6 白石先生
秋。
体育。
「はい次!サッカー!」
「うわぁ面倒くせぇ〜」
男子たちがダラダラ校庭へ出ていく。
一九九二年。
まだ“水飲むな根性論”がわりと残っていた時代である。
「のだぁ……」
レイはやる気がなかった。
五十歳まで生きた結果。
体育など“怪我のリスク”にしか見えない。
「若い頃は気合いで動けても後で膝に来るのだぁ……」
「何言ってんだお前」
友人に呆れられた。
だが。
その時。
レイの視界に入った。
保健室の窓。
「…………」
レイの目が光る。
「のだぁ」
保健室。
養護教諭。
名前は白石美冬。
二十代後半。
美人。
黒髪。
優しい。
男子人気が異常に高い。
しかも妙に色気がある。
そして。
前回人生のレイは。
ほとんど接点がなかった。
「のだぁ……」
レイは思った。
人生二周目。
青春を回収するなら。
保健室イベントは必須である。
「うむ!」
レイは突然やる気を出した。
「今日は怪我するのだっ♡」
「最低だなお前」
試合開始。
ボールが飛ぶ。
男子たちが走る。
「パス!!」
「打てー!!」
「のだぁぁぁ!!」
レイも走った。
妙に速い。
なぜなら。
中身五十歳なので“無駄な体力配分”をしないからである。
「吾輩は知っているのだぁ!全力疾走は寿命を削るのだぁ!」
「うるせぇ!」
その時。
ボールが飛んできた。
「のだっ♡」
レイ、わざと派手に転ぶ。
「のだぁあああああああ!!!!」
ゴロゴロゴロ!!
「うおっ!?」
「レイ!?」
めちゃくちゃ大袈裟だった。
「い、痛いのだぁああああ!!」
「絶対演技だろ」
「違うのだぁ!!膝が砕けたのだぁ!!」
「擦り傷じゃねぇか」
「致命傷なのだぁ!!」
だが。
教師は面倒そうに言った。
「保健室行ってこい」
「のだっ♡」
レイの目が輝く。
勝利。
完全勝利。
「青春イベント発生なのだっ♡」
「キモいぞお前」
数分後。
保健室。
カーテン。
消毒液の匂い。
静かな空間。
「失礼しますなのだぁ♡」
「はいは……」
白石美冬は顔を上げた。
「あら、田中君」
「のだっ♡」
レイ、デレデレだった。
近い。
美人。
白衣。
優しい声。
男子高校生特攻兵器である。
「どうしたの?」
「重傷なのだぁ……」
「どこ?」
「心なのだぁ……」
「帰っていい?」
「のだぁ!?」
即切り捨てられた。
だが。
レイは諦めない。
「うむ!膝も痛いのだっ♡」
「あぁ、擦りむいてるのね」
美冬はしゃがみ込んだ。
「消毒するから座って」
「のだぁ♡」
レイはニヤニヤしながら椅子に座る。
そして。
白石先生が膝に触れた瞬間。
「のだぁぁぁぁ♡」
「うるさい」
「美人なお姉さんに触られてるのだぁ♡」
「田中君?」
「のだっ♡」
「黙らないと包帯きつく巻くわよ」
「ご褒美なのだぁ♡」
「…………」
白石先生、ちょっと引いていた。
だが。
レイは止まらない。
「痛いのだぁ♡もっと治療してなのだぁ♡」
「はいはい」
「毎日怪我したいのだぁ♡」
「それはやめなさい」
白石先生は呆れながらも笑っていた。
「最近変わったわよね、田中君」
「のだっ♡」
「前まで暗かったのに」
「青春を始めたのだぁ♡」
「何それ」
白石先生は消毒を続ける。
「しみるわよー」
「のだぁぁぁぁぁ!!」
レイ、大騒ぎ。
「痛いのだぁ!!」
「大げさねぇ」
「死ぬのだぁ!!」
「擦り傷で死ぬ高校生初めて見るわ」
「のだっ♡」
レイは嬉しそうだった。
保健室。
美人教師。
近距離。
青春イベント。
「のだぁ……」
そして。
レイはふと思った。
前回人生。
こういう“どうでもいい幸せ”を、全部スルーしていた。
恥ずかしくて。
面倒で。
距離を取って。
でも。
今は違う。
「白石先生」
「ん?」
「先生ってモテるのだぁ?」
「急に何」
「気になるのだぁ」
「まあ……普通じゃない?」
普通じゃない。
校内男子人気トップクラスである。
「のだぁ……」
レイは真顔で言った。
「先生、絶対に変な男に騙されるタイプなのだぁ」
「何その偏見」
「優しすぎるのだぁ」
「ふふっ」
白石先生は少し笑った。
「でもありがと」
「のだっ♡」
「田中君、最近妙に人を見るわよね」
「うむ!」
五十歳なのである。
人間観察力だけは妙にある。
「のだぁ♡」
その時。
白石先生が絆創膏を貼った。
「はい、終わり」
「もう終わりなのだぁ!?」
「当たり前でしょ」
「もっと治療してなのだぁ♡」
「帰りなさい」
「のだぁ……」
レイはしょんぼりした。
だが。
立ち上がった瞬間。
ふらっ。
「あっ」
レイ、わざとよろける。
「のだぁぁぁ!!」
「ちょっ!?」
白石先生が支えた。
近い。
めちゃくちゃ近い。
「のだぁ♡いい匂いなのだぁ♡」
「田中君?」
「保健室最高なのだぁ♡」
「次変なこと言ったら追い出すわよ?」
「のだっ♡」
なお。
翌週。
レイは再び軽傷で保健室に現れた。
「またあなた?」
「青春なのだっ♡」
「体育サボりたいだけでしょ」
「バレたのだぁ!?」




