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027 教材提供

マスター・ララが離れに越してきてから数日経ったある日、エールトヘンが書類を片手にマスター・ララの所へ行くと言うからローレンシアはついていくことにした。

エールトヘンは何度か訪ねた事があるそうだがローレンシアは一度もなくどのような場所なのかという好奇心を抑えきれなくなっていた。

エールトヘン、あるいはキャメロンとしては安全の為に大人しくしていて欲しいのだが、ここで断ればいつ飛び出すか分からないお嬢様の手綱を握るため、渋々受け入れることになった。

ローラが押す乳母車に乗せられたローレンシア。


飛ぼうと思ったが止められた、というのが真相だ。


エールトヘン曰く、普段から能力を使わずに振舞いなさい、との事だ。

そうやって能力に頼らず隠す訓練をしていないと些細な行動から能力が他者に知られてしまうのだそうだ。

そして、「そうやって普通の日常を知ることでマナーや価値観を養うのです。お嬢様はいささか特殊すぎるのでしっかり基準を知っていただかないと」などと言う。


「そう、しっかり擬態していないと民衆は自分たちと違う存在には容赦ないから」


などと怖い事をローラが呟く。

ローラの一言に何かを感じたがあえて踏み込まずにローレンシアは目線だけをローラに向けて大人しく従う事にした。


ローレンシア達は、横を通り過ぎる時に手を止め会釈をするメイド達とすれ違いながらマスター・ララの住む離れへと到着した。

ローレンシアも離れの外観は以前に見ているので特に思う事もない。しかしだ。

既にいくつか違う点がある。


ドアノブがないのだ。

以前に散歩がてらここまで来た時は確かにドアノブがあった。

もっとも、幽霊の状態だったので気にせず通過したのだが。

だからローレンシアはこうも思う。いや待て、初めからなかったかな、とも。

その疑問からついエールトヘンへと聞いてしまう。


「なあ、エールトヘン。ここは確かドアノブがあったじゃろ?」


「お嬢様。こんな所までお遊びに来られた事があるのですか・・・。後で少し話し合いましょう」


思わぬ所で藪蛇してしまったローレンシアは話を逸らす。


「と、とりあえずこのドアじゃ。ローラ、どうなっておる?」


「簡単です。こうやって手をかざすだけ」


そういいながらローラは右手の平を扉に向けて突き出した。

するとドアがスライドして開いた。


「たった数日で改築ですか。思ったより内部が心配ですね・・・」


眉を顰めながら顎に手をあて考え込むエールトヘンをよそにローラは別段何事もなかったように振りむき礼をする。


「では皆さま、マスター・ララの居室へと案内いたします」



ローラを先頭に、キャメロン、ローレンシア、そして乳母車を押すエールトヘンの順で進む。

ローレンシアにはエールトヘンが心配した程に何かが変わったとは思えなかった。

かといって、内部をそれほど知っているはずもないのだが。


壁も新しく作り変えられ、絨毯も新品、扉も新調されているようで外部の装い以外は新居のようにも見える。キャメロンはそんな事には関心がないようだがエールトヘンは唸りながら顎をさすり何か考えているようだ。

ローレンシアにとって何が違うか分かるかと言えば壺などの調度品がないのだ。

故に与えるプレッシャーが半端ない。

ただ無機質に遊び心を加える気もない館。それがマスター・ララを表していそうでわずかに緊張してしまうローレンシア。


通路の正面にある扉が居間へと続き、通路の左右に配置された扉も閉まったままだ。

そして扉にたどり着く。


ローレンシアの緊張など気にせずローラは扉をノックし、返事も待たずに扉を開ける。

その不作法にはローレンシア達も少し驚いたがマスター・ララとローラの関係が少しわかる気もした。


扉を開けたローラに入室を促され居間の入るとそこは既に居間とは呼べず、執務室という雰囲気を醸し出していた。いや、或いは研究室か。

中央には大きな机。積み上げられた本や書類。質素な革張りのソファが壁際にあり、絵画や芸術品の類はなかった。

代わりに杖やよくわからない人形、何に使うかも分からない物品など色々なものが無造作に部屋に散乱しており、研究者らしいというべきか整理には無頓着のようだった。


ローレンシア達が来た事は知っているにもかかわらず顔を上げることもなくペンを走らせるマスター・ララを横目にエールトヘンは乳母車をソファの前へと進ませ、机と対面させる。キャメロンは乳母車の横に立ち、エールトヘンも同様にキャメロンの反対側へと立つ。ローラが扉を閉めた後に机の横まで移動してマスター・ララへと訪客を伝える。


