44 ドーナツ回
二月末。
夕方。
高校。
「…………」
長かった受験シーズンが、やっと終わった。
「終わったぁぁ……」
「もう無理……」
「寝たい……」
三年生たちは完全に燃え尽きていた。
数ヶ月。
勉強。
模試。
願書。
試験。
「…………」
橘彩音も。
かなり疲れていた。
「はぁ……」
校門を出る。
冷たい風。
少し軽くなった体。
「…………」
全部終わった。
まだ結果は出てない。
でも。
とにかく。
試験は全部終わった。
「…………」
その時。
「のだぁぁぁぁぁ!!!」
遠くから聞こえる声。
「…………」
彩音、即察する。
「……いた」
校門横。
妙にテンション高い男。
田中レイ。
「のだっ♡」
レイは袋を掲げていた。
「ドーナツ買ったのだぁ!」
「…………」
「一緒に食べようなのだぁ!」
「…………」
彩音は少し笑った。
本当に。
この人はわかりやすい。
「お疲れ様会なのだぁ♡」
「ありがとう」
「うむっ♡」
レイは本当に嬉しそうだった。
「全部終わったのだぁ?」
「うん」
「自由なのだぁ?」
「まあ、一応」
「のだぁぁぁぁ♡」
レイ、歓喜。
「解放なのだぁぁぁ♡」
「田中君の方が嬉しそう」
「彼女が頑張ってたのだぁ♡」
だが。
レイは本当に待っていた。
この日を。
「…………」
彩音。
ずっと頑張っていた。
だから。
今日は。
何も考えず甘いものを食べてほしかった。
「のだっ♡」
二人は歩き始めた。
夕方。
まだ少し寒い。
「…………」
レイは袋をガサガサ開ける。
「ほれ!」
「歩きながら?」
「青春なのだぁ♡」
「便利ワード」
彩音は少し笑って。
ドーナツを受け取った。
「…………」
一口。
「…………」
「甘い」
「うむっ♡」
レイは満足そうだった。
「受験後の糖分なのだぁ♡」
「なんか疲れ飛ぶ」
「のだぁ〜〜♡」
その顔を見て。
レイは本当に嬉しそうだった。
「…………」
前回人生。
誰かの受験終わりを待つ人生なんて無かった。
でも。
今は。
こうやって。
好きな人を待てる。
「のだぁ……」
妙に幸せだった。
「…………」
しばらく歩いて。
彩音がぼそっと言った。
「疲れた」
「うむぅ……」
「もう英単語見たくない」
「わかるのだぁ」
「田中君、受験してないでしょ」
「雰囲気で共感なのだぁ♡」
「適当」
だが。
彩音は笑っていた。
久しぶりに。
本当に力を抜いて。
「…………」
レイはそんな彩音を見ながら思った。
この数ヶ月。
本当に頑張っていた。
眠そうな顔。
疲れた声。
それでも前へ進んでいた。
「のだぁ……」
だから。
今日は。
いっぱい笑ってほしい。
「うむ!」
レイは突然言った。
「今日は好きなだけダラダラするのだぁ♡」
「いいね」
「ゲームするのだぁ♡」
「する」
「漫画読むのだぁ♡」
「読む」
「布団で溶けるのだぁ♡」
「最高」
二人で笑う。
「…………」
その時。
レイはふと立ち止まった。
「のだ?」
「どうしたの?」
「…………」
レイは少しだけ静かになった。
「彩音」
「うん?」
「頑張ったのだぁ」
「…………」
「本当にお疲れ様なのだぁ」
「…………」
彩音は少し止まった。
その声。
妙に優しかった。
「…………」
この数ヶ月。
周りはみんな“結果”の話ばかりだった。
点数。
偏差値。
合格。
でも。
レイだけは。
“頑張ったこと”そのものを見ていた。
「…………」
彩音は少しだけ目を逸らした。
「……ありがと」
「うむっ♡」
レイは笑った。
「今日はいっぱい甘やかすのだぁ♡」
「何それ」
「彼氏パワーなのだぁ♡」
「また変なこと言ってる」
だが。
彩音は少し安心していた。
受験が終わって。
やっと。
ちゃんと息ができる気がした。
「のだっ♡」
その時。
レイがまた袋を差し出す。
「次はチョコなのだぁ♡」
「まだ食べるの!?」
「祝祭なのだぁ♡」
「太るって」
「一緒に太るのだぁ♡」
「嫌だよ」
夕焼け。
冬の終わりの空気。
ドーナツの甘い匂い。
「…………」
レイは歩きながら思った。
前回人生。
“終わった後に誰かが待っていてくれる”ことなんて。
ほとんどなかった。
「…………」
でも今は。
こうやって。
一緒に帰れる。
「のだぁ……」
それだけで。
本当に。
人生をやり直して良かったと思えた。




