26 橘の弁当
秋。
昼休み。
教室。
窓から入る風が少し冷たくなっていた。
「…………」
田中レイは机に突っ伏していた。
「のだぁ……」
最近。
妙に忙しい。
授業。
文化祭後の片付け。
雑誌投稿。
小説。
ゲーム誌へのハガキ。
ネタ帳。
しかも。
彼女までいる。
「青春、忙しすぎるのだぁ……」
「何その感想」
西園寺が呆れていた。
だが。
レイは本当に疲れていた。
前回人生でサボり続けた分、今になって急に全部やろうとしているのである。
「のだぁ……」
しかも。
最近の彩音も忙しい。
優等生。
勉強。
家の手伝い。
真面目。
だから。
昼休みもノートを見ていることが多い。
「…………」
レイは少ししょんぼりしていた。
前みたいに、ずっとイチャイチャできない。
「のだぁ……」
その時だった。
「田中君」
「のだ?」
彩音だった。
少し息を切らしている。
「はい」
「のだぁ?」
机の上。
弁当箱。
「…………」
レイ、停止。
「……今日、お母さん仕事で朝バタバタしてたから」
彩音は少し視線を逸らした。
「ついでに作った」
「…………」
教室静止。
周囲の男子たちが察知する。
「えっ」
「弁当?」
「手作り!?」
女子たちまでざわつく。
「うわぁ〜〜〜」
「彼女だ」
「完全に彼女」
彩音、真っ赤。
「う、うるさい!」
「…………」
だが。
レイは。
完全停止していた。
「のだぁ……」
弁当。
彼女の手作り。
「のだぁ……」
五十歳まで生きたレイには。
この破壊力がわかる。
孤独な食事。
コンビニ飯。
半額弁当。
一人暮らし。
冷えた部屋。
全部経験済みだからこそ。
「のだぁぁぁ……」
「た、田中君?」
レイの目が潤み始める。
「え、ちょっと」
「のだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
号泣。
「うわぁぁぁ!?」
教室騒然。
「また泣いた!!」
「田中情緒どうなってんだ!?」
レイは弁当箱を抱えながら泣いていた。
「彼女の手作りなのだぁぁぁぁ!!」
「わ、わかったから静かに!!」
彩音は真っ赤。
だが。
レイは止まらない。
「うぇええええん!!」
「まだ開けてもないじゃん!」
「愛情を感じるのだぁぁぁ!!」
男子たち大爆笑。
「こいつほんと面白ぇ」
「泣きすぎだろ」
「いやでも羨ましいわ」
レイは震える手で弁当箱を開けた。
「…………」
卵焼き。
唐揚げ。
ウインナー。
ほうれん草。
少し不格好なおにぎり。
「…………」
レイ、固まる。
「ど、どう……?」
彩音が少し不安そうに聞く。
「…………」
レイは静かに卵焼きを食べた。
「…………」
数秒。
「のだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「また!?」
レイ、再び号泣。
「うまいのだぁぁぁぁ!!」
「ほんと大げさ!!」
「優しい味なのだぁぁぁ!!」
教室、大爆笑。
だが。
レイは本気だった。
「のだぁ……」
家庭の味。
誰かが自分のために作ってくれたご飯。
それがどれだけ嬉しいか。
前回人生の終盤で、痛いほど理解した。
「うぇええええん!!」
「そんな泣きながら食べないでよ……」
彩音は困っていた。
だが。
少し嬉しそうでもある。
「のだぁ……」
レイはおにぎりを食べながら言った。
「結婚したいのだぁ……」
「ぶっ!!」
西園寺が吹き出した。
「早ぇよ!!」
「高校生だぞお前ら!!」
「のだぁぁぁ!!」
レイは真顔だった。
「毎朝こんなの食べられる人生、絶対幸せなのだぁ!!」
「知らないよ!!」
彩音は顔を覆っていた。
だが。
耳まで赤い。
「…………」
その時。
レイはふと弁当箱の隅を見た。
「のだ?」
小さなタコさんウインナー。
「…………」
「彩音ぉ」
「な、何」
「タコさんなのだぁ……」
「…………」
「可愛いのだぁぁぁ……」
「もうほんと何なの!?」
彩音は笑ってしまった。
教室中も笑っている。
騒がしい。
でも。
どこか温かい。
「のだっ♡」
レイは幸せそうに弁当を食べ続けた。
一口ごとに。
妙に大事そうに。
「…………」
彩音はそんなレイを見ながら思った。
この人。
本当に。
小さいことで幸せそうな顔をする。
「変なの」
「のだっ♡」
レイは卵焼きを食べながら笑った。
「吾輩、今人生でかなり幸せなのだぁ♡」
その顔は。
本当に嬉しそうだった。




