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転生者は見ていた

 「今日の天気は晴れのち恋」というゲームを知っているだろうか?

 自分がヒロインとなって、様々な魅力的なヒーロー達と恋をするという女性向けの恋愛シミュレーションゲームだ。

 秀逸なストーリー、魅力溢れるキャラクター達、声優の熱演も素晴らしいものがあった。もちろん音楽も一級品。サウンドトラックは発売当日に手に入れた。

 絵、ストーリー、音楽、全てが奇跡的な完成度を誇ったゲームの歴史に残る珠玉の逸品。それが、今日の天気は晴れのち恋――通称晴れ恋である。

 晴れ恋の世界はゲームだけに留まらない。アニメ化、コミック化などのメディア展開はもちろんのこと、舞台化までされたのだ。

 もちろん全部見に行った。アニメもコミックもとても素敵だった。舞台についても文句はない。役者の演技は素晴らしかった。晴れ恋の世界を見事に表現してくれた。

 何故こんなことを熱っぽく語っているのか?

 それは、あたしがそのゲームの大ファンだからに他ならない。

 

 ◆

 

 もしも、自分が物語の登場人物だったら、という想像は昔からされていただろう。もしくは、自分が考えたキャラクターが登場人物だったら、というものでもいい。

 商業作品にオリジナルの登場人物を追加した二次創作というのは、その典型例であるとあたしは考える。

 有名なものでは、アーサー王物語に登場するランスロットもそうではなかっただろうか? ランスロットは、アーサー王物語に後から追加された人物だと聞いたことがある。

 このように、昔から二次創作というのは盛んに行われてきた。傑作もあれば凡作もある。でも、星の数ほど様々な二次創作が作られてきたというのは確かだ。

 そんな二次創作の作者でも、現実の自分自身がその世界に行くなんてのは思いもしないだろう。異世界に行く方法は証明されていない。そんなものは都市伝説であることがほとんどだ。

 だから、異世界の存在は信じても、そこに行けるなんて思う人はいないだろう。当然あたしも、そんな経験をするとは思っていなかった。

 そう、思っていた。

「君も運が無いね、世界の乱れに巻き込まれるなんて」

 コンビニからの帰り道、気がつけばあたしは彼にそう話しかけられていた。

「次元が乱れることで、世界にも乱れが生じる。本来それは一瞬で修復されるけれど、君は生じてしまった世界の乱れに巻き込まれた」

 世界の乱れ? 何を言っているのだろう?

「世界の乱れを言葉にするのは難しいけれど……そうだね、人間みたいな弱い存在が巻き込まれれば、肉体、魂、精神、存在、君を構成する要素が全てバラバラに引き裂かれて、一瞬で影も形もなくなってしまう」

 なら、ここにいるあたしは何?

「それに巻き込まれた君は運がない。でも、悪運はあったかもしれない。君が引き裂かれたタイミングで、僕は君の魂だけを回収することができた。本当だったら君は誰にも見つからずに消えていた。死体も残らない。魂も消えるから転生することもできない。一巻の終わりというやつだね」

 不思議とショックは受けなかった。あたしは死んだという扱いになるだろう。家族や友人にも申し訳ないと思う。でも、あまりにも非現実的なことに巻き込まれたせいで、逆に頭が冷静になっているのだろう。だから、こんなにも落ち着いて話を聞くことが出来ている。

「君の構成する情報は既に失われている。残念ながら僕は全知全能の神じゃないから、君の魂以外の全てを再生するなんて芸当は出来ない。どうしようか?」

 そんなこと言われても……じゃあ、あなたには何ができるの?

「そうだね。僕にできるのは世界を観測することだけ。でも、観測できる情報には輪廻転生の流れも含まれるから、そこに君の魂を入れることは出来る」

 つまり、転生させることが出来るっていうこと? じゃあ、それでお願いします。

 そう頼んだあたしの願いをその人は快く受け入れて、あたしを転生させてくれた。

 そうして転生した先は、よくある異世界ファンタジーのような世界だった。その世界の貴族の令嬢として、あたしは生まれた。エイフィーラ・イル・クリストールと言う名前の、吹けば飛ぶような弱小貴族の娘である。

