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孤独死したおっさん、高校時代へタイムスリップ  作者: 雪だるま
橘彩音ルート

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10 揶揄われる橘

 放課後。


 女子更衣室前の廊下。


「…………」


 橘彩音は静かにローファーを履いていた。


 だが。


 耳が少し赤い。


「ねえねえねえ」


 後ろから声。


 振り向く。


 いた。


 女友達グループである。


 特に中心なのは、茶髪気味の活発な女子――相沢真理。


 クラスでもかなり口が回るタイプだった。


「橘さぁ〜?」


「……何」


「田中君と勉強会なんだってぇ?」


「っ……!」


 彩音の動きが止まる。


 周囲の女子たちがニヤニヤし始めた。


「へぇ〜〜〜」


「図書館デート?」


「違うって!」


「勉強会って言うやつほど怪しいんだよねぇ」


「ほんとに勉強するのぉ?」


「するよ!」


 彩音は即答した。


 だが。


 顔が少し赤い。


「でも田中君最近すごいよね」


「うんうん」


「前まで空気みたいだったのに急に距離近くなった」


「わかる」


 女子たちは盛り上がっていた。


 一九九二年。


 スマホもSNSもない時代。


 その代わり。


 学校内の恋愛ゴシップの回転速度が異常に速かった。


「相合傘してたし〜」


「ジュースあげてたし〜」


「今日とか完全に誘われてたじゃん」


「…………」


 彩音は黙っていた。


 そして。


「……別に普通でしょ」


「出た」


「その“別に”は怪しいやつ」


「違うってば」


「でも橘、最近ちょっと楽しそうじゃない?」


「…………」


 彩音は少し視線を逸らした。


 否定しづらかった。


 なぜなら。


 実際、最近のレイは面白いからである。


「田中君ってさぁ」


 真理が言う。


「なんか急に変わったよね」


「うん」


「前はもっと暗かったのに」


「最近めっちゃ話しかけてくる」


「しかも妙に堂々としてる」


 女子たちは頷いていた。


「なんか……変に余裕あるよね」


「わかる」


「でも時々おじさんみたい」


「それ!」


 爆笑。


 彩音もちょっと吹き出した。


「確かに」


「でしょ!?」


「何か急に人生語り始めるし」


『家族との時間は大事なのだぁ』


『若さは貴重なのだぁ』


『人生は行動力なのだぁ』


「高校生の台詞じゃないんよ」


「ほんとそれ」


 女子たちは笑い転げていた。


 だが。


 真理がふとニヤニヤしながら聞いた。


「で?」


「……何」


「田中君のことどう思ってんの?」


「っ!?」


 彩音の顔が赤くなる。


「べ、別に!」


「出た別に」


「好きじゃないなら勉強会断るでしょ普通」


「そ、それは……」


 彩音は少し詰まった。


 確かに。


 嫌なら断っていた。


 でも。


 レイといると妙に面白いのだ。


「なんか最近の田中君、不思議なんだよね」


「不思議?」


「うん……」


 彩音は少し考えた。


「変なんだけど」


「うん」


「変なんだけど、前みたいな“近寄りづらさ”がなくなったっていうか……」


「へぇ〜〜〜」


「あと」


「あと?」


「普通に褒めてくる」


「うわぁ〜〜〜〜〜!!」


 女子たち大騒ぎ。


「青春!!」


「橘が照れてる!!」


「照れてない!!」


 だが。


 耳まで赤い。


「田中君って顔は元々良かったもんねぇ」


「それはある」


「今まではなんか猫背で暗かったけど」


「最近めっちゃ笑うし」


「距離感バグってるけど」


「それな」


 彩音は小さく笑った。


「でも変に嫌じゃないんだよね」


「おぉ〜」


「完全に始まってる」


「違うって!」


 その時。


 真理が急にニヤニヤしながら言った。


「でもさぁ」


「何」


「黒沢君かわいそうじゃない?」


「え?」


「前、橘のことちょっと気にしてたじゃん」


「…………」


 彩音が少し止まる。


 確かに。


 黒沢隼人は優しかった。


 爽やか。


 人気者。


 女子人気も高い。


 普通に考えたら、そっちの方が“王道”だった。


 でも。


「…………」


 彩音は思った。


 最近。


 つい目で追ってしまうのは、レイの方だった。


「何かさ」


 彩音はぼそっと言った。


「田中君見てると飽きないんだよね」


「うわぁ〜〜〜〜〜!!」


「言ったぁぁぁ!!」


「橘が言ったぁぁぁ!!」


「ち、違っ……!」


 女子たちが大騒ぎする。


 彩音は真っ赤だった。


「だって急に叫ぶし!」


「うん」


「変なこと言うし!」


「うん」


「でも時々、すごい優しいし……」


「おぉ〜〜〜」


「完全に落ちかけてる」


「落ちてない!!」


 だが。


 女子たちはわかっていた。


 橘彩音は。


 かなりレイを気にし始めている。


「土曜楽しみだねぇ〜?」


「べ、別に普通だから!」


「服悩んでそう」


「悩んでない!」


「髪ちょっと気合い入れそう」


「入れない!!」


「香水つける?」


「つけない!!」


 彩音は完全に顔真っ赤だった。


 だが。


 少しだけ。


 笑っていた。


 前までのレイは。


 “背景”みたいな男子だった。


 でも今は違う。


 急に近づいてきて。


 急に笑って。


 急に褒めて。


 そして。


 妙に楽しそうなのだ。


「…………」


 彩音は窓の外を見た。


 夕焼け。


 秋の空。


「……変なの」


「田中君?」


「うん」


 彩音は小さく笑った。


「ほんと変」

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