22 真実
文化祭当日。
快晴。
校門には大量の来客。
焼きそばの匂い。
演劇の呼び込み。
吹奏楽。
騒がしい笑い声。
一九九二年の高校文化祭は、妙に熱気があった。
「いらっしゃいませー!」
「クレープあと十分待ちー!」
「写真撮ろー!」
青春。
完全に青春。
「…………」
だが。
そんな中。
田中レイと橘彩音は。
文化祭をほぼ回っていなかった。
「のだぁ♡」
中庭裏。
人気の少ないベンチ。
レイは橘を抱きしめていた。
「のだぁぁぁ……幸せなのだぁ……」
「…………」
橘はレイの腕の中にいた。
文化祭なのに。
ほぼずっとこうである。
「クレープは?」
「あとでなのだぁ♡」
「お化け屋敷は?」
「後でも良いのだぁ♡」
「全然回ってないじゃん」
「お主が可愛いから離れたくないのだぁ♡」
「重い」
だが。
彩音は少し笑っていた。
最近のレイは。
本当に距離感がおかしい。
すぐ抱きつく。
すぐ褒める。
すぐ泣く。
でも。
不思議と嫌じゃない。
「のだぁ♡」
レイは幸せそうだった。
五十歳まで生きて。
孤独死して。
そこから。
今。
文化祭で好きな女の子を抱きしめている。
「人生わからないのだぁ……」
「急に重い」
彩音は小さく笑った。
だが。
その時だった。
「…………」
彩音の表情が少し変わる。
「…………」
静か。
優しい目。
でも。
どこか懐かしそう。
「のだぁ?」
レイは首を傾げた。
「どうしたのだぁ?」
「…………」
彩音はレイを見つめていた。
近い。
愛しそうに。
まるで。
ずっと昔から知っている人を見るみたいに。
「…………タイムスリップできて楽しい?」
「…………」
レイの動きが止まった。
「…………のだ?」
空気が変わる。
文化祭の喧騒が遠くなる。
「…………」
彩音は静かだった。
でも。
今までと違う。
目。
空気。
声。
全部。
「……やっと幸せそうな顔した」
「…………」
レイの背筋に冷たいものが走る。
「お主……」
「五十歳まで生きても、ずっと変わんなかったね」
「…………」
レイは何も言えなかった。
なぜなら。
理解してしまったからだ。
「…………未来の」
彩音は少し笑った。
「正解」
「…………」
レイの喉が震える。
文化祭。
秋空。
だが。
今だけ世界が静かだった。
「のだぁ……」
「孤独死したって聞いた時、ほんと最悪だった」
彩音は静かに言った。
「…………」
「何それって思った」
「…………」
「なんであんた最後まで一人なのって」
レイは言葉が出ない。
未来。
つまり。
自分は。
「…………」
本当に孤独死したのだ。
「のだぁ……」
彩音――いや、未来の彩音は、レイの頬に触れた。
「ずっと後悔してた」
「…………」
「もっと早く言えばよかったって」
「何をなのだぁ……」
彩音は少し笑った。
泣きそうな顔で。
「好きだったって」
「…………」
レイの呼吸が止まる。
「高校の頃からずっと」
「…………」
「でもあんた、途中から逃げちゃったから」
「…………」
レイは目を伏せた。
わかる。
前回の自分なら。
逃げる。
就職。
人生。
失敗。
自信喪失。
人間関係を切る。
連絡をやめる。
全部あり得る。
「のだぁ……」
「馬鹿」
未来の彩音は小さく笑った。
「私、結構待ってたのに」
「…………」
「同窓会も来ないし」
「…………」
「電話しても避けるし」
「…………」
「最後には死んじゃうし」
「…………」
レイの目から涙が零れた。
「のだぁ……」
「だから」
彩音は静かに言った。
「戻した」
「…………」
「どうせなら、やり直させてやろうと思って」
文化祭の風が吹く。
遠くで笑い声。
でも。
レイには全部遠かった。
「のだぁ……」
「今度は逃げないで」
「…………」
「ちゃんと生きて」
「…………」
「ちゃんと幸せになって」
レイは震えていた。
五十歳まで生きて。
最後まで孤独で。
でも。
そんな自分を。
ずっと想っていた人がいた。
「のだぁぁぁぁ……」
未来の彩音は少し困ったように笑った。
「ほんと泣き虫」
「だ、だってなのだぁ……」
「ふふっ」
そして。
未来の彩音は。
最後に。
レイの頭を優しく撫でた。
「大好きだったよ」
「…………」
「今も」
レイは完全に泣いていた。
「のだぁぁぁぁぁ……」
「じゃあね」
その瞬間。
彩音の目が揺れる。
「…………え?」
「のだ?」
空気が変わった。
さっきまでの静かな雰囲気が消える。
「……え?」
高校生の橘彩音だった。
「た、田中君?」
「のだぁ?」
「な、何で泣いてるの!?」
「…………」
レイは呆然としていた。
だが。
理解していた。
今のは。
未来の橘だった。
「…………」
彩音は困惑していた。
「えっ、ちょっと待って、私なんか変なこと言った!?」
「…………」
レイは突然。
彩音を強く抱きしめた。
「のだぁぁぁぁぁ!!」
「うわっ!?」
「絶対幸せにするのだぁぁぁぁぁ!!!」
「えぇぇぇ!?」
「逃げないのだぁぁぁ!!」
「ちょ、ちょっと何!?」
文化祭。
秋空。
青春。
「うぇえええええん!!!」
「だから何で泣いてるのぉぉぉ!?」