 剣と魔法が戦いを支配する世界だ。そして、魔王が現実的な脅威として存在していて、この世界を支配しようと征服を進めている。

 こんな世界であたしに一体何が出来るのだろうか。特別な力を持たないあたしは、魔王の脅威を知ってガクガクと震えることしか出来なかった。

 でも、そんなあたしを励ましてくれたのが、あたしの大切な友達だった。

「大丈夫だよ。きっと勇者様が倒してくれるから」

 笑いながらそう言ってくれた友達の名前は、アリス・イル・ワンド。笑顔のよく似合う、心優しい少女だった。

 そして、その名前を聞いてわからないあたしではない。彼女は晴れ恋のヒロインだ。あたしは、ヒロインの友達になったんだ。

 喜びもしたけれど、それ以上に……恥ずかしながら安堵した。アリスは魔法学園に入学するまでは生きている。そして、学園で恋の物語を展開する。

 多分十年以上先のことだけど、アリスがその時まで生きているのは確実なのだ。だから、アリスのそばにいれば、多分死ぬことはないだろう。

 友達を利用しているようで嫌だけど、あたしも死ぬのは嫌なのだ。アリスと協力して、あたしは絶対に生き延びてやる。

 と、そう意気込んだはいいものの、特に魔王や魔物が攻めてくることもなく、のんびり過ごすこと約十年。学園入学前にはいつの間にか魔王は討伐されていた。

 神剣の勇者様が討伐したらしいけれど、一体その人は誰なのだろうか。あたしが知っている人だったら、是非ともお礼を言いたい。

 でも、それよりも前に解決しなければならない問題がある。学園では、あの晴れ恋最悪の嫌われ者が待ち受けているのだ。

 イーリス・エル・カッツェ。ファンのほとんどが彼女を嫌っているように、あたしも大嫌いなキャラクターだった。

 理由は簡単。物語の悪役としてアリスを苛烈にいじめて、学園を追放しようとするから。他のカイル様以外のルートでもライバルとなるキャラクターはいるけれど、イーリスはライバルではない。敵だ。ただひたすらアリス憎しで攻撃してくるだけだ。

 だからあたしはイーリスを許せない。アリスのいじめなんてさせてやるもんか。アリスは絶対にあたしが守る。たとえ、この身に変えても絶対に……。

 ちなみに、あたしは断然カイアリ派。ヒロインはやっぱりメインヒーローであるカイル様と結ばれるべきだと思うから。あの二人が並ぶ姿をあたしはすごく見てみたい。

 あたしがアリスを守るんだ。強い決意を胸に秘めて、あたしは明日の入学式に遅れないように早めに寝ることにした。

 

 ◆

 

 王都の魔法学園は、この国で最大の学園だ。貴族平民問わず門戸は開かれていて、実力さえ示せば誰でも入学することが出来る。

 学費は平民でも払えるほど安いのに、卒業すれば箔がつく。何が何でも入学したいと思う人も多いことだろう。

 だから学園は人気が高い。人気が高いから、競争も激しい。そのため、合格発表日はすごくドキドキしていたのを覚えている。幸いにも合格することが出来たけれど、合格発表日まではまともに眠ることも出来なかった。

 ちなみに、学園は試験の成績を張り出す方針らしく、一位から最下位まで全員の成績が貼り出される。入学試験の成績も貼り出されたけれど、あたしは真ん中辺りだった。アリスもだいたい同じくらい。忌むべきイーリスの成績は、何とトップである。ゲームでは優秀だった記憶はないけれど、実はかなり出来る人だったのだろうか。

 それと、イーリスの下には王子であるカイル様の名前があった。イーリスとの成績は数点差。王子だけあって、すごく優秀みたいだ。

 まあ、成績を気にしても仕方ない。とにかく今は、何とかアリスを守らなければならない。誓いを思い出して、あたしは再度気合を入れ直した。

「アリス! あたしが絶対に守るからね!」

「え? えっと、ありがとう?」

 アリスはよくわかっていないみたいだけど、わからなくてもいい。イーリスの魔の手から、必ずあたしが守り抜く。そして、必ずカイル様とくっつけてみせる!