「マスター・ララ、エールトヘン様がお見えです」


「分かっている。しばし待て」


その一言だけの返答の後、しばらく静かな時間が流れた。

ようやく一区切りついたのかマスター・ララがようやく顔を上げる。


「待たせてしまって済まない。それで要件はなんでしょう、エールトヘン」


その発言を待っていたエールトヘンが話し出す。


「いや何。購入物品のリストや搬入物品のリストを貰ったのだが少々聞きたい事がある」


ローレンシアはどこか疲れた感じを漂わせるエールトヘンを眺めつつ正面で不思議そうな表情のマスター・ララに視線を移す。するとマスター・ララはその表情から察することが出来る通りに言葉を発した。


「何か問題でも?」


「大有りだ。まず数が多すぎる。お嬢様の部屋から溢れる程必要ない」


そう言いながらエールトヘンは眉間をつまむ。その一言を聞いたマスター・ララは異論を口にする。


「教育係であるエールトヘンにしては消極的だね。お嬢様の教育に必要なものだけ(・・・・・・・・)を選んだつもりですが。スペースがないなら増築すればよいでしょう。もしくは別の部屋に保管すればよいだけです」


「際限なく増えると困るので先に釘を刺しに来た。もちろん保管する部屋は用意する。だが物には限界がある。最初からこれでは先が思いやられる」


「しかしだ、エールトヘン。それではお嬢様のご期待に沿いかねる。まずはお嬢様が満足するまで揃えてみてそれから調整しよう。不要になれば処分すればよいだけの事だ。言っておきますが集めるのだって苦労したのですよ?」


そう。エールトヘンもその苦労が分かるから頭を抱えているのである。集める苦労をしたものは同時に処分する時にも苦労があるのだ。しかも骨とう品とも呼べそうな、そして普通の芸術品とは違う品物などは特にそうだ。

南方に生息する鱗狼(スケイルウルフ)が見たいと言ったから剥製を取り寄せるマスター・ララのその情報網には素直に賛辞を述べたいが、その後それをどうしろと?となる。

もう少し良い方法はないものかと考えてくれるのを期待していたエールトヘンにとって頭の痛い問題になっている。


「それは重々承知。それでもいきなりこの量は対応が難しい。今度からもう少し調整してくれ」


「分かりました。問題はそれだけでしょうか?」


悪びれた様子もなくマスター・ララは確認をする。そしてエールトヘンはまだ続きがあるようで一息ついて話し出す。


「よく知らない物品名称がリストに挙がっている。これは何なのか教えてもらいたい」


「それはお嬢様が興味を示すだろうものをこちらで用意しました。教育にお使いください」


「名称から物品が思いつかないものがあるが大丈夫なのか」


「ええ。厳選しましたのでお嬢様に害を成すものは含まれていません」


「その言葉をとりあえずは信じよう。そして、だ」


そこで言葉を一旦切るエールトヘン。そして少し不機嫌になりながら言葉を続ける。


「リストの提出を頼んだが、リストの提出と同時に物品が届くというのは止めてもらいたい。なぜ私が搬入業者からリストを受け取りサインをする事になっているのだね」


その言葉にマスター・ララはニヤリと笑い言い返す。


「リストはちゃんと提出しましたよ?それに教育は早いほうが良い」


そう、エールトヘンはここに来る少し前、いきなり送り付けられた大量の荷物の受け取りをしてしばし佇んでしまっていた。そして今ここで話している間に一部はローレンシアの部屋へと運び込まれている最中である。


