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Gloomy Knight  作者: 小富範図(おふはんず)
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第3章

付き合い始めてからの俺らは、いつもと何も変わらなかった。ただ今までのワクワクやドキドキに安心感が付いた。隣にいるこの柚木楓という女の子は、自分だけのものなんだと感じることができた。

五月末、楓と二回目のデート。三田のアウトレットモールに俺の私服を買いに行った。さすがに少しは気になっていたみたいだ。

雨が増えて来た六月、スーパーのバイトを始めた。その頃には、ちょっとずつ人と話せるようになって、学校でもクラスの友達ができたりした。

また家族にも言い逃れができなくなり、初めて家に楓が来た。その時の様子を少し……。


「こんにちは、大したもんは出せないけど、ごゆっくり」


母さんがニコニコして俺の部屋に入って、紅茶を出してくれた。それに加えて、


「お兄ちゃんを、よろしくお願いします! 無愛想で、たまに人を蔑んだような感じを出しますが、本当に良い人なんで!」


と真心が真剣な眼差しで言ってきた。そんな家族の様子に俺は恥ずかしくて、呆れたように照れ笑いをしていたが、


「素敵やんな〜、夜騎士の家族。みんな優しそうやし」


と終始ニコニコしていた。この後、晩御飯まで一緒に家族と過ごした。


七月は、期末テスト。全く勉強をしていなかった俺は、図書館と家で楓と猛勉強。ずっと寝ていた俺とは正反対で、真面目に授業を受けていた楓にお願いして、ノートを見せてもらったりして必死で勉強した。

うなだれるような暑さの中、期末テストが終わった。


「いよいよ、明日から夏休みです! 受験生は勉強に、他の学年はハメを外さないように、しっかり充実とした夏休みを過ごしてください」


何とかテストを耐え切った。蝉の声が響く教室で、俺と楓と中居と河野さんで少し話していた。


「ねぇ! 夏の大会終わったら四人で海行かね?」


中居が言い出した。


「何でこの四人なん?」


と俺が聞くと、中居と河野さんが見合って笑った。


「えっ? もしかして?」


「そういうことです!」


と中居が言う。よく俺とも話すようになった河野さんと、俺と楓を毎時間冷やかしに来てた中居は、すごく仲良くなっていたらしい。

知らぬ間にみんな進んでるんだと、ひみじみ思った。


「なぁ、どうだ? 夜騎士?」


「楓はどうなん? 嫌なら、断っても良いよ?」


と俺が聞くと、右斜め上を見て、少し考えて、


「良いよ! 楽しそうじゃん!」


と言って手を打った。夏休みに二つのカップルで海なんて、今から楽しみで仕方ない。


「よし! 夏の大会、早く終わらせるぞ!」


「ちょっと! 先輩達の代なのに不謹慎よ!」


河野さんがツッコミを入れてると、もう前までの自分とは思えないほど、そんな自分も思い出せないくらい、自然な笑いが出た。そんな雰囲気がまた、最高に楽しかったから。


毎日LINEをしたり、バイトをしたりで忙しかった。だから待ち遠しかったその時も、すぐに来た。

八月三日、その日は蝉も黙るのでは無いかと言うくらい暑かった。

海に地味な眼鏡はやめてくれ。と中居と河野さんに念を押されたため、慣れないコンタクトで駅に集合した。にしても海に行くのに、集合朝7時は早過ぎだ。


「あれ? 夜騎士やよね?」


と言われて、覗き込まれた。目の前にいたのは楓だった。この時俺は初めてのデートを思い出した。あの時の俺は一度は別人かと思って目をそらしたが、楓の方は気付いてくれた。