 決意を新たにして、気合の炎に燃えるあたし。そんなあたしの耳に、とある生徒達の声が聞こえてきた。

「そう言えば、今年は魔王を倒した勇者が入学するらしい」

「神剣に選ばれた最強の勇者!」

「英雄じゃないか!」

 魔王を倒した勇者。その言葉はあたしの心を直撃した。物語のヒーローとは別の、この世界に存在するヒーロー。この世界が現実だとあたしに突きつけた存在の一人。

 あたしは魔王が怖くて震えることしか出来なかったけれど、勇者様は臆病なあたしと違って魔王を倒すという偉業を達成したんだ。

 思えば、勇者様が魔王を倒したから、あたしもアリスを守るという勇気をもらえた気がする。勇者とは、勇気ある者のこと。勇者様は、その勇気をあたしに分けてくれたんだ。

 だから、勇者様が誰なのか、あたしはすごく気になった。でも、勇者様の正体を知っているのは王族とか、ごく一部の貴族だけ。あたしみたいな吹けば飛ぶような弱小貴族はそもそも勇者様を知らないことさえあるのだ。

 だから、縁のないことだと諦めようとしたところで――その声は聞こえてきた。

「覇王勇者様かい? それならあいつのことだよ」

 瞬間的に振り向いたあたしはおかしくないと思う。世界の英雄にして、あたしの背中を押してくれた人。一体誰なのか気になるのは当然だろう。

 そうして振り向いた先にいたのは、二人の男女だった。

 一人は忌々しいイーリス・エル・カッツェ。あの女の顔を見ているだけで、吐き気がしてきそう。視界に入れないようにして、あたしはもう一人の方を確認して、思わず絶句した。

「……カイル様?」

 そこにいたのは、メインヒーローであるカイル・エル・バハームドその人だった。

 まさかカイル様が勇者? あの穏やかな優しい王子様が?

 でも、違和感はない。覇王、と呼ばれた意味はよくわからないけれど、カイル様は王族の一人だ。覇王というイメージは湧かないけれど、そう呼ばれてもおかしくない気がする。

 それに、カイル様は聡明なお方だ。あたし達が気づかない内に魔王討伐を果たしていてもおかしくない。

 でも、アリスの見ていた人は少し違うみたいだった。

「イーリス様……」

 ねえ、どうしてアリスはイーリスのことを見ているの? あれ、ちょっと熱っぽい? 瞳潤んでない? ……あれー?

 

 ◆

 

 魔法学園に入学してからしばらくは、平穏に過ごすことが出来ていた。

 イーリスはあたし達に話しかけることはなく、あたし達もイーリスと関わることがなかった。アリスが熱っぽい視線をイーリスに度々送っていたのが気になっていたけれど、努めてあたしは気にしないようにした。

 気にしないように、したかった。

 でも、そんな平穏も長くは続かなかった。

 イーリスが、アリスに話しかけていたのだ。

 あたしがそれを目撃したのは偶然だ。廊下を歩いていると、偶然空き教室でイーリスとアリスが話しているのを見つけたのだ。

「あまり調子に乗らないでくださいませんか? ワタクシにも見過ごすことの出来る限度というものがありますわ」

「いえ、滅相もありません! イーリス様の不快になることなど何もしておりません!」

 これは……まだ警告? イーリスがいじめているわけではないように見えるけど……。

 でも、少し気になることがある。イーリスは、ゲームではいつも取り巻きを連れていたはずだ。それなのに、イーリスは一人でアリスと話している。

 アリスなんて怖くないということ? それとも、取り巻きを連れていると目立つから一人でアリスと話している?

 それも違うような気がする。何回か見かけた限り、イーリスはいつも一人で行動していた。取り巻きを連れているところを見かけても良さそうなものだけど、そんな気配はまるで無かった。

 そんなことを考えている内に、イーリスがあたしの方へと歩いてきた。ここは隠れ……いや、間に合わない。

 だったら、せめて弱いところを見せないように!

 教室から出てきたイーリスをあたしは強く睨んだ。そして、大きな声で宣言した。まるで、あたしの震えを隠すように。

「……あんたの好きにはさせないから!」

「あら、ワタクシはあなたの気に障ることをしてしまったかしら? そんなことを言うのなら、入ってくれば良かったのに、ねぇ? ずっと見ていたのはわかっていますわ」

 クスクスと笑うイーリスに、あたしは歯ぎしりすることしか出来なかった。言われるまでもなく、そうなのだ。アリスを守るつもりだったら、あたしは教室の中に飛び込まなきゃならなかった。

 勇者様に勇気をもらったというのに、なんてあたしは意気地がないんだ。あたしは、あたし自身が情けなくて仕方がない。

「アリスさんはいいお友達を持っていますわね。ねえ、エイフィーラ・イル・クリストールさん?」

「家族は関係ない!」

「ええ、存じていますわ。これは、あなたの個人的な行動」

 再び笑うイーリスが、あたしにはとても不気味なものに見えた。

 名前を呼ばれた瞬間、ゾクリと、背筋が凍るような気持ちになったのだ。そう叫んだのも、ほとんど反射的なものだった。

 あたしは、イーリスと話したことはないはずだ。クラスが一緒だから、名前を覚えられた? いや、でもゲームのイーリスはクラスメイトの名前もまともに覚えていなかったはず。

 少し落ち着いて困惑してきたあたしに、イーリスは更に続けてきた。

「何故、と言う顔をしていますが、当然ではなくて? 国内の全貴族と、各国の主要人物の名前と顔は全て暗記していますわ」

 あたしは、絶句するしかなかった。……国内の全貴族? 国内にどれだけの数の貴族がいると思っているの? それに、その家族だけでどれだけの人数がいると?

