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春前。
二月。
寒さはまだ残っていた。
だが。
教室の空気は少し変わっていた。
「受験どうする?」
「模試やばい」
「塾増やされた……」
高二の終わり。
つまり。
“受験生になる時期”。
「…………」
橘彩音は忙しかった。
机。
参考書。
単語帳。
問題集。
「…………」
もともと真面目だった。
だから。
受験モードに入るのも早い。
「はぁ……」
昼休みも勉強。
放課後も塾。
帰宅後も勉強。
「橘、最近ずっと勉強してるね」
「まあ受験近いし」
「偉すぎる」
真里が呆れていた。
「…………」
その一方。
レイも忙しかった。
「のだぁ……」
原稿。
投稿。
読者コーナー。
小ネタ。
コラム。
ギャグ短編。
「…………」
相変わらず落選も多い。
だが。
最近は。
たまに載る。
「のだっ♡」
ゲーム誌の端。
サブカル誌の小投稿。
名前が載る。
少し原稿料。
「うむぅ……」
小さい。
かなり小さい。
でも。
レイには十分嬉しかった。
「…………」
そして。
いつの間にか。
二人とも。
前より忙しくなっていた。
「…………」
だから。
最近。
一緒にいる時間は減った。
帰り道も。
デートも。
減った。
「…………」
だが。
別に。
空気が悪いわけではない。
喧嘩もない。
むしろ。
自然だった。
「…………」
昼休み。
窓際。
レイは原稿用紙に何か書いていた。
『追放された悪役がコンビニを経営する話』
「…………」
「田中君」
「のだ?」
彩音が隣に座る。
参考書を持っている。
「また変なの書いてる」
「時代が来るのだぁ♡」
「来ないよ」
だが。
二人とも自然だった。
ただ。
前みたいにずっとイチャイチャしてる余裕はない。
「…………」
彩音は英単語帳を開いた。
レイは原稿を書く。
しばらく無言。
「…………」
でも。
妙に落ち着く。
「のだぁ」
「ん?」
「眠そうなのだぁ」
「昨日三時まで勉強してた」
「のだぁ……」
レイは少し眉をひそめた。
「頑張りすぎなのだぁ」
「受験生だから」
「大変なのだぁ……」
「田中君も締切あるでしょ」
「うむぅ」
レイも最近。
妙に忙しい。
しかも。
書けば書くほど。
“もっと上手くなりたい”が出てくる。
「…………」
前回人生。
途中で投げていたことを。
今は続けている。
だから。
意外とエネルギーを使う。
「のだぁ……」
その時。
彩音が小さく欠伸した。
「眠い?」
「ちょっと」
「のだっ」
レイは自然に自分の肩を軽く叩いた。
「使うのだぁ」
「教室なんだけど」
「うむ」
彩音は少し笑って。
そして。
少しだけ。
レイの肩にもたれた。
「…………」
静か。
教室のざわめき。
ページをめくる音。
「…………」
レイはそのまま原稿を書き続けた。
彩音は単語帳を見る。
「…………」
前みたいに。
毎日大騒ぎではない。
でも。
これはこれで好きだった。
「のだぁ……」
レイは少し思った。
前回人生の自分なら。
“最近会えてない”だけで勝手に不安になっていた気がする。
でも。
今は違う。
「…………」
彩音が頑張ってるのを知っている。
彩音も。
レイが頑張ってるのを知っている。
「…………」
だから。
焦らない。
「のだっ♡」
その時。
彩音がぼそっと言った。
「最近、原稿載る回数増えたね」
「うむっ♡」
「この前、真里が雑誌見つけて騒いでた」
「有名人なのだぁ♡」
「まだ小さい投稿でしょ」
「だが一歩なのだぁ♡」
レイはちょっと誇らしげだった。
「…………」
彩音はそんなレイを見て少し笑った。
「ちゃんと続けてるの偉いね」
「のだぁ?」
「前まで途中で飽きそうなタイプだったのに」
「うむぅ……」
レイは少し考えた。
「今回は途中で終わりたくないのだぁ」
「…………」
「ちゃんと形にしたいのだぁ」
「…………」
彩音は静かに頷いた。
「うん」
「のだっ♡」
その時。
教師が入ってきた。
「席つけー」
「のだぁ」
彩音が体を起こす。
「また後でね」
「うむっ♡」
二人は自然に離れた。
でも。
どこか安心感がある。
「…………」
窓の外。
まだ寒い空。
受験。
進路。
将来。
少しずつ。
高校生活の終わりが近づいていた。
「…………」
レイはふと彩音を見た。
真面目な顔でノートを開いている。
「のだぁ……」
忙しい。
前より一緒の時間は減った。
でも。
「…………」
ちゃんと隣にいる。
それだけで。
前回人生より、ずっと良かった。