「そ、そうやで?」


と不思議そうに笑って答えると、


「全然イメージ変わるから、一瞬分からへんかった」


と楓も笑っていた。眼鏡が無いだけで無く、俺の姿は私服も含め、いつもとは全く違う人のように見えたのかも知れない。


「ごめん! ちょっと家から出るのにてこづって」


と言いながら走って現れたのは中居と河野さんだった。待ち合わせより三十分も過ぎていた。


「私の都合で、泊まり無理になって早く行こうって言ったのに遅れちゃって、ごめんね! 言い訳すると徹ちゃんが寝坊するからなんだけど」


「ちょっと待てよ、ちゃんと起きたぜ? モーニングコールが来たら」


「あれはモーニングコールじゃ無くて早く起きろの電話! モーニングコールするなんか誰も言ってへんし」


「や、や、それでも集合写真時間十五分前に電話もらってから、この時間に来れるのってすごくね? それに優希が俺ん家に来たのも集合時間過ぎてたし」


何かミサイルの様に言葉を交わせる二人が羨ましくも感じた。その後も軽い口論のようなのが続いたが、


「ま、二人とも遅刻は遅刻だから」


と一喝、楓が言うと、


「す、すいません」


と黙って二人は頭を下げた。その姿に俺と楓は顔を見合わせて笑った。そして、海に向かった。あまり学校の人達に見られたく無いのもあって、隣の隣の市まで電車で行った、学校に行くよりも長い時間電車に揺られた。

でも一人じゃなくて、ずっと誰かが喋っていたので、そんなに長く感じなかった。

海に着いて、まずすぐに泳ぐことにした。そこで楽しみになるのはもちろん、楓の水着だ。今日の私服も可愛かった。水着の方はどうなのか、男の勝手な期待が膨らむ。


「水着楽しみだよなぁ」


先に着替えて、砂浜で中居と二人待っていた。


「別に俺はそんなに」


下心は全くないと言う風に装って言った。


「それはそれで変な話だけどな」


と笑う中居。俺だって照れ隠しだ。そんな話をしていると、


「お待たせ!」


と言われたので振り返ると、そこにはまるで妖精のような女の子が立っていた。楓の水着は、ピンクに白のストライプが入ったビキニだった。


「どう?」


と聞かれたが、あまりに見惚れてしまって、反応が遅れた。


「み、見過ぎじゃない?」


と照れて少しモジモジしながら楓が言うと、俺も恥ずかしくなって、


「言うまでもないよ」


と思ったことをはっきり言えなかった。本当はすごく可愛いと言ってあげたかった。


「楓っちの超可愛い〜」


と中居が調子を乗って言う。するとすかさず河野さんが、


「あんたが言うなよ、私の感想は?」


「そうだな、とーーーっても可愛いんだけど、もうちょっと痩せてた方が……」


と笑いを堪えながら言って、走って逃げると、


「こんなとこ来て、よくそんなことが言えるわね、待て〜!」


と言って、河野さんも後を追いかけるように、仲良く海に走って行った。


「俺らも行こっか?」


「うん」


走って行く二人を追いかけるように、俺は楓の手を引いた。そして、冷たい海に二人でダイブした。

まるで映画で見たような水のかけ合い。キラキラ光る水の雫と、楓以外は俺の目に映らなかった。

昼は浜辺でバーベキュー、その後はビーチバレーをやったり、砂のお城を作ったり、あっと言う間に一日が過ぎた。

気が付けば日が暮れて、海がオレンジ色になっていた。人がいるところから少し離れた海岸で、俺らは二人っきりで話していた。


「今日は本当楽しかったな」


「うん、本当に。今までで一番かも」


しばらく夕陽を眺めていると、


「ねぇ、夜騎士は私にキスしたいとか思わへんの?」


唐突に楓が言い出した。


「いや! そんなこと無いけど!」


と俺は即答した。ただ今まで経験したことのない毎日が楽し過ぎて、そんなことをあんまり考えなかっただけだ。

楓の顔を見ると、ものすごく寂しそうな顔で水平線を眺めていた。俺は、それにそっと顔を近付けた。


「アイス買ったけど、食わねぇーか?」


と遠くから中居の声。俺は慌てて顔をそらした。


「うん! 今すぐ行く!」


と楓は答えて、あっちに行った。俺は小さく拳を握りしめた。みんなでアイスを食べて、帰路に着いたが、何かスッキリしない。あの時の、楓の表情がどうしても頭から離れない。

それから数日、LINEをしてもいつもと変わらない。けど、どこか文字が寂しげに見えた。遊びに誘っても、


『来週はごめん』


と断られるたびに、俺は何かに怯えるような感覚になった。

結局、夏休みは海以来一度も会えなかった。でも俺はそれに対しての不満を一度も楓に伝えなかった。

夏休みが明けてからも、何も変わらない表情で話してくれるように見えた。あんな姿を見るまでは……。



俺は放課後、いつもの楓の木の下で寝ていた。家にすぐに帰りたくない、そんな気分だったから。

寝転がろうとした時、廊下に楓の姿が見えた。


「今日は用事があるから先に帰って」


って言われたから、仕方ないと思ったが、よく見れば男と一緒じゃないか?

