本木ににまさる末木なし1 The first is the best.
食事が終わり、良い機会だからと先輩が新たな店に連れて行ってくれることになる。
「家の近所なんだ、これが」
「へぇ~」
先輩と僕は最寄り駅が同じだ。
だからといって、毎朝並んで通勤することもなければ一緒に帰ることもないけど。
「南口」
「賑やかな方ですね」
そうそう、と先輩が頷く。
「会員制の店なんだが、そこに紹介したい人がいてね」
会員制? 何それ、高そうな雰囲気だなぁ。
そんな高級店なんて行ったことがないよ。秘密倶楽部みたいなもんか?
「お前が考えてるのとは全く違うから、安心しろって。社交クラブみたいなところだよ」
半分笑いながら、あきれ顔で先輩が言う。
ええ? ますます分からんぞ。
社交クラブ? 何だそれ。
改札を抜け、いつもとは違う出口へ向かう。
「ちょっと歩くぞ」
「うっす」
酔い覚ましにちょうどいいや。少し先をスタスタ歩く先輩に付いていく。
「日向って帰国子女だよな」
「そーっすよ」
そういう先輩は米大の学士持ちじゃないですか。
繁華街をどんどんと歩いていく。
僕が住んでいる側はマンションと住宅とお寺と神社で静かなところなのに、反対側は夜になってもこんなに賑やかとは知らなかったな。
客の呼び込み、景気の良い挨拶が飛び交っている。
人も多いなぁ。
北と南で全く街の顔が変わるんだ。
「お前の英語キレイだもんなぁ。イギリス英語って、何というか上品でいいよな」
上品、僕の英語が、えへへ。
「気取ってるとか聞き取りづらいとか、よく言われてます。だから上品なんて先輩に言われたら、めちゃ嬉しいッスね」
流石先輩、分かってらっしゃる。
「でも、僕の英語、ネイティブといえどお子様英語なんっスよね。何せ十六で帰国してますから」
二度目はFifth form(高一)で帰国したからなぁ。まだまだ子供だったよなぁ。
「へぇ~、そういうもんか」
「先輩みたいに向こうの大学出た人のほうが、全然上っす。僕、女性口説けませんもん」
先輩が間を置いて、鼻で笑う。
「なるほどね~」
気がつくと、繁華街を抜けていた。
一気に静寂に包まれ、遠く電車の音が響いている。
「ところでただの好奇心で聞くんだが、生まれたのはどこ。あ、言いたくなきゃ……」
「ドイツです。ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都、デュッセルドルフ」
繁華街の先はここも静かな住宅街になるんだ。
どちらかと言うと、僕の住んでる側と違い戸建てが多いな。
「デュッセルドルフか。流石に行ったことねーや」
デュッセルドルフねぇ、と言いながら先輩はブリーフケースを持ったまま両手を上げ大きく伸びをした。
「そこからフランス、イギリスですね」
「オレなんか日本の片田舎だぜ。生まれたときから世界を知ってるってすげー強みだぞ」
振り返り、先輩がこぶしを握ってうんうんとうなずく。
そんなに凄いことなんですかね、帰国子女って。
「だといいですが。子供すぎて、記憶にあるのはイギリスぐらいっすよ」
先を歩いていた先輩が、また振り返る。
「親が外交官って、やっぱり大変だったか。引っ越し先が異国じゃ簡単に友だちなんかできないだろうし」
「ええ、簡単じゃなかったかな。だから小学生で帰国した時できた友達は、今でも大切な親友なんですよ」
小三の春に出会ったあの四人は、僕にとって生涯の親友なんだ。
「そういうことか。そりゃ、慎重になるな」
「そういうことっす」
ダラダラ歩いているうちに店に着いたようで、先輩がこっちこっちと手招きした。
え、店どこだ。入口が分からない。きょろきょろしてたら先輩の声がした。
「そこの灯り、見える?」
指さした先に、立派な格子戸が。
その戸口に灯りがあり、「灰かぶり」と毛筆の文字が読める。
「料亭みたいっすね」
「ああ、こっちはな。オレたちが行くのはその上」
と玄関口の上を指す。
先輩の言う会員制のお店は、この料亭の二階にあった。
入口でチェックされる事もなく、普通に入店。
何だか拍子抜けだ。
「いらっしゃいませ。久しぶりね、平川ちゃん。こちらは?」
着物を着た年配の女性が出迎えてくれた。
ふくよかな体形で和装がよく似合う、きれいな人だ。
「ご無沙汰、ママ。あ、紹介するよ、今オレの下で働いてもらってる日向亘だ。まだ院生だが優秀だぞ」
紹介され、ママが僕の顔をじっと見つめた。
「日向亘さん、いらっしゃいませ。クラブシンデレラのママの絹子です」
何だか前にも会ったような気がする。名刺をもらうが、名前に覚えはない。
誰だっけ。
僕も出そうと背中に回していたバッグを外そうとしたら、やんわり止められた。
「お名刺は後ほど頂くから、慌てなくても大丈夫ですよ」
にこやかにそう言うと、ママはカウンターに向かって声をかけた。
「お二人様」
直ぐお席用意しますからお待ちくださいね、と僕らにカウンターの椅子を勧める。
カウンターにはおしぼりを持った女の子と、所謂黒服と呼ばれるボウタイにベストを着た若い男が立っていた。
「え?」
「あれ?」
僕と立っていた黒服が、ほぼ同時に声を上げる。
「わーちゃんじゃん!!」
「樹?」
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