36 初詣
お正月。
一九九三年。
夜。
「寒いのだぁ……」
レイは白い息を吐きながら歩いていた。
神社まで続く道。
屋台。
甘酒。
焼きそば。
人混み。
冬の空気。
「人多いね」
隣で彩音が少し笑った。
今日は私服だった。
白いコート。
赤いマフラー。
髪も少しだけ普段と違う。
可愛い。
めちゃくちゃ可愛い。
「のだぁ……」
レイはしみじみしていた。
「新年早々、美少女が隣にいるのだぁ……」
「はいはい」
「奇跡なのだぁ……」
「大げさ」
だが。
レイは本気だった。
前回人生。
正月なんて。
一人でゲームして終わることも多かった。
でも。
今は違う。
「うむっ♡」
彼女と初詣。
高校生。
青春。
「のだぁぁぁ……」
レイは妙に感動していた。
「なんかもう、全部ありがたいのだぁ……」
「おじいちゃんみたい」
彩音は笑っていた。
だが。
最近のレイは本当にそうなのだ。
普通の時間。
普通の会話。
普通の幸せ。
全部。
前よりずっと大事にしている。
「のだっ♡」
その時。
レイは急に彩音の手を握った。
「冷たいのだぁ」
「そりゃ冬だし」
「うむ」
レイはそのまま両手で包む。
「温めるのだぁ♡」
「恥ずかしいって」
「愛なのだぁ♡」
「便利ワードすぎる」
周囲のカップルたちに混ざりながら。
二人は神社へ向かった。
「…………」
石段。
提灯。
鈴の音。
賑やかな空気。
「おぉ〜〜〜」
レイの目がキラキラしていた。
「正月イベントなのだぁ♡」
「ゲームみたいに言わないで」
「限定イベントなのだぁ♡」
そして。
二人は賽銭箱の前へ並んだ。
「…………」
レイは財布を取り出した。
「のだっ」
チャリン。
「五円?」
「ご縁なのだぁ♡」
「ベタだね」
「うむっ♡」
その後。
二人で手を合わせた。
「…………」
静か。
冬の空気。
遠くで屋台の声。
「…………」
レイは目を閉じた。
そして。
本気で思った。
前回人生。
自分は。
色々逃した。
逃げた。
後回しにした。
でも。
今。
ちゃんと幸せだ。
「のだぁ……」
レイは思わず口に出した。
「神様、彩音様、ありがとうなのだぁ」
「っ……!」
彩音が吹き出しそうになる。
「何それ」
「感謝なのだぁ♡」
「私、神様扱い?」
「吾輩の幸福指数にかなり関わってるのだぁ♡」
「知らないよ」
だが。
彩音は笑っていた。
「…………」
レイは真面目だった。
「のだぁ……」
前回人生。
孤独死した自分。
そんな人生を。
誰かがやり直させてくれた。
しかも。
その“誰か”は。
今、隣にいる。
「…………」
レイは少しだけ彩音を見た。
未来の彩音。
『ちゃんと幸せになって』
「…………」
レイは小さく頷いた。
「なるのだぁ」
「何が?」
「幸せなのだっ♡」
「もうなってるじゃん」
「うむっ♡」
レイは笑った。
本当に。
かなり幸せだった。
「…………」
その後。
二人はおみくじを引いた。
「のだっ♡」
レイ、即開封。
「…………」
「…………」
「凶なのだぁ」
「えっ」
彩音が吹き出す。
「うそ」
「のだぁ……」
レイ、しょんぼり。
「新年早々なのだぁ……」
「何て書いてあるの?」
「“調子に乗るな”なのだぁ」
「めちゃくちゃ今の田中君向け」
「神様厳しいのだぁ!」
彩音は笑いが止まらなかった。
「もうほんと面白い」
「うむぅ……」
その時。
「彩音は?」
「ん」
「…………」
「大吉」
「のだぁぁぁ!?」
レイ、衝撃。
「格差社会なのだぁ!!」
「知らないよ!」
「やはり神に愛されてるのだぁ……」
「大げさ」
だが。
レイはすぐ復活した。
「うむ!」
「?」
「お主が大吉なら実質吾輩も大吉なのだっ♡」
「どういう理論」
「彼女パワーなのだぁ♡」
「適当すぎる」
その後。
二人は屋台を回った。
たこ焼き。
甘酒。
りんご飴。
「熱っ!」
「ゆっくり食べるのだぁ」
「田中君も口の中火傷してるじゃん」
「のだぁ……」
二人で笑う。
「…………」
夜空。
冬の匂い。
初詣帰りの人々。
「のだっ♡」
レイはふと立ち止まった。
「彩音」
「何?」
「今年もよろしくなのだぁ♡」
「…………」
彩音は少し笑った。
「うん」
そして。
自然に。
レイの手を握った。
「こちらこそ」
「…………」
レイ、停止。
「のだぁぁぁぁぁ……」
「また感動してる」
「幸せなのだぁ……」
その顔は。
本当に。
心の底から嬉しそうだった。