俺は何の疑いもなく、ただ気になったから二人の行方を追った。向かった先は図書館だった、陰からこっそり二人を見ていると、どうやら楽しそうに話しているようだ。胸の奥が苦しくなった。何かで縛られるような感覚だった。俺に見せるのと同じような笑顔を、あいつにも見せている。よく見るとそいつは、学校でも好成績でイケメンと言うので有名な奴だった。俺は静かに、その場を立ち去った。

失いかけてた暗い感情が一気に蘇った。家に帰っても落ち着かない。信じていたのに裏切られた。浮かれているのは自分だけ。やっぱり俺なんかじゃ女の子は相手してくれないんだ。大好きな楓が一瞬でどこかへ消えていくような気がした……。

止めどないネガティヴな感情とともに、涙が流れた。


「おはよう!」


翌日、楓はいつもと同じように俺に話かけてきた。


「おはよう」


と俺は一応返すが、どうも目を合わせられない。休み時間も、帰り道も話はするものの、心ここに在らずって感じだ。それも無理は無い……。

昨日の楓の姿が常に脳内に再生されていたからだ。


週末、気温が少し下がったので、ご飯を食べた後、地元の駅でストリートライブをした。気分転換のつもりだったが、ギターの音色も、声もあまり乗らない。だから立ち止まる人もいなかった。そんな中で、好きな人への思いを綴った自作の歌を歌っていた。


“僕のものだけにしたいと思えば思うほど、気持ちだけが先走って、でも空回りする時が本当は心地良かったりして……”


今の自分には、その一番楽しかった頃に作った歌なんか歌えなかった。辛くなって途中でやめた。


「やめないで」


前に立っていた一人の女の子が言った。


「やめないで、歌い続けて」


と俺の瞳に訴えかけるような目で言うので、俺は小さく彼女だけに聴こえるような声で歌った。


「すごい、真っ直ぐ過ぎる! こんな歌、初めて聴きました!」


歌い終わると、すごい笑顔でそう言った。今まで立ち止まって聴いてくれていた人とは、全く違う反応だった。

それがとても嬉しかった。


素直な感想に恥ずかしそうに下を向いてたが、


「ねぇ、でも、キスとかってしたことないでしょ」


と言われて顔を上げると、もう彼女の顔は俺の顔の前まで来ていた。

そして初めて女性からキスをされた。


「ちょっと、ダメだって」


俺はそう言って軽く彼女の肩を押した。いきなり初対面でそんなことをしてくるなんて、あまりの驚きに動揺して唇を拭いた。


「私の名前は須磨涼子すまりょうこ。あなたと同じ高校の一年生。自分で言うのもなんだけど、この身長とスタイル、小さい顔に、サラサラの髪、雑誌のモデルにスカウトされて、今はモデルの卵。でも、本当は普通の高校生でいたいの。普通の恋とかができる高校生で。今、そう思わせてくれた、「Gloomy Knight」さんの曲が……」


何を言っているのかは分からないが、泣いている? 女の子の涙は嫌いだ。どうすれば良いか分からなかった。でもこのまま彼女を放って逃げるという選択肢は無かった。


「泣くなよ。とりあえず、さっきのことは気にしてないから、もう一曲聴いて行って」


と言って、俺はあえて失恋歌を歌った。


“真っ直ぐに愛していたって、少しのミスですれ違えば、大きく道が別れてく、その違いに気付かないから、一緒にいることができなくなるのかな”


