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あぶはちとらず  作者: 井氷鹿
第5章 Grasp all , Lose all.3 1995年 夏 亘編2

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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ竜田川3 Fortune favors the bold.

 ドームを覗いたら、二人が両手で力比べでもするように掴み合っていた。

「わーちゃん、来なくていいっ」

 紅緒の声に驚き顔を上げてしまい、ペンライトが二人を直撃してしまう。

「ごめん。ライト当てて。崇直っ……べー、泣いてなかった?」 

「お前のせいで泣いてるんだよ。亘、おまえどうする気だ、また知らん顔で黙って見てる気か」

 崇直に怒鳴られ、頭が真っ白になり返答に詰まる。

 見てるだけだった僕の初恋。

 あの日、神社の鳥居の下で僕に微笑んでくれた。

 傍にいるようで、手を伸ばせば何故かするっと逃げていく。

 久々に再会した時、僕に抱きついてきた泣き顔。

 司法研修所から成増まで二人で歩いた夜。

 お礼だと、僕にお揃いのペンケースをプレゼントしてくれた。

 先輩の冷やかしの言葉。

『良かったな、全然脈ありじゃん日向、それ』

 崇直にはすっかりバレてた、僕の気持ち。

 「亘、返事はっ!」

 黙って見てるのは、今日で終わりにするんだ。

「崇直、いいのか」

 崇直はアホと僕に向かって言い、

「外に出るぞ、もうっ」 

 怒ってドームから出てきた。

 その後ろには泣いていた紅緒が顔を隠すように、崇直の背中に顔を押しつけ出てきた。

 僕の前で立ち止まり、声を上げる。

「田中、帰るぞ」 

 崇直が掴んでいた紅緒の手を振りほどく。即紅緒が、また手を伸ばす。

「あ、ああ? 笠神?」

 崇直がまた、紅緒の手を払う。

「ちゃんと掴まえとかないと、こいつは逃げるぞ。逃げ足は速いからな」

「ありがとう、崇直」

 また縋ろうと伸ばした腕ごと、背中から紅緒を抱きしめた。

「うわっ、崇ちゃん、待って」

 同時に崇直が歩き出す。 

「和を以て貴しとなす、だ」 

 そう言うと、背中越しに手を振ってよこした。


「わーちゃん、離して」 

 腕の中で紅緒が逃げようと体をよじる。

「紅緒が好きなんだ。ずっと、ずっと好きだったんだ」 

「崇ちゃんに言われたの?」

 は? 何で崇直が出てくる。

 不意を突かれ力が緩み、僕の腕から紅緒が逃げようとした。

 掴んでいた手首を引き寄せ、今度は正面から抱き寄せる。

「違うっ。本気で好きなんだ。だから、お願い僕を見て」

 もう何を言えば良いのか分からなくなったじゃないか。

「崇ちゃんに、頼まれたんでしょ。だってわーちゃんはいつも誰かと一緒だったじゃない」

 それは。

「私なんか全然気にも留めてなかったじゃないっ」

 紅緒の瞳に今まで溜まっていた涙が、決壊したかのようにあふれ出す。

 泣かすような事、言ったのか僕。

 ごめんよ、紅緒。泣かせるつもりはなかったんだよ。どうしよう。

 涙をぬぐっても、ぬぐっても止まらないよ。

 だっていくら僕が思ったって、無駄だって思ってたから。

 だって、 

「君が振り向いてくれないから」

「私は、私はもうわーちゃんしか見てなかったのに」

 え?

「受験以降、崇ちゃん家に来るとき以外会う事も無くなってさ」

 いや、僕も紅緒に会えないかなと下心付きで行ってたんだけど。

 まさか、待っててくれたなんて思わなくて。

「顔見ても、ただ笑って何も言わなかったじゃない」

 ああぁ、また涙が。

 挨拶以外、かける言葉が浮かばなかったんだよ。変な事言いそうでさ。

「高校の時から、学園祭でも、直ちゃんの五年祭の時も。いつも誰か綺麗な女の人と一緒だったじゃない」

 頼むから、泣かないでくれよ。

 君の涙で僕の手がすっかり濡れちゃったよ。

 僕にとって君はずっと高嶺の花だったからね。

 叶わない片思いだと思ってたから、だから付き合う相手は誰だって良かったんだ。

「君以外なら、誰でも同じだから僕には」

「何それ、わーちゃんは好きでもない人と付き合えるんだ」

 まさか、君が僕の事を見てたなんて思いもよらなかったから。

 やっと涙が止まったよ。

「紅緒が好きだよ」

 疑うように、眉をひそめられる。

 信用ないなぁ。

「崇ちゃんが言ってた、亘は来るもの拒まず、去る者は追わずって」

「だって、紅緒が好きだから」

 紅緒が照れたのか、今度は視線を逸らす。

「さっきから、会話になってない」

 うん。知ってる。

 どうしようもなく、可愛いんだけど。

「紅緒が逃げたら追っ掛けるよ。なりふり構わず」

「もう、嘘ばっかり」

 完全に顔を背けられる。

 ダメだ、これは我慢できない。

「信用してくれよ、こっち向いて」

 やばっ、思わず顎を掴んでしまった。

 ええい、ままよっ。

 こっちを向かせ、顔を近づけた。

「キスしていい」

 許可じゃないぞこれは、宣言だ。

 驚いた顔の紅緒が口を開く。

「わーちゃ」

 最後まで言わせず、口を塞いでやった。


第5章「Grisp All , Lose All3」 1995年 亘編 夏2 完

「あぶはちとらず」完

いつも読んで下さり有難うございます。

漸く完結となりました。

最後まで付き合っていただき、感謝に耐えません。


この後はエピローグ・番外偏として

7月22日亘編「手が出せませんっ」更新しました。

あと1話崇直編を来週更新予定です。

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― 新着の感想 ―
めでたくハッピーエンド。 高嶺の花な事に本音を言えない焦ったさがあったり、はじめの話の亘の女付き合いに関する伏線を回収していたり、綺麗にまとまった話でしたね。 この作品に出会えて感謝!
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