 いや、とても信じられない。イーリスは全て自分が中心でなければ気が済まない最悪な性格をした女のはず。あたしの名前も、きっと偶然覚えていたに違いない。きっとそうに違いないんだ。

 だって、もしも全ての貴族の名前を覚えているとしたら……それはどれだけの努力が必要なの? イーリスが努力をした? そんなまさか。あり得ない。イーリスみたいな最悪な女が、そんな殊勝なことをするわけがない。

 だって、だって、そうでなければ……。

 あたしはここで思考を打ち切った。

 この世界はゲームの世界なのだ。アリスはきっとカイル様と結ばれて、イーリスは婚約破棄をして学園を出ていくのだ。あたしは知っている。未来を知っている。だから、あたしがアリスを守るんだ。

「かわいそうですわね。何を知っているか皆目見当がつきませんが、それだけに縋り続けるのは愚かなこと。少なくとも、ワタクシにもそれはわかりますわ」

「あたしが愚かですって!? ふざけるな!」

 しかし、イーリスはあたしの知識を否定した。あたしだけが持っている、未来の知識を否定した。

 イーリスはあたしが何を持っているか知らないだろう。だから、明確にあたしの知識を否定したわけじゃない。でも、あたしには、イーリスがあたしの全てを否定したように思えた。

 あたしが愚か? 違う、あたしは愚かなんかじゃない。あたしは未来を正しい方向に導こうとしているだけなんだ。あたしは正しいことをしているんだ。

 激昂したあたしがイーリスに何を話したのかは、覚えていない。でも、それすらもイーリスには愚かな行為に見えたらしい。

 雨に濡れた子犬を見るような、そんな悲しいものを見る目でイーリスはあたしを見ていた。

 違う、違う、違う。あたしはかわいそうじゃない。あたしは悲しくなんかない。

 あたしは……。あたしは……。

 結局、イーリスはそれ以上何も言わずに去っていった。イーリスは、最後まであたしのことを認めることはなかったのだ。

 

 ◆

 

 それからどれだけの月日が経っただろう。何回かイーリスとアリスは話していたみたいだけど、見つける度にあたしはその間に割って入った。

 そもそもあれからあたしはアリスといつも一緒にいたから、イーリスと接触する機会もそんなになかったと思う。

 でも、あたしがいつも監視するなんて難しくて、たとえば授業であたしとアリスが分かれたり、例えばお互いの寮の部屋に帰っていくときなどは、あたしはアリスと一緒にいることが出来なかった。

 アリスを一人にしてしまう時間。それが存在することが、あたしは気にかかっていた。

 アリスを守ると誓ったのに、本当にあたしはアリスを守れているんだろうか。その気持ちは、日を追う毎に大きくなる。あたしの心配は膨れ上がる。

 その心配は、正しかった。

 あたしは……ついに見てしまったのだ。

「あら、ごめんなさい。暑そうだったのでつい水の魔法を」

「大丈夫です! 涼しくなりました! むしろイーリス様に出会えて心が熱くなってきました!」

 イーリスが、アリスに水の魔法をぶつけているところを。

 そう、これは間違いない。

 あの女のいじめが始まった!

 かわいそうなアリス。頭から水を被って、服もあんなに濡れて……濡れて……あれ、乾いてきてる? あれ、蒸気? あれ?

「何してるの! アリスをいじめないで!」

 いや、これはいじめに間違いない! あたしは証拠を掴むべく飛び出した!

「いじめとは随分な言い草ですわね。証拠でもあるんですの?」

「証拠って……アリスがこんなに濡れて! ……濡れて……ない?」

「エイフィー、前から言ってるけど、私は大丈夫だから。気にしないでいいよ」

 なんてことだ、アリスは全く濡れていない! 完全に乾いている!

