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婚約破棄された悪役令嬢は、有能すぎました  作者: 夜嶋朔


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第51話 同じ人

 数日後。


 レイナは、タケリオ公爵の屋敷を訪れていた。


 案内された応接室は静かだった。


 大きな窓。


 整えられた庭。


 高価そうな家具。


 何もかもが落ち着いている。


 けれど。


 レイナの気持ちは、少しも落ち着かなかった。


「お待たせしました」


 扉が開く。


 タケリオ公爵が入ってきた。


「いいえ。こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」


「座ってください」


「はい」


 二人が向かい合う。


 使用人が紅茶を置き、静かに部屋を出ていった。


 しばらく。


 どちらも口を開かなかった。


 先に話したのは、タケリオだった。


「婚約の件ですね」


「はい」


「聞いています。断られたと」


「……申し訳ありません」


「謝らなくていいですよ」


 穏やかな声だった。


 責めるような様子もない。


 それが。


 レイナには余計に話しづらかった。


「私も」


 タケリオがカップへ手を伸ばす。


「突然だと思っています」


「では、公爵もご存じなかったのですか?」


「話があることは知っていました。ただ、ここまで進んでいるとは思っていませんでした」


 レイナの眉が僅かに動く。


「……そうでしたの」


「家同士で、先に話が進んでいたようですね」


「やはり」


「はい」


 タケリオは少し困ったように笑った。


「貴族らしいと言えば、貴族らしいですが」


「笑えませんわ」


「私もです」


 レイナは。


 少しだけ肩の力が抜けた。


 少なくとも。


 この人が。


 自分を無理やり妻にしようとしているわけではない。


「では」


 レイナが聞く。


「公爵ご自身は、どうお考えですの?」


 タケリオは。


 すぐには答えなかった。


「正直に言っても?」


「もちろんですわ」


「悪い話ではないと思っています」


 レイナの表情が止まる。


「……そうですか」


「ですが」


 タケリオは続けた。


「あなたが嫌がっているのに、無理に進めたいとは思っていません」


「……」


「そこは分けて考えています」


 レイナは。


 ゆっくり頷いた。


「ありがとうございます」


「ただ」


「はい」


「私にも、断りにくい事情があります」


 レイナは顔を上げる。


「家の事情、ですか」


「えぇ」


 タケリオは紅茶へ視線を落とした。


「私の家も、あなたの家も。今後、王都での立場を安定させたい」


「……」


「互いに組めば、都合がいい」


「随分、率直ですのね」


「綺麗に言い換えても、同じでしょう」


「そうですわね」


 レイナは小さく息を吐いた。


 やはり。


 簡単ではない。


 嫌です。


 分かりました。


 それだけで終わる話ではないらしい。


「でも」


 タケリオが言う。


「それだけではありません」


「?」


「あなたなら」


 一度。


 言葉を選ぶ。


「悪くないと思ったのも事実です」


 レイナは黙った。


「仕事ができる」


「……」


「物事を感情だけで決めない」


「……」


「必要なら、誰に対しても意見を言う」


「褒めております?」


「かなり」


「そうですか」


 少しだけ。


 レイナは笑った。


 けれど。


 次の言葉で。


 その笑みが消えた。


「それに」


 タケリオは言う。


「あなたは、姫様の近くにいる」


「……」


 レイナの指が止まる。


「それは」


「分かっています」


 タケリオは苦笑した。


「今の言い方では、誤解されますね」


「では、どういう意味ですの?」


「そのままです」


 タケリオは。


 少しだけ遠い目をした。


「私は以前」


「……」


「姫様を、お慕いしていました」


 レイナは。


 何も言わなかった。


 知っている。


 知らないはずがない。


「今でも」


 タケリオは続ける。


「特別な方です」


「……そうでしょうね」


「あなたもでしょう?」


 レイナの目が。


 ゆっくりタケリオへ向く。


「何のお話ですの」


「隠さなくていいですよ」


「……」


「あなたが姫様を見る目くらい」


 タケリオは静かに言った。


「分かります」


 レイナは。


 しばらく黙っていた。


 否定しようと思えば。


 できた。


 でも。


 しなかった。


「……そうですわ」


 タケリオの目が少し細くなる。


「やはり」


「私は」


 レイナは胸元へ手を置く。


「姫様を、お慕いしております」


「……」


「お姿がどうであろうと」


 一度。


 息を吸う。


「ずっと」


 タケリオは。


 少しだけ笑った。


