19
月曜日。
朝。
教室。
秋の光が窓から差し込んでいた。
一九九二年の高校の朝は、妙に騒がしい。
購買パン。
部活。
宿題。
恋愛ゴシップ。
全部が入り混じっている。
「…………」
そして。
橘彩音は死にそうだった。
「で?」
机に肘をついた相沢真理がニヤニヤしている。
「土曜日どうだったの?」
「…………普通」
「出た」
「絶対普通じゃない顔してる」
周囲の女子たちも完全に面白がっていた。
「図書館でしょ〜?」
「ちゃんと勉強したの〜?」
「手とか繋いでないよねぇ?」
「っ!!」
彩音の肩が跳ねる。
「おぉ〜〜〜〜〜!!」
「今の反応何!?」
「何かあった!!」
「な、何もないってば!!」
だが。
耳まで真っ赤。
「橘わかりやすすぎ」
「顔赤い顔赤い」
「田中君に何されたの?」
「されてない!!」
本当はされた。
めちゃくちゃされた。
手を握られた。
抱きしめられた。
しかも号泣付き。
「…………」
だが。
絶対に言えない。
言った瞬間、一生ネタにされる。
「ほんとに何もないの?」
「ない!」
「キスは?」
「してない!!」
「ハグは?」
「っ!!!!!」
静止。
女子たちの目が輝く。
「えっ」
「待って」
「したの!?!?」
「してない!!」
完全に動揺していた。
「いや今の絶対何かあったじゃん!」
「顔真っ赤!」
「橘かわい〜〜〜」
「うるさいっ!!」
彩音は本気で恥ずかしかった。
なぜなら。
思い出すだけで心臓がうるさいからである。
「…………」
しかも。
困ることに。
嫌じゃなかった。
「うぅ……」
彩音は机に突っ伏した。
「終わった……」
「完全に恋する乙女じゃん」
「違うってば!!」
だが。
その時だった。
「のだぁあああああ!?!?!?」
教室後方から絶叫。
全員振り向く。
「また田中君」
「朝からうるさい」
そこでは。
レイと西園寺誠が揉めていた。
「子供は子供らしく吾輩に席譲れなのだぁ!!」
「はぁ!?」
西園寺がキレている。
「そこ俺の席だろ!」
「違うのだぁ!!」
レイは窓際最前列付近を指差した。
「そこ吾輩の日向ぼっこポジションなのだぁ!!」
「猫かお前は!!」
「秋の日差しが気持ちいいのだぁ!!」
「知らねぇよ!!」
朝の教室。
完全に小学生レベルの争いだった。
「のだぁぁぁ!!」
レイは机にしがみつく。
「ここは吾輩の癒やし空間なのだぁ!!」
「お前昨日までそんなこと言ってなかっただろ!」
「最近気づいたのだぁ!!日光浴は大事なのだぁ!!」
「ジジイみてぇなこと言うな!!」
周囲の男子たちが爆笑していた。
「また始まった」
「この二人ほんと仲良いな」
「仲良くないのだぁ!!」
「誰がお前なんかと!」
レイと西園寺、同時に叫ぶ。
そして。
次の瞬間。
「のだぁぁぁ!!」
「うおっ!?」
レイ、西園寺を押し退けて窓際席へダイブ。
「勝ったのだっ♡」
「てめぇぇぇ!!」
「日向ぼっこなのだぁ〜〜♡」
レイは窓際で猫みたいに伸びていた。
完全にダメ人間。
「お前ほんと最近自由すぎるだろ!」
「若さを満喫してるのだぁ♡」
「何なんだよその人生二周目みたいなノリ!」
彩音の肩がぴくっと動く。
「…………」
女子たちはまだニヤニヤしていた。
「橘ぃ〜」
「何」
「田中君、完全に彼氏面白枠じゃん」
「彼氏じゃない!!」
だが。
彩音はちょっと笑ってしまった。
「…………」
レイは本当に変だ。
でも。
朝から教室をこんな空気にできる男子は珍しい。
「のだぁ〜〜♡」
レイは窓際で気持ちよさそうだった。
「太陽最高なのだぁ♡」
「マジで猫じゃねぇか」
西園寺は呆れていた。
だが。
少し笑っている。
「うむ!」
レイはドヤ顔で言った。
「人類はもっと日向ぼっこするべきなのだぁ♡」
「授業始まるぞ」
「のだぁ!?」
その時。
教師が入ってきた。
「席つけー」
「…………」
レイは窓際席にしがみつく。
「動きたくないのだぁ……」
「田中」
「のだぁ?」
「そこ西園寺の席」
「…………」
沈黙。
「のだぁぁぁぁぁ!!」
教室、大爆笑。
「ざまぁ!」
「返せぇぇぇ!!」
レイは西園寺に引き剥がされていた。
「吾輩の日光浴がぁぁぁ!!」
「知らねぇよ!!」
「うぇええええん!!」
彩音はその光景を見ながら、思わず吹き出した。
「…………」
そして。
女子たちがそれを見逃さなかった。
「笑った」
「橘笑った」
「完全に好きじゃん」
「違うってばぁ!!」
だが。
否定しながらも。
彩音の視線は、自然とレイの方へ向いてしまっていた。
窓際を失って本気で騒いでる男子高校生。
普通なら馬鹿みたい。
でも。
「…………」
なんか。
見てて飽きないのだ。