マスター・ララの笑みに顔を顰めながらもエールトヘンは答える。


「それでは確認も出来ない。分かっていてやっているのだろうが次からはそういった悪戯は止めてもらいたい。サプライズはお嬢様だけで充分だ」


思わぬ所で話を向けられたローレンシアは不満に思うも話に参加する。


「なあ?マスター・ララ。それで何を取り寄せたのじゃ?」


「お嬢様が見たいと言っていた物と、それに関連してお嬢様が興味を示した物からお嬢様が興味を示すと思われる物を推測して集めた物です。楽しみにしていてください」


「かなり気になるのじゃが?例えば?」


「風魔石を動力に浮く模型、動力で動く機械仕掛けの馬の玩具、などですね」


この世界ならではの物やありきたりのように思える物を例に出すマスター・ララの答えにローレンシアは納得し、エールトヘンもほっとした様子だ。

エールトヘン達が納得したのを見たマスター・ララは話は終わりだと告げ、書類へと目を向ける。


ローレンシア達も聞くべき事は聞けたので退室して部屋へと帰った。




のだが。




「おい、どうなっておる?マスター・ララ!?おかしいとは思わんかったのか!?」


数日後にマスター・ララの部屋を訪れたローレンシア一行。

ローレンシアの問い詰める声にマスター・ララは渋い顔をしてから答える。


「何の事でしょうか。もっと明確にお願いします。学者というのは論理的な話し方を好むのですよ」


「お、おま!?あれを一体どうしろと!?」


マスター・ララと話をした後、ローレンシア達は届けられた荷物を部屋の隅、もしくはエールトヘンの部屋に置き、訓練の合間に一つずつ開けていこうという事になった。もちろん置物類はそのまま既に配置しているものもある。だが梱包されたものは中身を見る楽しみがある。

最初は良かった。一日一個のプレゼント感覚だった。


最初に選んだのは初めに聞いた動力で浮く模型。

円盤型の物体はUFOかとツッコミを入れたかったが抵抗を少なくするには都合の良い形のようで、その外観に落ち着いているらしい。もう少し飛行船のようなものだと思っていたがこれはこれで良しとした。ちなみに掃除はしてくれない。


次に選んだのは歌って踊りだす人形。簡単な会話のやり取りでいくつかの曲を選べるようで楽しめた。

南国の食べ物の模型や異国で有名な物語の本などもあった。


そうここまでは良かった。


今日はどれにしようかとローレンシアが悩んでいる時にふと気づいた。

その梱包物には「模型」とだけ書かれていた。

しかしサイズが大きい。高さで2[m]程度になり、そんな模型なら他の、たとえばスケイルウルフの剥製のように直に運び込まれてもおかしくないように思えた。

スケイルウルフの剥製は透明なケースに入れられてきた。まあ送り方が違うだけかと思いながらたいして気にもせずに今日はこれにしようと思い皆で開けてみた。


梱包を解いて出てきたもの。

それは両手を上に上げ肘を曲げ力こぶを作る姿、いわゆるフロントダブルバイセップスをした人体模型であった。なぜか履いているブーメランパンツが目に沁みる。

あまりの異様さに包みを解いたエールトヘンは思わず元に戻そうとしたが『これも使い方か』と考え直し、ひとしきり人体構造を説明した後に部屋の隅へと飾ったのだった。

しかしである。


次の日の朝、ローレンシアが目を覚ましてみると異変が起きていた。

ローレンシアが昨日のアレはきつかったな、と考えて目を向けた先にあったのは、膝を少し落とし、腰を捻りながら後ろ手にくねくねしているようなポーズ、見返り美人とも言えなくもないポーズ、そう、サイドトライセップスにポーズを変えた人体模型がローレンシアの方を向いていたのである。

覚えている限りでは壁に正面を向けて置いた人体模型の浮かべた満面の笑みと目があった気がしたローレンシアは一瞬冷や汗が出た。

朝から軽くホラーである。



思わず泣いてエールトヘンを叩き起こし事情を説明して今の状況になる。



「ああ、あの模型ですか。スケッチに便利ですよ。筋肉の動きがよくわかるので。ほら、皮膚がないところが直に露出しているでしょう?後、してほしいポージングのリクエストが可能です」