楽しい毎日の中でも、知らぬ間に何曲か辛い失恋の歌も書いていた。やっぱり失恋への恐怖が隣り合わせだったんだと、自分の詞に思い知らされた。


「すごい、さっきの淡さとは正反対で、深いメッセージが………。当たり前のことなんだけど、案外気付いてないことなんだよね、道が違うから一緒になるはずないんだよね…」


歌詞について次々に納得してくれる須磨さんを見ると、何だか自分の書いた歌詞が恥ずかしくなって、


「あはは」


と声をあげて笑ってしまった。それを見て須磨さんも笑った。


「家はこの近所なん?」


歌い終わってギターを片付けていると、須磨さんが聞いてきた。


「まぁ、そーやね」


「LINEとか教えてくれへん?」


「えっ、まぁ良いけど」


断る理由が見つからなかった。まぁ連絡先ぐらい良いだろうと思った。


「今度デートに行こうね! 後、涼子ちゃんって呼んでな! うちも夜騎士くんって呼ぶから」


なぜかかなり親しく言うので俺は、


「年下だよね?」


と少し目つきを変えて言った。


「あれ、そう言うの気にする人なん?」


と涼子ちゃんは、軽い感じで返して来た。


「いや、別に良いんだけど……」


本当は少し癪に触ってたりするけど、いつも通り感情を押し殺して話した。


家に帰っても、涼子ちゃんからのLINEの応酬だった。どんだけ積極的な子なんだ。俺にとっては苦手かも知れないと思ったが、寂しさに暮れていた心が少し落ち着いた。


『明日の日曜空いてる?』


いきなりデートの誘いが来た。俺は断れない性格で、断る口実も思い付かなかったから、


『空いてるよー』


と返してしまった。この後の自分が大変な苦労をするなんて考えず、今に流されてしまうダメな性格だ。


『じゃあ、カラオケで良いよね?』


『うん』


翌日、集合場所にいた涼子ちゃんは、オシャレをしていてニコニコだった。俺はと言うと、楽しみな気持ちと、こんなことしてて良いのかという気持ちの半々だった。


「血液型は何型?」


「B型」


「え、私もB! 誕生日は?」


「えっと、三月二十日」


「結構先だね! 私ん家もあの近くにあるんだけど、学校遠いよね? いつも何してんの?」


涼子ちゃんの質問責めは止まらない。その日の俺は、いつの間にか涼子ちゃんのペースに乗せられていた。

カラオケに入って、一、二時間歌っていると、曲の途中で歌うのをやめ、涼子ちゃんは急に俺に顔を近付けて、


「しちゃう?」


と耳元に囁いた。その時の涼子ちゃんの笑顔には何か悪しきものを感じた。


「ダメだよ」


と唾を飲んで俺が言うと、


「それでも男なの、こんなに女の子が誘ってるって言うのに」


涼子ちゃんが言う。俺はその言葉に反発するように、逆に涼子ちゃんをソファーに押し倒した。でも、どうしてだろう、そこから先に進めない。頭に、楓の姿が浮かんでしまった。


「やめるの?」


こっちをじっと見つめて、涼子ちゃんが言う。


「うん、無理だよ俺には。嬉しいんだけどね、プライドが高いんだ」


と言ってそっと離れると、


「良いよ、きっといつか勝ってみせんねんから、その人に。だから歌おう」


と何かを決心したような顔で、涼子ちゃんは言ってマイクを渡してきた。


「ごめんな」


と俺が下を向いて謝ると、


「謝らんといて! 何か告っても無いのに振られたみたいなるやん」


と言って無理して笑っていた。


このままではダメだ。明日、学校で楓にちゃんと言おう。このモヤモヤした気持ちを。

しかし、そんな簡単に解決するはずも無いのが、恋というものだった。

翌朝、いつものように、


「おはよう」


と声をかけたが、楓は軽く会釈するだけで、何も話さない。とりあえず様子を見ようと席に座った。そして携帯を見てみると、


『放課後、楓の木の下で話があります。』


と言う楓からのLINEがあった。やっぱり何か様子がおかしい。文面も怒っているようだ。

昼休み、先に出て行った楓を追うように、その場所に向かった。


「何を言うか分かる?」


楓は木の下で三角座りをして、小さな声で言った。ここは分かると言うべきなのか、とりあえず惚けるべきか、


「うん」


俺は昨日のことを話すことにした。


「だったら全部話してみて!」


口調が少し強くなった。


「昨日、一年生の女の子とカラオケに行きました、ただそれだけ……」


「それだけ?」


と言われて睨まれると、背筋に電気が走るような気がした。しばらく固まっていると、楓はハァーと溜息をついて、


「私たち距離を置いた方が良いかも」


と言った。俺は待ってと言って、理由を説明することができなかった。と言うか、その言葉をハッキリ聞き取ろうとせず、固まっていた。

楓は走ってどこかに行った。俺は座って木にもたれかかって、秋晴れの空を仰いだ後、楓の木を数度殴った。涙は出なかった。

家に帰るとLINEが一通来ていた。どうやら俺と涼子ちゃんのことを目撃して、楓に言ったのは河野さんだったみたいだ。何て余計なことしてくれたんだと思ったが、責められずはずもない。

付き合って四ヶ月目の九月八日、二人は距離を置くことになった。

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