12 助けるレイ
翌日。
昼休み前。
校舎裏。
一九九二年の高校には、妙に“溜まり場”が多かった。
タバコ臭い階段裏。
使われてない倉庫前。
自販機の影。
そして。
校舎裏。
「…………」
レイはパンを咥えながら歩いていた。
「のだぁ〜♪焼きそばパンなのだぁ〜♪」
妙に機嫌が良い。
なぜなら。
橘彩音との勉強会が決定しているからである。
五十歳まで孤独だった男には、それだけで人生が輝いて見えた。
「青春なのだぁ♡」
だが。
その時。
「おい、無視してんじゃねぇよ」
「ちょっと付き合えって言ってるだけだろ?」
男の声。
「…………」
レイの足が止まる。
校舎裏。
男子二人。
制服を着崩している。
妙に偉そう。
典型的不良未満の“半端ヤンキー”だった。
そして。
その前にいたのは。
女子。
「…………」
黒髪。
白い肌。
長い睫毛。
妙に影がある。
美少女。
だが。
目が死んでいる。
「別に……」
声も小さい。
「だから、少しくらい付き合えって」
「お前暗いけど顔は良いしさぁ」
男子たちがニヤニヤしている。
「…………」
レイは少し目を細めた。
知っている。
こういうタイプ。
前回人生でも何度か見た。
“本物の悪”ではない。
ただ。
若さと群れで調子に乗ってるタイプ。
「のだぁ……」
そして。
女子の方。
レイは妙に気になった。
影がある。
疲れている。
高校生なのに、妙に“大人を諦めてる顔”をしている。
「…………」
五十歳まで生きたレイには、少しわかった。
この手の目は。
家庭か人生で、既にかなり疲弊している。
「うむ」
レイは焼きそばパンを咥え直した。
そして。
「のだぁあああああああ!!!」
絶叫しながら突撃。
「うおっ!?」
「な、何だ!?」
不良二人がビビる。
レイはそのまま割り込んだ。
「何してるのだぁ!!全くもぉおお!!」
「は?」
「親の顔が見たいのだぁ!!」
「何だコイツ!?」
「うむ!」
レイは真顔だった。
「お主ら、十年後くらいにこの時の自分思い出して布団で悶えるのだぁ!」
「は?」
「若気の至りなのだぁ!!」
「意味わかんねぇ!」
レイはビシッと指を差した。
「女の子困らせるのはダサいのだぁ!」
「何なんだお前!」
「青春指導員なのだっ♡」
「帰れ!!」
不良たちは完全に困惑していた。
レイ、怖くない。
だが。
妙に勢いがある。
あと顔が良い。
さらに目が妙に真剣。
「のだぁ!」
レイは女子を庇うように立った。
「お主ら、暇なら筋トレでもするのだぁ!」
「いやマジで何なんだよ!」
「青春を無駄遣いするななのだぁ!」
「うるせぇ!!」
その時。
遠くから教師の声。
「おーい!何騒いでる!」
「っ!」
不良二人は舌打ちした。
「チッ……」
「覚えてろよ田中」
「のだっ♡」
「何で嬉しそうなんだよ!」
二人は逃げていった。
静かになる。
風。
校舎裏。
「…………」
レイは女子の方を見た。
「大丈夫なのだぁ?」
「…………」
少女は少し黙っていた。
近くで見ると。
本当に綺麗だった。
だが。
どこか不健康。
目の下も少し暗い。
「別に……慣れてるから」
「のだぁ」
レイは少し眉をひそめた。
その“慣れてる”が嫌だった。
「名前何なのだぁ?」
「……霧島」
「のだ?」
「霧島綾乃」
「うむ!」
レイは頷いた。
「綺麗な名前なのだぁ」
「…………」
綾乃は少し目を丸くした。
多分。
こういう風に真正面から褒められ慣れていない。
「…………ありがと」
小さい声だった。
「のだっ♡」
レイは焼きそばパンを差し出した。
「食べるのだぁ?」
「え」
「吾輩もう一個あるのだっ♡」
本当はない。
だが。
なんとなくそう言った。
「……いらない」
「遠慮するなのだぁ」
「……別にお腹空いてない」
「嘘なのだぁ」
「っ……」
綾乃が少し固まる。
レイは知っている。
人間。
疲れてる時ほど「平気」って言う。
「のだぁ……」
レイは静かにパンを押し付けた。
「食べるのだぁ」
「…………」
綾乃は少し迷って。
受け取った。
「……ありがと」
「うむっ♡」
レイは笑った。
その笑顔を見て。
綾乃は少し不思議そうな顔をした。
「田中君って……」
「のだ?」
「変わってるね」
「よく言われるのだっ♡」
「…………」
綾乃は少しだけ笑った。
本当に少し。
だが。
確かに笑った。
「うむ!」
レイは何故か嬉しかった。
前回人生。
レイは。
こういう“面倒ごと”を避けていた。
関わらない。
見ないふり。
でも。
五十歳まで生きるとわかる。
あの時ちょっと話しかけてれば。
あの時ちょっと助けてれば。
そういう後悔が妙に残る。
「のだぁ」
その時。
綾乃がぼそっと言った。
「……でも」
「のだ?」
「普通、ああいうの見ても助けないよ」
「うむ?」
レイは首を傾げた。
「見てて気分悪かったのだぁ」
「…………」
「あと」
「?」
「お主、なんか放っとくと危なそうなのだぁ」
「っ……」
綾乃の目が少し揺れた。
図星だった。
多分。
かなり。
「のだぁ……」
レイは思った。
高校って。
案外。
既に人生が始まっている。
明るい奴。
壊れかけてる奴。
無理してる奴。
全部いる。
「うむ!」
レイは笑った。
「困ったら吾輩に言うのだっ♡」
「…………」
「人生二周目の吾輩は頼れるのだぁ♡」
「何それ」
綾乃はまた少し笑った。
その笑顔は。
最初よりほんの少しだけ、生きている顔だった。