「そう言う事は先にいって欲しかった!何もしないんじゃろな!?」


「もちろん。お嬢様に害を成すものなど受け入れませんよ。あれは忠実にリクエスト通りのポーズを取る模型です。後、日替わり機能がついている親切設計です」


「それが余計じゃろ!毎日少しずつ近寄っては来ないじゃろな?」


「そういった機能はありません。ちゃんと躾けてます」


「躾けると言ったな!実は自由に動けるんじゃないのか!?」


「いえ。その辺りは徹底しております。お嬢様にポージングをしているだけで満足するようになってます」


「何か色々と言いたい事はあるが、本当に害はないのじゃろな?」


「勿論です。自信をもってお答えできます」


「と、とりあえずは信用するがあまり変なのは止めてほしい」


「分かりました。あまり変なのは止めておきます」


そこにエールトヘンが割り込む。


「何か特別な事があれば先に伝えて欲しい」


「わかりました」


マスター・ララは頷き答える。

その返答に多少の不安を感じながらもエールトヘンは特に追求はしなかった。




だからそれは当然の帰結と言えた。




「マスター・ララ!あれはなんの嫌がらせじゃ!」


「何の事でしょうか。もっと明確にお願いします。学者というのは論理的な話し方を好むのですよ」


「前回と同じじゃな!ならこちらも同じじゃ!マスター・ララ!あれを一体どうしろと!?」


「ですからあれではわかりかねます。お嬢様、話し方はともかくもう少し要点をしっかりと」


「う、うむ・・・。では聞く。なぜ私そっくりの等身大の人形を作った?」


「ああ、ジーンが人形を作っている理由を聞きましたので。ええ。なんでもお嬢様は自分そっくりの人形が欲しかったそうではないですか。ならあれはそれにふさわしい物だと言えるでしょう。お気に召しませんでしたか?」


「お気に召したか召さないかなら十分お気に召した!じゃがの?誰があそこまでそっくりの人形を作ってくれと言ったのじゃ?肌とかなんじゃあれは!?人間そっくりじゃろ!?」


「当然です。私が作った特別製です。ちゃんと呼吸しているように見えるでしょう?」


「ああ、見える、見えるとも。でもあれじゃ、せめて何か表情はつけてくれないと!?ガン見じゃよ、ガン見。わしの顔で無表情でガン見。泣かない笑わない『飛ばないし漏らさない』ローラは黙っておれ!。あれをどうしろと!?置き場所に困る」


ローレンシアが早口に?テレパシーでまくしたてるとエールトヘンが追従する。


「そうです。マスター・ララ。あまり変なものは止めて貰いたいと話したばかりでは」


「そう。その通りだ。エールトヘン。だからあまり変なのは止めた。時間の許す限りこだわって飛び切り変なのを用意した」


その一言にエールトヘンはこめかみを指でほぐし、ローレンシアは堪らず言い返す。


「変とはなんじゃ!」


そこにローラが割り込む。


「別にお嬢様が飛び切り変だとは言っていない。お嬢様が、とは言っていない」


なぜか大事な事なのか二度言っているがローレンシアは要らぬ応酬を避けてローラの相手をせずマスター・ララを睨む。乳児が睨んでもどれほどの効果があるのか不明ではあったが。

当然マスター・ララは何を気にするでもなく答える。


「ああ、当然身代わり人形にでもして頂けると作った価値があります。普段はどこかに飾っておけばよいかと。なんでしたら専用のケースもお作りしましょうか?」


「くっ・・・。あれを部屋に置くことはマスター・ララの中では確定ということか。あんなリアルなの捨てるに捨てれん。なんてものを作ってくれるんじゃ」


「大丈夫です。リアルさの追求のためお嬢様の成長に合わせて逐次改造致します。いろいろご期待ください」


「何を期待しろと!」


「例えば座らせて後ろから声をかけると180度首が回転します」


「怖いから!本当に怖いから!あれ無表情だし!」


合いの手を入れるのを忘れないローラが口を挟む。


「お嬢様の素晴らしさをよく表現できていると思います」


「どこが!」


まだマスター・ララのプレゼンは続いていた。


「後、低音のイケボで囁くと『クケケッ』と笑います」


「何その笑い方!?」


「お嬢様の内面の美しさが滲み出ていると思います」


「ローラもしつこい!」


話がまとまらない事が分かったエールトヘンはマスター・ララにもう一度念を押す。


「マスター・ララ、あまりも、飛び切りも、かなりも、そういったものは止めてもらいたい。そういったものは事前に伝えてくれないと。キャメロンなどは護衛の任がありそういった物には神経質なのだ。頼む」


「わかりました。要件は以上でしょうか」


「ああ。とりあえずは。良い物は良いのだから過度な遊び心は止めてもらおう」


「そうじゃ。何かちょっと違うんじゃ。こう、モヤッとさせられるのじゃ。出来ればスッキリできるものをよろしくじゃ」


「お嬢様はいつもオシメにスッキリ『ローラ!』」


「重々承知致しました。努力致しましょう」



そうしてローレンシア達は部屋へと戻っていった。




「本当、精巧なだけにどうすればよいのか分からんの」


と言いながらついついマスター・ララの思惑通りなのか知らないが人形を弄ったりと、与えられた玩具で遊ぶのだった。


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