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あぶはちとらず Grasp all, lose all.  作者: 井氷鹿
落花情あれど流水意なし
8/10

本木にまさる末木なしⅢ The first is the best.

 座り心地の良い革張りのソファ、間接照明の柔らかな灯り。何処をどう見ても高そうだ。

 ローテーブルを挟んだ向かいの席に座り直したら、先程の女の子が床に膝を付いてメニューを広げてみせてくれた。

 

「何になさいますか」

 

 うおおぉ、メニューに値段がない!

 

「好きなの頼んでいいよ」

 

「好きなのって」

 

「あ、ウイスキーダブルで」

 

 そう女の子に言うと、こいつはロックでと勝手にオーダーされた。

 

「会員のゲストは基本ドリンクはフリーなのよ」

 

 

 カラカラと音がして樹が何やら乗ったワゴンを押して来る。

 

「これ、まー爺のね」

 

 といってワゴンからマッカランのボトルを取りテーブルに置く。

 続いて慣れた手つきでグラスにアイスを入れ、山崎の12年ものでロックを作ってくれた。

 

「わーちゃんはこっちね。平川さんはいどーぞ。チェイサーは麦茶持ってきました」

 

 むぎちゃ? ウイスキーのチェイサーに麦茶。麦に麦ってか。

 

「いっちゃん気が利くなぁ。ありがとう」


 

「かんぱーい」

 

 と陽気に先輩が言う。ウイスキーを二口ばかり喉に流しこみ、チェイサーの麦茶をコレまたうまそうに飲む。

 

「わーちゃんも、これ美味しいからどーぞ」

 

 そんじょそこらの麦茶じゃないんだよと、樹が入れてくれた麦茶のグラスを先輩が僕の前に置いた。

 


 グラスを持つと煎りたての麦の香りが漂ってきた。

 なんだコレ、香ばしくて。

 

「うまっ」

 

「職人さんが焙煎した本物の麦茶だぞ。それをちゃんとやかんで煮出したから色も違うだろ」

 

 確かに。珈琲と見紛う濃さだ。

 3人で麦茶談義してたら、カウンターの方が何やら賑やかになってきた。

 


「おっといけない。たぶんまー爺だ。平川さん、行ってきます」

 

 げっ。

 トイレに逃げようとしたら、出迎えに行った樹がまー爺を連れてきた。

 はえーよ、樹。


「平川ちゃん、ごめんごめん。急いで食ってきた。まだ紅緒はデザート食ってるが」

 

 そう言いながらこちらに歩いてくる。良かった、まだ来ないんだ。

 来る前に挨拶して帰ろっと。

 先輩が立ち上がったので僕もコレ幸いと立ち上がる。

 

「あれ、日向くんじゃないか。何だ、平川ちゃんが言ってた人って君だったのか」

 

 と僕の方へ歩いてきた。

 

「まーちゃん、日向をご存知だったんですね」

 

 先輩が自分の席をまー爺に譲ろうとする。

 


「平川ちゃん、わしはホスト側だよ。やだよ、上座なんざ」

 

 と笑いながら、僕を先輩の隣に促す。

  

「さて、じゃ改めて」

 

 とまー爺が名刺を僕に名刺を渡してきた。

 笠神ビルの名刺をもらう。肩書きに驚いた。

 いっつも家に居て、よく遊びに連れて行ってもらってたけど。

 

「どうだ、驚いただろう。これが必殺遊び人の名刺だ」

 

「遊び人の名刺、初めていただきました」

 


 捧げつつで名刺を頂くと、まー爺はえっへんと、おちゃめに胸を張り僕を見上げた。

 

「わしが名刺を渡すまでになったんだねぇ。大きくなったねぇ」

 

 僕は苦笑いを浮かべた。

 ええ、見てくれだけは大きくなりました。

 僕も会社からもらった名刺をまー爺に渡す。

 

「ほー、インターンねぇ。見習いみたいなもんか」

 

「そうです。平川先輩の付き人ですよ」

 

 ほれ、座ってと言われ僕らはソファに腰掛けた。

 笠神不動産って紅緒のばーちゃんの会社だよな。まー爺が役員って大丈夫か。

 

「必殺遊び人って」

 

 不思議そうに先輩が僕とまー爺を見る。

 

「だってわしの仕事って昼間暇じゃない。だから」

 

「実際遊んでたじゃん、ね」

 

 そう言いながら樹がマッカランのロックを作り、まー爺に渡す。

 

「そのお陰で、おまえら色んな所へ連れて行ってやったろうが」

 

 

 確かに、長期休みや週末なんかよく連れ出してくれたっけ。

 子供ぞろぞろ引き連れて、面倒見のいい人だよな、今だにお世話になってます。

 おっといけない。帰るんだった。

 

「まー爺、会って直ぐで悪いけど、僕そろそろ……」

 

 そう言って席を立ちかけたら聞き覚えのある声が響いてきた。

 

「居たーーーーっ」


 

「あ」

 

 紅緒がわずか数メートル先に立って、こっちを指さしている。

 何だかとても怒ってるようだ。 

 ツカツカと歩いてくるが、それが次第に足早になり。

 うっそ。


  

 勢いよく僕に抱きついてきた。

 屈んだままの僕に紅緒が抱きついてきた。

 受け止めた僕にとってもう抱きとめるというよりこれは抱擁に近いんじゃね?


 

 こんなに華奢だったっけ。

 

 こんなに頭、小さかったっけ。

 

 こなに泣き虫だったっけ。

 

「わーちゃん。何してたんだよう」

 

 ここで僕の意識はぶっ飛んだ。 

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