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孤独死したおっさん、高校時代へタイムスリップ  作者: 雪だるま
橘彩音ルート

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18 苛立つ彩音

 その晩。


 橘家。


「彩音ー、ご飯できてるわよ」


「はーい」


 静かな家だった。


 父親は新聞。


 母親は台所。


 テレビは小さめ。


 一九九二年の、ごく普通の中流家庭。


「…………」


 だが。


 橘彩音は少し変だった。


「どうしたの?」


 母親が首を傾げる。


「なんか今日ぼーっとしてない?」


「えっ」


「勉強会どうだったの?」


「……普通」


「その“普通”怪しいわねぇ」


「怪しくない!」


 彩音は少し早口だった。


「ふーん」


 母親はニヤニヤしていた。


「男の子?」


「違う!」


「でも顔赤いわよ?」


「赤くない!」


 だが。


 耳まで赤い。


「…………」


 彩音は慌ててご飯を食べ始めた。


 味噌汁。


 焼き魚。


 白米。


 だが。


 全然味がしない。


「…………」


 頭の中。


 全部。


 田中レイ。


「のだぁぁぁぁぁ……」


 あの泣き顔。


 頭を撫でた瞬間。


 抱きしめられた感触。


「っ……!」


 彩音は思わず箸を止めた。


「彩音?」


「な、何でもない!」


 完全に動揺していた。


「…………」


 夕食後。


 自室。


 机。


 参考書。


 ノート。


 シャーペン。


「…………」


 彩音は深呼吸した。


「勉強……」


 彼女は優等生だった。


 真面目。


 成績上位。


 コツコツ型。


 だから。


 普段なら勉強に集中できる。


 だが。


「…………」


 今日は無理だった。


「x²……」


 ページを見る。


 だが。


 脳内に出てくるのは。


『のだぁぁぁぁぁ!!!』


 レイの号泣。


「っ……!」


 彩音は机に突っ伏した。


「何なのあれぇぇぇぇ……!!」


 人生で初めてだった。


 頭を撫でたら男子が泣きながら抱きついてきた経験など。


「普通泣く!?」


 しかも。


 本気泣き。


 演技じゃない。


「…………」


 彩音は顔を覆った。


 思い出す。


 レイの顔。


 ぐしゃぐしゃ。


 でも。


 妙に幸せそうだった。


「…………」


 意味がわからない。


 でも。


 胸がざわつく。


「なんで……」


 彩音は苛立っていた。


 自分に。


「集中……」


 シャーペンを握る。


 問題を見る。


『吾輩、今日は結構楽しいのだぁ♡』


「っ……!」


 また思い出した。


「もうっ!!」


 彩音は机を叩いた。


 完全に集中できない。


「…………」


 前までの田中レイなら。


 こんな風になることはなかった。


 静か。


 暗い。


 ほぼ接点なし。


 でも。


 最近のレイは違う。


 距離感がおかしい。


 すぐ褒める。


 すぐ笑う。


 すぐ感情出す。


 そして。


 時々。


 妙に寂しそう。


「…………」


 彩音は少し黙った。


 今日。


 抱きしめられた時。


 最初は驚いた。


 でも。


 途中から。


 なんとなくわかってしまった。


「…………」


 この人。


 本当に嬉しかったんだ。


 だから。


 振り払えなかった。


「っ……」


 彩音は再び顔を覆った。


「何考えてんの私……」


 普通なら。


 引く。


 距離を取る。


 でも。


 そうならない。


「…………」


 むしろ。


 あんなに嬉しそうにされると。


 こっちまで変な気持ちになる。


「最悪……」


 そして。


 一番困るのが。


 レイの顔が普通に良いことである。


 これが重要だった。


 顔が良くて。


 笑うと可愛くて。


 しかも。


 最近妙に清潔感まである。


「…………」


 彩音は枕に顔を埋めた。


「無理……」


 勉強どころじゃない。


 その時。


 コンコン。


「彩音?」


 母親だった。


「まだ勉強してるの?」


「う、うん」


「頑張るわねぇ」


「…………」


 彩音は少し黙った。


 そして。


 ぼそっと聞いた。


「……お母さん」


「何?」


「男子って……」


「うん?」


「頭撫でたら泣くことある?」


「…………は?」


 沈黙。


「何それ」


「いや……別に……」


「誰!?!?」


「違う!!」


 母親の目が輝いた。


「彩音!?彼氏!?」


「違うって!!」


「でも男の子に頭撫でたの!?」


「っ……!」


 彩音、真っ赤。


「な、流れで!!」


「青春じゃないのぉ〜〜〜〜!!」


「うるさい!!」


 母親は大爆笑していた。


「彩音にもそういう相手できたのねぇ〜」


「だから違うってば!!」


 だが。


 彩音はわかっていた。


 今日。


 何かが変わった。


「…………」


 田中レイ。


 変な男子。


 騒がしい。


 距離感おかしい。


 でも。


「…………」


 放っておけない。


 そして。


 少しだけ。


 もっと一緒にいたいと思ってしまっている。


「…………」


 彩音は机へ戻った。


 数学の問題集を開く。


 だが。


『のだぁぁぁぁぁ♡』


「…………」


 また顔を覆った。


「もうほんと無理……」

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