ら課した枷を解き放つ、その条件……。

「例のムシの解放条件、どうやら外装義体クグツ用の義脳コンピュータに飛び込むことだったみたいね。クグツに侵蝕するときだけ、あらゆる枷が外れるみたい」

 と、助手席のエレンがタバコをふかしながら言った。彼女はすでにアスカと情報を並列化。アスカの既知情報を、彼女もまた既に知った状態になっていた。

「そうらしいな」とリアルタイムで文章を読みながら。「つまるところそのような条件付けを与えることで、ムシは率先して条件解放が可能なクグツの中に飛び込もうとした……」

「ってことでしょうね。人間と同じ。水は低きに流れ、人は易きに流れる。ムシも同じ。生物の習性をよく理解しているというか何というか」

「はっきりしたのは、あのムシはクグツへの侵蝕が目的ってことだ。このまま放置していれば……」

「最悪なことになるかも」

 エレンはそういって、煙をふうっと虚空に吹きかけた。

 そして次の瞬間、車内に警報が鳴ったのだ。

《警視庁より入電。ケイヒン工業地区より、産業用外装義体にムシの反応あり。繰り返す――》

「言ってるそばからこれか……。キョウスケ、クルマ出して」

 エレンは肩を落とし、電子タバコを上着のポケットにしまった。

 恭介は大急ぎで完全食を飲み干すと、口一杯の苦さとともにクルマを現場に向かわせるよう設定した。


     *


 時間は『現在いま』に戻る。

 工業地帯から搬出作業中だった外装義体クグツは、その道中で信号途絶アウト・オブ・コントロール。完全に駆動系を乗っ取られた。幸いにも侵蝕当時、クグツのパイロットはいなかったが、ムシは補助義脳(コンピュータ)に侵蝕。そこから指揮権のすべてを掌握した。両腕に作業用のクレーンアームとクローを備えたクグツは、そのまま輸送トレーラーの義脳にも侵蝕。ドライバーがすぐにシステムをオフラインに切り替えたから良かったものの、もしそのままだったら、いまごろ都内全域でクグツが暴れ出しているところだった。

 ドライバーは首都高速を途中で飛び降り、軽傷を負うも無事保護された。問題は、勝手に走り去っていったトレーラーだ。

 目標、暴走状態にある汎用作業外装義体・WAB‐300Fウンリュウは、トレーラーの荷台に載ったまま湾岸線を北上中。ムシがなにを目的としているかは不明だが、これ以上被害を増やすわけにはいかなかった。


 エレン・クロガネの駆るバイク、HAL‐1250F。ステルス戦闘機を思わせる漆黒のモーターバイクは、静かなモーター駆動音とともに急加速。先を行くウンリュウを追っていた。

 いま、エレンの視界上にはオレンジのネオンサインのようにメーター、その他各種情報がブラウズされている。視界下部中央には、HALのメーターが並び、右側に地図情報。左に現在のエレンの義体情報が表示される。

 エレンはアクセルを開け、出力全開。一気に距離を詰める。先ほどまで認めるのがやっとだったウンリュウの姿は、もうすぐそこまで来ていた。

 もうすぐで橋を抜ける。路肩には緊急事態宣言を受理し、自動的に緊急車両走行時モードに移行した自動運転車たち。徐行して進む一般車は、もはやエレンにとっては止まっているも同然だった。

 レインボーブリッジを抜けて、長いループにさしかかる。そこが、勝負どきだ。

《ハル! ブレード!》

《了解。エレン、一撃で仕留めろ》

 HAL、補助義脳サポートコンピュータが応答。乗手マスター=エレン・クロガネの指令を受諾。ウェポンラックより武装を放出する。

 車体右方。エレンの腰の位置にあるシート脇から、黒い角材のようなモノが伸びた。

 エレンはその棒状の物体をつかむと、アクセルを開けるように奥へ回した。すると、彼女がつかんでいた部分を柄として、漆黒のブレードが姿を現した。ハルがエレンに渡したモノとは、鞘に納められた超音波ブレードであった。

 超音波ブレード。それは暴走した外装義体に対する、もっとも有効な手だての一つだ。生物のように麻酔も効かなければ、銃弾もろくに効くはずがない。かと言って爆発物を用いるのはコストパフォーマンスが悪すぎる。そこで用いられるのは、ブレードによる切断。そして義脳の切除だ。

 エレンは、さながら馬を駆る騎馬武者のごとくブレードを構えた。橋を駆け抜け、ループにさしかかる。強烈なカーブ。トレーラーは減速し、ステアリングを傾ける。

 しかし、エレンは決してアクセルを緩めることなど無かった。最大出力フルスロットル。トレーラーが減速するのを後目に、一挙に相対距離をゼロにした。

「ハロー?」

 軽口を交えながら、エレンは刀を逆手に持った。

 このままでは、急カーブへの対応が間に合わず激突だ。横に並んだ輸送トレーラー、その荷台に載ったクグツは、まるであざ笑うかのようにエレンを見た。黒いバイザーの下に隠れたカメラアイが、確かにエレンの姿を捉えている。ウンリュウに侵蝕したムシはこう言っている。

《お前は終わりだ》

 だが、それは間違いだった。

 次の瞬間、エレンは逆手に持ったブレードを思い切りアスファルトに差し込んだ。ブレードは沼地の中に入り込むようにヌルリとアスファルトを裂き、どす黒い破片をまき散らした。

 急減速。その衝撃に、ブレードを回転軸としてHAL‐1250Fはドーナツターン。高速域から一気に減速して、ウンリュウの前に出た。

《終わりは、アンタよ》

 エレンは電脳アタマの中でつぶやき、そしてブレードをアスファルトから引き抜いた。バイクは大きく空中で回転し、ブレードもまた回転に沿って周囲のあらゆる物体を切り裂いた。そのなかには、空気やアスファルト、街灯、そしてウンリュウの脚部人工筋肉マッスル・アクチューエタ、輸送トレーラーのタイヤも含まれていた。

 バランスを失ったトレーラーは、そのまま横転。右足を失った巨人を裂けたアスファルトの上にこぼれ落とす。

 エレンはその好機を逃さなかった。減速した状態からハルは再加速。倒れた巨人のもとへ駆けつける。

 青く塗られた巨人は、胸元に『ケイヒン産業』と書かれていた。本来はそこで運搬作業を行うしがないマシンだったのだろう。WABー300F。決して高性能なマシンではないが、未だに長らく愛用されている産業用外装義体の一つだ。

《アンタに恨みはないけど、でも、その義体(カラダ)、裂かせてもらうよ》

 エレンは一言断りを入れると、一閃、ブレードをまっすぐ下へ振り下ろした。ウンリュウの後頭部にあるコックピットが一刀両断。もぬけの殻のコックピットが姿を現した。

 誰も乗っていないクグツ。それを動かしていたのは、コックピット内のシート後方にある義脳だ。ハルと同じ、支援用義脳サポートコンピュータの一つ。それがムシの侵蝕を受け、機体を暴走させた。

 エレンは刀を鞘にしまうと、コックピットへ身を乗り出し、義脳を無理矢理つかんで引っ剥がした。コードがでろんと飛び出し、火花が散った。

 これが彼女の仕事だ。ムシによって暴走したマシンを強制的に行動不能の状態にまで追い込み、侵蝕された義脳または電脳を回収する。


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