「あなたらしい」


「何ですの、それ」


「いえ」


 レイナは。


 タケリオをじっと見た。


 そして。


 ずっと引っかかっていたことを。


 口にした。


「公爵」


「はい」


「一つ、聞いてもよろしいですか」


「何でしょう」


「私たちは」


 少しだけ。


 声が硬くなる。


「二人とも、同じ方を見ていたではありませんか」


「……」


「それなのに」


 レイナは。


 真っ直ぐタケリオを見る。


「なぜ私なのです?」


 タケリオが黙る。


「私は」


 レイナは続けた。


「姫様の代わりなのですか」


「違います」


 即答だった。


 レイナの目が少し動く。


「本当に?」


「はい」


「私が姫様の近くにいるから」


「それだけなら、もっと早く話を出しています」


「……」


「あなたは、姫様ではない」


 タケリオははっきり言った。


「似ているとも思っていません」


 レイナは。


 少しだけ驚いた。


「では」


「あなたは、あなたです」


「……」


「だから」


 タケリオは。


 自分でも言葉を探すように。


 ゆっくり続けた。


「悪くないと思った」


「ずいぶん曖昧ですわね」


「恋をしているとは言えませんから」


 レイナの眉が上がる。


「正直ですこと」


「嘘をついて婚約するよりいいでしょう」


「それは、そうですわ」


 少しだけ。


 二人の間の空気が緩んだ。


 不思議だった。


 婚約を勧められている相手なのに。


 この人とは。


 今のところ。


 一番正直に話せている。



     *



「では」


 レイナがカップを置く。


「公爵は、この婚約をどうされたいのです?」


「家の事情だけを考えるなら、受けるべきでしょうね」


「公爵ご自身は?」


「……」


 タケリオは少し考えた。


「まだ、分かりません」


「そうですか」


「あなたは?」


「お断りします」


「早いですね」


「最初から変わっておりませんもの」


 タケリオが笑った。


「でしょうね」


「笑うところではありませんわ」


「すみません」


 レイナも。


 ほんの少しだけ笑った。


「ですが」


 タケリオが続ける。


「私一人が断れば終わる話でもない」


「私も同じですわ」


「家同士が動いていますからね」


「はい」


「なら」


 タケリオはレイナを見る。


「一度、それぞれの家と話しましょう」


「……」


「私も、勝手に進められては困ります」


「公爵も?」


「当然です」


「少し安心しましたわ」


「私はそんなに信用がありませんか」


「婚約を受けても悪くないと仰った方ですから」


「それは事実です」


「ほら」


 タケリオがまた笑う。


 レイナも。


 今度は素直に笑った。


 少なくとも。


 敵ではない。


 そう思えた。



     *



 話を終え。


 レイナは屋敷を出た。


 馬車へ向かう途中。


 ふと。


 足を止める。


 思っていたより。


 タケリオ公爵は。


 話の通じる人だった。


 姫様への想いも。


 自分の気持ちも。


 無理に否定しなかった。


 なら。


 まだ。


 どうにかなるかもしれない。


 そう思った。


 家同士の事情を整理して。


 別の方法を探して。


 婚約をしなくても。


 両家が困らない道を作る。


「……ありますわ」


 小さく呟く。


「きっと」


 日本で。


 姫様がしていたように。


 一つしかないように見えても。


 別の方法を探せばいい。


 誰かが用意した道を。


 ただ歩く必要はない。


 レイナは。


 少しだけ前を向いた。



     *



 その夜。


 レイナの父のもとへ。


 一通の書状が届いた。


 差出人を見た父の表情が変わる。


「……もう来たのか」


 母が横から見る。


「何?」


「王宮だ」


「王宮?」


「あぁ」


 父は書状を開いた。


 読み進めるうちに。


 顔が。


 どんどん険しくなる。


「どうしたの?」


「……」


「あなた?」


 父は。


 しばらく何も言わなかった。


 やがて。


 低い声で呟く。


「断るのが」


 一度。


 書状を握る。


「さらに難しくなった」


 母の顔から。


 笑みが消えた。



     *



 同じ頃。


 レイナは。


 自室の机で。


 新しい紙を広げていた。


 家同士が必要としているもの。


 タケリオ家が困ること。


 自分の家が困ること。


 婚約以外で。


 それを補える方法。


 一つずつ。


 書き出していく。


「これなら……」


 ペンを走らせる。


「別の道を、作れますわ」


 まだ。


 知らなかった。


 自分が道を探している間にも。


 周囲では。


 その道を塞ぐ話が。


 少しずつ。


 進み始めていることを。

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