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孤独死したおっさん、高校時代へタイムスリップ  作者: 雪だるま
橘彩音ルート

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14 メガネくん

 午後。


 数学。


 眠い。


 秋の日差し。


 チョークの音。


「ここ重要だからなー」


 教師が黒板を書いている。


「…………」


 そして。


 レイは死にかけていた。


「のだぁ……」


 数式。


 意味不明。


 眠い。


 だが。


 以前と違うことが一つあった。


「田中」


「のだ?」


 隣の席。


 細身。


 メガネ。


 真面目。


 髪きっちり。


 名前は佐伯修一。


 クラスでも成績上位の男子だった。


「そこ違う」


「のだぁ?」


「だからこの公式先に使うんだよ」


「うむぅ……」


 レイはノートを覗き込んだ。


 綺麗。


 めちゃくちゃ綺麗。


 五十歳まで生きたレイですら「仕事できそうな字なのだぁ……」と思うレベルだった。


「佐伯ぃ……」


「何」


「お主、神なのだぁ……」


「大げさ」


 だが。


 レイは本気で感謝していた。


 前回人生。


 レイは。


 わからないことを放置した。


 聞くのが恥ずかしい。


 迷惑かもしれない。


 そんなことを考えて距離を取った。


 結果。


 どんどん孤立。


「のだぁ……」


 だが。


 今は違う。


 佐伯は普通に教えてくれる。


 しかも。


 嫌味がない。


「のだっ♡」


 その時。


 教師が言った。


「じゃあ今日は日直、プリント配っとけー」


「…………」


 クラス全体の空気が死んだ。


 日直。


 面倒。


 だるい。


 一九九二年の高校生は、今以上に雑務を嫌がっていた。


「佐伯、お前日直だろ」


「うん……」


 佐伯はちょっと面倒そうに立ち上がった。


「のだっ♡」


 その瞬間。


 レイも立ち上がる。


「吾輩がやるのだっ♡」


「え?」


 佐伯が固まる。


「感謝祭なのだっ♡」


「何それ」


「いつも数学教えてくれるお礼なのだぁ♡」


「いや別にそんな……」


「うむ!」


 レイはプリントを奪い取った。


「任せるのだぁ♡」


「田中、珍しいな」


 教師すらちょっと驚いていた。


 前までのレイなら、絶対こういう雑務を避けていたからである。


「のだっ♡」


 レイはニコニコしながら歩き始めた。


「はいなのだっ♡」


「おぉ」


「プリントなのだっ♡」


「サンキュー」


「のだっ♡」


 配る。


 配る。


 妙に楽しそう。


「…………」


 クラスメイトたちはちょっと不思議そうだった。


「田中最近なんか変わったよな」


「前までこういうの絶対やんなかったのに」


「青春らしい」


「便利ワード化してるな」


 だが。


 レイは本当にちょっと楽しかった。


「のだぁ……」


 五十歳まで生きるとわかる。


 こういう小さい雑務。


 意外と人間関係に効く。


 仕事でもそうだった。


 コピー。


 片付け。


 ちょっとした気遣い。


 そういうのを自然にやる奴は、案外好かれる。


「うむうむ」


 レイはしみじみしていた。


 前回人生。


 レイは“面倒だから”で色々避けすぎた。


 その結果。


 周囲との接点がどんどん減った。


「のだっ♡」


 その時。


 女子たちの席へ。


「はいなのだぁ♡」


「ありがと、田中君」


「のだっ♡」


 橘彩音が少し笑った。


「今日機嫌いいね」


「うむ!」


 レイは即答した。


「佐伯に数学教えてもらったからなのだぁ♡」


「そこまで!?」


「命の恩人なのだぁ……」


「数学で?」


 教室に笑いが起きる。


 だが。


 佐伯はちょっと困った顔をしていた。


「そんな大したことしてないって……」


「違うのだぁ!」


 レイは真顔だった。


「人に何か教えるのって意外と大変なのだぁ!」


「…………」


 佐伯が少し止まる。


 レイは本気だった。


 五十歳まで生きて知った。


 教える側って。


 実はかなりエネルギーを使う。


「のだぁ……」


 しかも。


 佐伯は馬鹿にしない。


 これが大きい。


「お主、優しいのだぁ……」


「いや普通だろ」


「普通が偉いのだぁ♡」


「重いなぁお前」


 だが。


 佐伯は少し笑っていた。


 その時。


 教師が言った。


「田中、黒板消しも頼む」


「のだっ♡」


 レイ、即反応。


 黒板を消し始める。


「うむぅ〜♪」


「お前ほんと今日楽しそうだな」


「意外と楽しいのだっ♡」


 これは本音だった。


 前回人生。


 レイは。


 “自分ばかり損してる”みたいな感覚が強かった。


 だから。


 頼まれるとイライラしていた。


 雑務も嫌だった。


 でも。


 今は違う。


「のだぁ……」


 少し動くだけで。


 少し手伝うだけで。


 空気って結構変わる。


「うむ!」


 レイは黒板を綺麗にしながら言った。


「人類は助け合いなのだぁ♡」


「急に壮大だな」


「あと数学は滅びろなのだぁ♡」


「本音出た」


 再び教室が笑いに包まれる。


 その中で。


 佐伯は静かにレイを見ていた。


「…………」


 前までの田中レイは。


 どこか壁があった。


 暗いというより。


 “どうせ誰とも深く関わらない”みたいな空気。


 でも。


 今は違う。


 妙に騒がしくて。


 妙に人懐っこくて。


 そして。


 変に人を大事にする。


「変なやつ……」


 佐伯は小さく笑った。


 だが。


 悪い気分ではなかった。

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