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夕方。
住宅街。
空は少し暗くなり始めていた。
「…………」
ドーナツを食べ終わった二人は、ゆっくり歩いていた。
受験終わり特有の妙な解放感。
疲労。
安心。
「はぁ……」
彩音が小さく息を吐く。
「のだ?」
「なんか、まだ変な感じ」
「うむ?」
「明日も勉強しなきゃって感覚残ってる」
「のだぁ……」
レイは頷いた。
「戦士モードなのだぁ」
「何それ」
「長期戦だったのだぁ」
彩音は少し笑った。
だが。
本当に疲れていた。
体じゃなく。
頭が。
ずっと張り詰めていた。
「…………」
その時。
レイはふと立ち止まった。
「のだ?」
「もうこの辺でいいよ」
「うむ」
ここから先は家が近い。
いつもの別れポイント。
「…………」
だが。
今日は。
彩音がすぐ離れなかった。
「…………」
レイを見る。
「のだ?」
「…………」
数秒。
そして。
彩音は。
そのままレイに抱きついた。
「…………」
「のだぁ」
レイ、停止。
「…………」
彩音は顔を押しつけたまま、小さく呟く。
「疲れた……」
「うむぅ……」
レイは静かに彩音の背中へ手を回した。
「頑張ったのだぁ」
「うん……」
「いっぱい頑張ったのだぁ」
「…………」
彩音は目を閉じた。
暖かい。
安心する。
「…………」
この数ヶ月。
本当に気を張っていた。
周囲の期待。
成績。
進路。
不安。
「…………」
だから。
今。
こうして抱きついているだけで。
少し力が抜けた。
「のだぁ……」
レイも静かだった。
前までなら。
騒いでいた。
でも。
今は。
なんとなくわかる。
彩音が本当に疲れてること。
「…………」
住宅街。
夕方。
車の音。
遠くのテレビの音。
「…………」
彩音は小さく笑った。
「田中君、あったかい」
「のだっ♡」
「なんでちょっと嬉しそうなの」
「抱きつかれてるのだぁ♡」
「うるさい」
だが。
離れない。
「…………」
レイは少しだけ彩音の髪を撫でた。
「のだぁ……」
「ん?」
「お主、最近ずっと頑張ってたから」
「うん」
「今日は甘やかされる権利があるのだぁ」
「何その制度」
「彼女特権なのだぁ♡」
彩音は少し笑った。
そして。
また少しだけレイへ体重を預けた。
「…………」
レイは静かに支えていた。
「のだぁ……」
前回人生。
こんな時間。
知らなかった。
誰かが自分へ安心して寄りかかってくれる感覚。
「…………」
その時。
彩音がぼそっと言った。
「ちょっと怖かった」
「のだ?」
「受験」
「うむぅ……」
「失敗したらどうしようとか」
「うむ」
「みんな先に進んで、自分だけ駄目だったらどうしようとか」
「…………」
レイは少し黙った。
そして。
「のだぁ」
「?」
「吾輩、お主が頑張ってたの知ってるのだぁ」
「…………」
「だから大丈夫なのだぁ」
「…………」
彩音は静かに目を閉じた。
根拠はない。
でも。
レイにそう言われると。
少し安心する。
「…………」
その時。
レイが小さく笑った。
「受験終わったからぁ」
「うむ?」
「またいっぱいデートできるのだぁ♡」
「ふふっ」
「映画なのだぁ♡」
「うん」
「ゲームなのだぁ♡」
「うん」
「あとお昼寝なのだぁ♡」
「それ田中君がしたいだけでしょ」
「うむっ♡」
二人で笑う。
「…………」
彩音は思った。
本当に。
この人といると。
変に気を張らなくて済む。
「…………」
その時。
レイが急に真面目な声で言った。
「彩音」
「ん?」
「お疲れ様なのだぁ」
「…………」
彩音は少しだけ目を潤ませた。
多分。
欲しかった言葉だった。
「…………」
結果より前に。
まず。
“頑張った”を認めてほしかった。
「…………」
「ありがと」
「うむっ♡」
レイは嬉しそうだった。
「彼女が可愛いのだぁ♡」
「台無し」
彩音は笑いながら。
最後にもう少しだけ抱きついていた。
冬の終わり。
夕方。
受験終わりの静かな帰り道。
「…………」
二人とも。
少しだけ。
大人に近づいていた。




