13 白石先生
昼休み。
校舎三階。
保健室前。
「…………」
レイは壁に寄りかかりながら真顔だった。
「のだぁ……」
用事はない。
完全にない。
怪我もしていない。
熱もない。
腹痛もない。
だが。
「会いたいのだぁ♡」
白石美冬。
美人養護教諭。
二十代後半。
優しい。
いい匂い。
男子人気が異常に高い。
「うむ!」
レイは決意した。
「人生は行動力なのだぁ♡」
ガラッ。
「失礼しますなのだっ♡」
保健室のドアが開く。
白石先生は机で書類を書いていた。
「あら」
顔を上げる。
「……田中君?」
「のだっ♡」
「今日はどうしたの」
「先生♡会いたかったのだぁ♡」
「帰りなさい」
即答だった。
「のだぁ!?」
「保健室はキャバクラじゃありません」
「違うのだぁ!?」
だが。
レイは全く懲りない。
「今日も優しくて美人なのだぁ♡」
「はいはい」
「白衣似合ってるのだぁ♡」
「ありがとう」
「足も長いのだぁ♡」
「田中君?」
「のだっ♡」
「次セクハラしたら氷嚢ぶつけるわよ」
「ご褒美なのだぁ♡」
「重症ね」
白石先生は完全に呆れていた。
だが。
ちょっと笑っている。
「…………」
レイは椅子に座った。
保健室。
静か。
少し薄暗い。
外の騒がしさが遠い。
「のだぁ……」
実際。
レイは保健室が好きだった。
前回人生。
こういう“少し休める空間”が、ほとんどなかった。
社会はずっと騒がしい。
仕事。
責任。
人間関係。
疲れる。
「のだぁ……」
「今日はほんとに怪我ないの?」
「ないのだっ♡」
「じゃあ何しに来たのよ」
「癒やされになのだぁ♡」
「堂々と言うわねぇ」
白石先生はため息をついた。
「サボり?」
「半分くらいそうなのだぁ♡」
「素直ね」
「うむ!」
レイはニコニコしていた。
五十歳まで生きると。
“ちょっと休む”ことの大切さがわかる。
無理して壊れる方が面倒なのだ。
「…………」
その時。
白石先生がレイをじっと見た。
「田中君」
「のだ?」
「最近ほんと変わったわよね」
「うむっ♡」
「前までこんなに喋るタイプじゃなかったのに」
「青春を始めたのだぁ♡」
「便利ねその言葉」
白石先生は少し笑った。
「でも、前より楽しそう」
「のだっ♡」
レイは即答した。
「人生、楽しまないと損なのだぁ」
「高校生とは思えない台詞」
中身五十歳なのである。
「のだぁ……」
その時。
白石先生がペンを置いた。
「はい」
「のだ?」
「お茶」
「!!!!」
紙コップ。
麦茶。
「のだぁぁぁ♡」
レイ、感動。
「優しいのだぁ♡」
「騒がしいから口塞ぐ用よ」
「ひどいのだぁ!?」
だが。
レイは嬉しそうに飲んだ。
「うまぁ……」
「大げさねぇ」
「先生がくれたから三割増しなのだぁ♡」
「軽いホストみたいなこと言うわね」
「のだっ♡」
レイは笑った。
そして。
ふと。
白石先生の顔を見た。
「…………」
綺麗だった。
でも。
少し疲れてる。
目元。
肩。
表情。
五十歳まで生きたレイには、そういうのが少しわかる。
「先生」
「ん?」
「ちゃんと休んでるのだぁ?」
「え?」
「疲れてる顔してるのだぁ」
「…………」
白石先生が少し止まる。
予想外だった。
「田中君にそんなこと言われると思わなかった」
「のだっ♡」
「まあ、忙しいのは忙しいわね」
保健室。
悩み相談。
怪我。
生徒対応。
教師間の空気。
養護教諭は意外と大変だ。
「のだぁ……」
レイは思った。
大人って。
高校生の頃思ってたより、ずっと疲れている。
「先生」
「何?」
「無理しすぎたら駄目なのだぁ」
「…………」
「人間、壊れる時は一瞬なのだぁ」
白石先生は少し黙った。
「……ほんと、時々おじさんみたいなこと言うわね」
「のだっ♡」
「でもありがと」
少し柔らかい声だった。
その時。
ガラッ。
保健室のドアが開く。
「失礼しまーす」
男子生徒。
鼻血。
「うわっ」
「のだぁ!?」
白石先生が即座に立ち上がる。
「ちょっと座って!」
「はい!」
レイはその様子を見ていた。
「…………」
手際がいい。
優しい。
ちゃんと相手を安心させる。
「のだぁ……」
レイはしみじみ思った。
こういう人がいるから。
学校って回ってるのだ。
「はい、ティッシュ押さえて」
「すみません……」
「大丈夫大丈夫」
「のだぁ♡」
レイ、ニコニコして見ている。
「田中君」
「のだ?」
「暇なら戻りなさい」
「追い出されたのだぁ!?」
「当然でしょ」
「先生ぇぇぇ♡」
「また怪我したら来なさい」
「のだっ♡」
レイは立ち上がった。
そして。
ドアの前で振り向く。
「先生♡」
「何」
「今日も世界一美人なのだぁ♡」
「はいはい」
「あと優しいのだぁ♡」
「知ってるわ」
「のだっ♡」
レイは満足そうに去っていった。
静かになった保健室。
白石先生は少し笑った。
「…………変な子」
だが。
悪い気分ではなかった。




