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翌日。
教室。
夏。
扇風機。
窓際の男子がダラダラしている。
教師の声もやる気がない。
一九九二年。
まだ日本全体に「なんとかなる感」が微妙に残っていた時代だった。
「…………」
だが。
五十歳を経験したレイは知っている。
なんともならない。
氷河期。
就職難。
非正規。
リストラ。
ブラック企業。
終身雇用崩壊。
そして。
努力した人間すら普通に沈む現実。
「のだぁ……」
レイは窓の外を見ながら真顔だった。
「勉強しろー」
教師が黒板を書いている。
「…………」
レイは思った。
意味あるかこれ?
もちろん。
勉強は大事である。
だが。
五十歳まで生きたレイは知っていた。
世の中。
それだけではない。
むしろ。
人脈。
コミュ力。
コネ。
愛嬌。
営業力。
そういう“人間関係のゲーム”があまりにも強い。
「のだぁ……」
東大に入ったとしても。
その後も競争。
大企業に入っても競争。
資格を取っても競争。
そして。
メンタルが壊れたら終わり。
「うむ!」
レイは突然立ち上がった。
「そんなことより青春なのだぁ!!」
「座れ」
「のだぁ」
教師にチョークを投げられた。
だが。
レイは本気だった。
前回の人生。
レイには心残りがあった。
恋愛である。
「吾輩、思春期で全然女の子に話しかけられなかったのだぁ……」
五十歳のレイは。
恋愛経験が薄かった。
別に超絶不細工だったわけではない。
むしろ。
若い頃のレイは普通に顔が良かった。
だが。
ビビりだった。
傷つくのが怖かった。
恥をかくのが怖かった。
結果。
何もしない。
そして気づけば中年。
「のだぁ……」
だから。
今回は違う。
「うむ!青春を回収するのだっ♡」
昼休み。
レイは女子グループの方へ向かった。
教室の空気がざわつく。
「え?」
「レイ?」
「あいつ女子のとこ行ってね?」
男子たちがざわつく。
なぜなら。
以前のレイは、女子とほぼ話さなかったからである。
だが。
今のレイの中身は五十歳。
社会経験だけは妙にある。
バイト先での接客。
派遣。
クレーム対応。
酔っ払い相手。
変人客。
そういう“対人耐性”だけは無駄についていた。
「のだっ♡」
レイは自然な笑顔で女子グループに近づいた。
「こんにちはなのだっ♡」
「えっ」
「ど、どうしたの急に」
女子たちが戸惑う。
当然である。
昨日まで陰寄りだった男子が、急に距離感近くなったのである。
「うむ!青春なので話しかけにきたのだっ♡」
「青春って何」
「あと今日も顔良いねって言いに来たのだっ♡」
「えっ」
空気が止まった。
1992年の男子高校生。
今よりストレートに褒めない時代である。
女子たちが微妙に赤くなる。
「な、何それ……」
「レイ今日変じゃない?」
「のだぁ?」
レイは首を傾げた。
「お主ら、若い女の子なのだぁ。可愛いに決まってるのだぁ」
「…………」
女子たち、静かになる。
なぜなら。
レイの顔が良いからである。
これが超不潔な男子なら通報案件だった。
だが。
顔が良い。
しかも今日は妙に清潔感がある。
さらに。
中身五十歳なので、変にガツガツしていない。
「のだっ♡」
レイは普通に会話を続けた。
「そういえばお主ら、何の音楽聴くのだぁ?」
「え、えっと……B’zとか……」
「のだぁ!良いのだぁ!」
「レイって音楽興味あったんだ」
「うむ!未来ではCDが大量に増えるのだっ♡」
「未来?」
「のだぁ」
危なかった。
レイは慌てて軌道修正する。
「それよりなのだっ♡」
レイは教室の奥を見た。
いた。
マドンナ。
クラス一の美少女。
前回の人生で、一度も話しかけられなかった相手。
「…………」
レイの心臓が跳ねる。
五十歳のおっさん精神でも。
やはり美少女は緊張する。
「のだぁ……」
「どうしたの?」
「吾輩、人生最大の戦いに行くのだぁ……」
「は?」
レイは立ち上がった。
そして。
マドンナの席へ向かう。
教室が静まり返る。
「……え?」
「レイ?」
男子たちもざわつく。
なぜなら。
相手は学校でも有名な美少女だった。
普通の男子は気軽に行けない。
だが。
五十歳のレイは知っている。
何もしないまま終わる後悔の方がキツい。
「のだっ♡」
レイは笑顔を作った。
「こんにちはなのだっ♡」
「……こんにちは?」
美少女は戸惑っていた。
当然である。
今までほぼ話したことない男子が急に来た。
「うむ!」
レイは真顔で言った。
「お主、めちゃくちゃ可愛いのだぁ」
「…………えっ?」
周囲が固まった。
「のだっ♡前から思ってたのだっ♡」
「え、えぇ……?」
美少女、完全に困惑。
だが。
レイは止まらない。
「あと髪綺麗なのだぁ。ちゃんと手入れしてる感じするのだぁ」
「……あ、ありがとう……?」
「うむ!あと笑顔も良いのだぁ!」
「…………」
女子たちがざわつく。
「何あれ……」
「レイどうしたの……」
「急に距離近くない?」
だが。
美少女本人は、逆に少し笑い始めていた。
「……何か今日変だね、レイ君」
「のだっ♡人生を反省したのだっ♡」
「何それ」
「青春をやり直してるのだぁ!」
「意味わかんない」
だが。
彼女は笑っていた。
前回の人生。
レイは。
“どうせ無理”で全部止まっていた。
だが。
今は違う。
「のだぁ……」
レイは思った。
勉強も大事。
将来も大事。
金も大事。
だが。
青春は。
二度と戻らない。
「うむ!」
レイは席に戻りながら思った。
「吾輩、今回はちゃんと人生やるのだっ♡」
なお。
その日の夜。
調子に乗ったレイは電話帳を見ながら女子に電話しまくり、三人の父親に怒鳴られた。
「のだぁあああああ!!九十年代怖いのだぁあああ!!」




