落花情あれども流水意なしⅥ The love is one-side.
茶漬けとレモンサワーを待つ間、話題は一巡して紀和さんに戻ってきてしまった。
「『私と寝てる間はあんたは私の男』。カッケーよなぁ、その彼女」
髪の毛引っ張られたんですよ、あれ。けっこう、痛かったんですから。
「それより、僕がホスト向きって何ですかそれ。先輩じゃあるまいし」
「あはは、それよく言われる。ホストに失礼か」
そこで、追加の茶漬けとサワーが届く。
先輩はジョッキを一息で半分空け、また例の人懐っこい笑顔を向けてきた。
「合鍵もらってたんだって。鍵は?」
「昨日戻しに行ったら、本当に引っ越してましたよ」
「ぶはっ」
今度は先輩が飲みかけたサワーでむせたみたいだ。
ザマーミロだ。
でも、笑いますよね。僕だって笑いましたから。
「あー、笑った。最高だわ、その彼女」
まだ笑いをこらえてるのか、肩が震えている。
お絞りで口を拭い、残りのジョッキを半笑いで飲み干した。
それから、店員に向かい指でバッテンをする。
「で、どこに泣く要素があったんだ?」
「女にフラれたくらいで泣きませんって」
言えるわけがない。思い出したのは、別の顔だなんて。
「拾ったペットが懐かなくて捨てられたんですよ」
先輩は泣き真似をして、また笑った。
そのうち年相応に腹が出て、女の子に相手されなくなればいい。
「でもなぁ、あんな顔で泣くほど惚れてる相手には勝てんわな」
「やめてくださいよ」
「違うのか」
「……違いませんけど」
やば、口が滑った。
「ずっと片思いしてるだけですよ」
「おやまぁ」
「ずっとって、いつからだ?」
先輩がふと眉を寄せて、優しい顔をする。
「さっきの質問……実は幼馴染なんですよ」
酒のせいで、妙に正直になっている自分に驚くよ。
「初恋か、もしかして」
「……」
ここまで引きずるとは、自分でも思ってなかったけどな。
「初めて会ったのは十歳の時。神社の鳥居の前でした。あの日、天気が良くて……」
「それで似た子ばっか追っかけて、とっかえひっかえ」
「してませんって! ……まあ、似てる子を目で追っちゃうことはあったかもですが」
「食事でも誘えばいいじゃん。ひどい振られ方したわけでもないんだろうに」
なんで同じこと言うんですか。
「伝えてもないんです。無理なんですよ、言ったら壊れるのが怖くて」
先輩は一瞬だけ驚いた顔をして、すまんと謝られた。