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孤独死したおっさん、高校時代へタイムスリップ  作者: 雪だるま
橘彩音ルート

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20 馬鹿回

 十月。


 放課後。


 教室。


 文化祭準備。


 一九九二年の高校文化祭は、今より雑だった。


 段ボール。


 ペンキ。


 ガムテープ。


 模造紙。


 やたらうるさいラジカセ。


「そこ切ってー!」


「絵の具足りねぇ!」


「おい誰だよ机にペンキつけたの!」


 クラス中が騒がしい。


 そして。


 そんな青春空間の片隅で。


「…………」


 田中レイは、異様に静かだった。


「のだぁ……」


 目が据わっている。


 完全に悪役の顔。


「何あいつ」


「また変なこと考えてるだろ」


 男子たちが距離を取る。


 なぜなら。


 最近のレイは、妙に行動力があるからである。


 そして。


 今回の文化祭。


 クラス企画は。


『男女逆転喫茶』


 だった。


「のだぁ……」


 レイはその一覧表を見つめていた。


 女子→男装。


 男子→女装。


「…………」


 そして。


 ある名前を見た。


『黒沢隼人』


 サッカー部。


 高身長。


 イケメン。


 爽やか。


 女子人気最強クラス。


「のだぁ……」


 レイの目が光る。


「これは絶対に女装させるべきなのだぁ……」


 使命感だった。


「おい田中」


「のだ?」


 西園寺誠が呆れ顔で近づいてきた。


「お前なんでそんな真剣なんだよ」


「芸術なのだぁ」


「絶対違う」


 だが。


 レイは本気だった。


 五十歳まで生きた男の直感が告げている。


 黒沢は女装映えする。


「うむ!」


 レイは立ち上がった。


「作戦開始なのだっ♡」


「怖ぇよ」


 数分後。


 黒沢隼人。


 文化祭係の男子たちに囲まれていた。


「え、何」


「黒沢さぁ〜」


「頼みあるんだけど」


「嫌な予感しかしねぇ」


 そして。


 レイがスッと前に出る。


「のだっ♡」


「お前かよ」


「黒沢ぁ」


「何だよ」


「女装しろなのだぁ♡」


「嫌だ」


 即答。


「のだぁ!?」


「絶対嫌だわ」


「もったいないのだぁ!!」


「何が!?」


 レイは真顔だった。


「お主、骨格が美しいのだぁ」


「やめろ気持ち悪ぃ」


「脚も長いのだぁ」


「褒め方が怖ぇよ」


 周囲が爆笑していた。


「でも黒沢なら似合いそう」


「わかる」


「女子より可愛くなりそう」


「やめろ!!」


 黒沢は本気で嫌そうだった。


 だが。


 レイは諦めない。


「うむ!」


 ここで。


 レイは懐から何かを取り出した。


「…………」


 コンビニの高級プリン。


「賄賂なのだっ♡」


「安いな!!」


「しかも高校生基準では高いのだぁ!」


 一九九二年の男子高校生には地味に効く値段である。


「あと焼肉屋でジュース奢るのだぁ」


「お前本気じゃねぇか」


「文化祭は戦争なのだぁ♡」


 だが。


 黒沢は腕を組んだ。


「嫌なもんは嫌」


「のだぁ……」


 レイは真顔になった。


「黒沢ぁ……」


「何だよ」


「お主、人気者なのだぁ」


「まあ……?」


「つまり」


「?」


「お主が女装したらクラスが盛り上がるのだぁ」


「…………」


 黒沢が少し止まる。


「のだっ♡」


 レイは畳み掛けた。


「女子たちも絶対喜ぶのだぁ♡」


「いやでもなぁ……」


「青春なのだぁ♡」


「その言葉万能じゃねぇぞ」


 だが。


 周囲の男子たちが乗っかり始めた。


「確かに黒沢ならウケるって」


「見たいわ」


「伝説になる」


「文化祭なんてバカやる日だろ」


「…………」


 黒沢は少し困った顔をした。


 そして。


 ちらっと女子たちを見る。


「…………」


 女子たち、めちゃくちゃ期待していた。


「黒沢君女装!?」


「見たい!!」


「絶対綺麗!!」


「脚長いし!!」


「…………」


 黒沢、少し顔を覆う。


「うわぁ……」


 完全に包囲されていた。


「のだっ♡」


 レイはニコニコしていた。


 その時。


 橘彩音が近づいてきた。


「何騒いでるの?」


「のだぁ♡」


 レイは即答した。


「黒沢を美女にする計画なのだぁ♡」


「最低」


「だが芸術なのだぁ」


「意味わかんない」


 だが。


 彩音も少し笑っていた。


「でも黒沢君、確かに似合いそう」


「裏切ったな橘!!」


「ふふっ」


 教室中が盛り上がる。


 文化祭独特の空気だった。


 普段なら絶対やらないことを、皆で無理やりやる。


「のだぁ……」


 レイはしみじみしていた。


 前回人生。


 文化祭なんて“面倒なイベント”くらいにしか思ってなかった。


 だが。


 今は違う。


「青春なのだぁ……」


「お前最近それしか言ってねぇな」


 西園寺が呆れる。


 だが。


 レイは本当に思っていた。


 こういう。


 くだらない騒ぎ。


 意味のない盛り上がり。


 後から妙に思い出すのだ。


「うむ!」


 その時。


 黒沢がため息をついた。


「……一回だけだからな」


「!!!!」


 教室静止。


「マジで!?」


「黒沢が折れた!!」


「うおぉぉぉ!!」


 大歓声。


「のだぁぁぁぁぁ!!」


 レイ、大喜び。


「芸術の勝利なのだぁぁぁ!!」


「お前絶対楽しんでるだけだろ!」


「うむっ♡」


「認めやがった!!」


 その後。


 女子たちが一斉に黒沢を囲み始めた。


「絶対可愛くする!!」


「メイク任せて!!」


「脚出そ!!」


「やめろぉぉぉ!!」


 黒沢、悲鳴。


 レイはそれを見ながら満足そうだった。


「のだぁ……」


 青春。


 実に馬鹿らしい。


 だが。


 こういう時間が。


 案外、一番消えないのかもしれなかった。

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