 っていうかどういうこと!? ほんの数秒で乾いたの!? もしかしてイーリスが? でも、それだと水で濡らした意味がない……。

 写真に残していたわけでもないし、今の状況では証拠はない。あたしという証人はいるけれど、あたし一人だけでは証言も弱いだろう。

 どうしてか知らないけれど、アリスも気にしていないみたいだ。アリスが証言してくれれば助かるんだけれど、そもそも本人は気にしてないの一点張りだ。

 でも、あたしにはわかる。アリスはイーリスに脅されているんだ。だから、いじめについて何も言えないんだ。きっとそうだ。

「待ってて、アリス。あたしがきっと助けるから!」

 そのためには、もっともっと証言が必要だ。あたしは色々な人達から証言を集めるために、その場から駆け去った。

 だから、あたしは気がつかなかった。あたしが去った後に、イーリスとアリスが話していたことを。

「いいお友達ですわね」

「思い込みが激しいんです……」

「それでも大事なお友達なんでしょう?」

「はい、自慢の親友です!」


 残念ながら、イーリスがいじめていた証拠や証言を掴むことは出来なかった。ほとんどの人が、アリスが望んで受けていると言っていたことがあたしには信じられない。

 でも、時間はいつもどおり流れるわけで、イーリスも同じように毎日を過ごしている。

 そう、あの女のいじめは続いている!

「ちょうどいいサンドバッグがありますわ。オラオラオラオラオラ!」

「ひでぶ!」

「無駄無駄無駄無駄無駄!」

「たわば!」

 イーリスの攻撃でアリスが上空高く吹き飛んだ。これがあの女のいじめ……いじ……え? 殺そうとしてる?

 アリスが天高く舞って……頭から落ちた! あ、でも元気にイーリスに走り寄ってる。え、なんで無事なの?

 

 イーリスのいじめは続く。

 

「オーッホッホッホっホ! オーッホッホッホっホ!」

「イーリス様! 罵ってください!」

「この豚野郎!」

「ありがとうございます!」

 ……いじめ? え? 悦んでる?

 

 そして、邪神が出現した時も。

 

「邪神はこの世界に不要ですわ! 魂から粉々に砕いてさしあげます!」

「イーリス様の愛を逃すわけにはいかなありがとうございますううううぅぅぅぅ!」

「アリス、なんで飛び込んだのおおおおぉぉぉぉ!?」

 アリスが巻き込まれた! っていうか巻き込まれに行った!

 アリスウウウウゥゥゥゥ! 今の完全に死んだ! 絶対に死んだ! ……ええ!? 生きてるの!? 嘘ぉ!?

 

 ここまで突飛な行動を繰り返されれば、いくらあたしがアホでもわかる。

 あたしが敵だと思っていたイーリスは実は勇者で、アリスはイーリスにぞっこんなのだ。思えばイーリスが勇者だと理解出来たはずの場面はいくらでもあったけど、あたしはイーリスを怨敵だとばかり思っていた。だから視界が狭くなっていて、気付くことができなかった。

 本当、どうしてこうなったんだろう? 気がついたら、アリスは遠くに行ってしまった。あたしの理解の及ばない領域に、アリスは到達してしまった。

 イーリスへの愛に目覚めたアリスは、愛の力でイーリスのいる領域まで強くなってしまった。

 一体どうしてこうなったのか、あたしには全然わからない。そもそも神剣アラストールなんてもの、ゲームには出てこなかった。

 あたしはアリスを守るつもりだった。でも、実際には勇者であるイーリスに守られている。邪神に突き進もうとするアリスを止めるために必死になってたところを狙われて、イーリスに庇われた。

 イーリスは世界の悪を倒し続けて、アリスはそんなイーリスに喜々としてついていって、イーリスに吹き飛ばされる。

 もう二人はあたしの手の届く場所にいない。弱いあたしは、あの二人についていく資格なんてなかった。

 アリス、あたしにはあなたを止めるのは無理でした。あなたは暴走機関車の如く突き進んで、あたしなんかとっくの昔に置き去りにしていきました。

 あたしはもうついていけません。頑張ってついていこうと思ったけれど、とてもついていけません。

 アリス、あたしはもう諦めました。あなたの愛がイーリスさんに届くことを、陰ながら願っています。

 ……誰だこんな世界創ったの! 覇王勇者なんて知らないよ! 責任者出てこい!

(我じゃよ)

 誰!?

「エイフィー! 今日はイーリス様がね!」

「はいはい、聞いてあげるから落ち着いてよ」

 まあ、アリスが幸せなら、いいのかな?

 あたしは全てを諦めたように、ため息をついた。

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