本木にまさる末木なしⅡ The first is the best.
ダラダラ歩いているうちに着いたらしい。
「ほら、こっち」
え、店どこだ? 住宅街のど真ん中なんですけど。
「そこの灯り見えるか?」
先輩が指した先に立派な格子戸があった。灯りには『灰かぶり』と筆文字。
「料亭みたいですね」
「ああ、下はな。俺たちが行くのはその上だ」
料亭の二階――それが先輩の言う会員制の店だった。
入口でチェックもなく、普通に入れてなんだか拍子抜けだ。
「いらっしゃいませ。久しぶりね、平川ちゃん。こちらは?」
着物姿の年配の女性が出迎えてくれる。
和装がよく似合う、ふくよかで優しそうな人。
「ご無沙汰、ママ。こいつ、今俺の下で働いてる日向亘。まだ院生だけど優秀なんだ」
「日向亘さん、いらっしゃいませ。クラブシンデレラのママ、絹子です」
名刺を差し出され、慌てて鞄を外す。
「お名刺は後ほどでいいですよ。お席ご用意しますから少しお待ちくださいね」
にこやかに促され、カウンターの椅子に腰掛ける。
おしぼりを持つ女の子と、黒服姿の若い男が立っていた。
「え?」
「……あれ?」
黒服と僕が同時に声を上げる。
「わーちゃんじゃん!」
「樹?」
破顔した樹がカウンター越しに抱きついてきた。
先輩は女の子からお絞りを受け取りながら、何事だと僕を見る。
「知り合い?」
「ええ、幼馴染です」
「そうそう。小学校からの付き合いだよ。崇ちゃんの大親友」
先輩が「崇直の」と呟く。
知ってるのかよ。
樹が嬉しそうに肩を組んできたところへ、ママの声が割り込んだ。
「えっ、イギリスから来たあの坊や、もしかして?」
え? 会ったこと……あ。
「ほら、紅緒が退院した年の運動会、一緒にお弁当食べたじゃない」
うわっ、紅緒の叔母さん……!
「し、失礼しました。ご無沙汰してます……」
慌てて頭を下げると、ママは笑って僕を起こした。
「恐縮させてごめんなさいね、懐かしくて」
「いえ、こちらこそ」
「お席できましたから、行きましょうか」
笑った目元が紅緒そっくりだ。やばいな、これ。
「紅緒は今、父と下にいるの。すぐ呼びますね」
……紅緒? 父? まー爺まで?
何でいるんだよ。
うわ、顔熱い。泣いたらどうしよう。どんな顔すればいいんだ。
気づいたらウェルカムドリンクが空だった。
「わーちゃん、それモヒート。平川さん仕様だから……濃いよ」
樹がにやっと笑う。
「日向、お前もそんなにテンパることあるんだな」
先輩が肩を叩いて鼻で笑った。
「先、行ってるな」
穴があったら入りたい。
消し炭だってイイ。