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孤独死したおっさん、高校時代へタイムスリップ  作者: 雪だるま
橘彩音ルート

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4

 九月。


 放課後。


 空は真っ黒だった。


 ゴロゴロと雷が鳴っている。


「うわ、最悪……」


「雨やばくない?」


 生徒たちが窓を見ながらざわついていた。


 そして。


 教室の後ろ。


 レイは机に突っ伏しながら震えていた。


「…………来たのだぁ」


 運命の日。


 絶対に忘れない日。


 五十歳まで生きたレイは、この日のことを妙に覚えていた。


 なぜなら。


 ここが“分岐点”だったからである。


 クラスのマドンナ。


 名前は橘彩音。


 黒髪。


 清楚。


 成績上位。


 しかも性格まで良い。


 男子人気が異常に高かった。


 そして。


 今日。


 雨。


 帰りが遅れる。


 傘がない彩音。


 そこに。


 サッカー部のエース。


 高身長。


 爽やか。


 イケメン。


 コミュ力最強。


 しかも自然に女に優しい。


 名前は黒沢隼人。


「…………」


 レイは知っている。


 ここで。


「橘、傘ないなら一緒に帰る?」


 これが発生する。


 そして。


 自然に会話。


 自然に距離が縮まる。


 自然に付き合う。


 青春イベントである。


「ふざけるなのだぁ……」


 レイは低く呟いた。


 前回人生。


 レイは何もできなかった。


 ただ見ていた。


 教室の隅から。


 羨ましそうに。


 嫉妬しながら。


 でも話しかける勇気もなかった。


「今回は違うのだぁ……!」


 ガタッ!!


 レイ、立ち上がる。


「のだぁああああああ!!!」


「うわっ!?」


「レイ!?」


 教室がざわつく。


 だが。


 レイはもう走っていた。


 廊下。


 階段。


 全力疾走。


「のだぁあああああ!!急ぐのだぁあああ!!」


 目的地。


 自転車置き場。


 なぜなら。


 そこに予備傘を隠しているからである。


 昨日のうちに準備していた。


 完璧。


 未来知識の勝利。


「吾輩に隙はないのだぁ!!」


 豪雨。


 校庭は水浸し。


 運動部すら撤退している。


 レイはびしょ濡れになりながら自転車置き場へ突っ込んだ。


「のだぁぁぁぁ!!」


 そして。


 傘を掴む。


「勝ったのだっ♡」


 その瞬間。


「レイ君?」


「のだぁ!?」


 後ろから声。


 振り向く。


 いた。


 橘彩音だった。


 濡れていた。


 白いブラウスの肩が少し雨で透けている。


 黒髪が頬に張り付いている。


 そして。


 困ったような顔。


「……何してるの?」


「の、のだぁ……」


 レイ、固まる。


 近い。


 美少女が近い。


 しかも濡れてる。


 高校生男子には刺激が強い。


「お主こそ何してるのだぁ!」


「傘探してたの。でも忘れちゃって……」


「のだぁ!!」


 来た。


 運命の分岐点。


 あと数分で黒沢隼人が来る。


 そして青春イベント開始。


「だ、駄目なのだぁ!!」


「え?」


「今日は吾輩が送るのだぁ!!」


「……は?」


 彩音が目を丸くする。


「のだっ!!この傘を使うのだっ♡」


「え、でもレイ君は?」


「吾輩は走るのだぁ!!」


「いや無理でしょ」


「若さがあるのだぁ!!」


「何それ」


 彩音、ちょっと笑う。


 その笑顔を見て。


 レイの心臓が跳ねた。


「のだぁ……」


 やっぱり可愛い。


 高校時代のレイが十年以上引きずっただけある。


 その時。


 遠くから男子の声。


「橘ー?」


「っ!!」


 来た。


 黒沢隼人。


 サッカー部。


 青春の化身。


 レイの目がギラつく。


「邪魔してやるのだぁあああああ!!」


「えっ」


 レイは即座に彩音の手を掴んだ。


「行くのだぁ!!」


「え、ちょ、待って!?」


 ダッシュ。


 豪雨の中を爆走。


「のだぁああああ!!」


「レイ君!!滑る!!」


「青春は戦争なのだぁあああ!!」


「意味わかんない!!」


 後ろで黒沢が困惑していた。


「……何なんだあいつ」


 だが。


 レイは止まらない。


 校門近く。


 屋根のある場所へ到着。


「はぁっ……はぁっ……」


 彩音が息を切らす。


「急に引っ張らないでよ……」


「のだぁ……」


 レイも息切れしていた。


 四十代以降の肉体ではない。


 だが。


 精神は五十歳。


 全力疾走すると妙に「心臓大丈夫なのだぁ!?」という気持ちになる。


「……ふふっ」


「のだ?」


 彩音が笑っていた。


「レイ君って、最近ほんと変だよね」


「のだっ♡」


「前まで全然女子と喋んなかったのに」


「うむ!」


 レイは真顔で言った。


「人生は短いと気づいたのだぁ」


「高校生が言う台詞じゃないよそれ」


「本当なのだぁ」


 雨音。


 近い距離。


 制服。


 湿った空気。


 青春である。


「…………」


 彩音はレイを見た。


「でもありがと」


「のだっ♡」


「傘貸してくれて」


「うむ!」


「……レイ君も入る?」


「のだぁ?」


「相合傘」


「!!!!」


 レイ、停止。


 脳が止まる。


「の、の、のだぁ……!?」


「そんな驚く?」


「のだぁぁぁぁぁ!!」


 レイの顔が真っ赤になる。


 五十歳まで生きた男。


 だが。


 相合傘耐性はなかった。


「い、行くのだぁ……」


「ふふっ」


 彩音は笑いながら傘を開いた。


 二人。


 並ぶ。


 近い。


 めちゃくちゃ近い。


「のだぁ……」


 レイは緊張していた。


 肩が触れそう。


 シャンプーの匂い。


 女子の体温。


「レイ君」


「のだっ!?」


「そんな固まらなくてもいいでしょ」


「む、無理なのだぁ……」


「なんで?」


「お主が美少女すぎるのだぁ……」


「っ……!」


 彩音の顔が赤くなる。


「そ、そういうの急に言わないでよ……」


「本当なのだぁ」


 レイは真顔だった。


 五十歳にもなると。


 変な駆け引きより、思ったことを言った方がいいと知る。


 もちろん空気は読む必要がある。


 だが。


 何も言わないまま終わるよりはマシだった。


「…………」


 彩音は少し黙った。


 そして。


 小さく笑った。


「……レイ君って変だけど、なんか最近面白いね」


「のだっ♡」


 レイは嬉しそうに笑った。


 そして心の中で叫ぶ。


(阻止成功なのだぁあああああ!!)


 黒沢隼人との青春イベント。


 完全破壊。


 大勝利。


 なお。


 翌日。


 クラスで「レイと橘が相合傘してた」という噂が広まり、男子たちからめちゃくちゃ睨まれた。

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