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婚約破棄された悪役令嬢は、有能すぎました  作者: 夜嶋朔


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第37話 歴史を知るということ

 安土城を出たあと。


 龍馬は一行を、山中にある隠れ家へ案内した。


「おまんらに、会わせたい奴らがおる」


 レイナは少し驚いて龍馬を見る。


「まだお仲間がいらっしゃるのですか?」


「おるぞ。面白い奴らばっかりじゃ」


 龍馬は楽しそうに笑う。


 日本へ来てから。


 坂本龍馬。


 織田信長。


 明智光秀。


 レイナにとっては、知らない名前ばかりだった。


 けれど、パードたちはその名前を聞くたびに驚いている。


 きっと、自分が思っている以上に。


 この国には、特別な人たちがたくさんいるのだろう。


 そう考えているうちに。


 龍馬が隠れ家の戸を開けた。


 その瞬間。


「龍馬さん!!!」


 大きな声が響いた。


 レイナは思わず肩を震わせる。


「知らない人を勝手に連れてこないでください!!!」


 一人の少女が、大股でこちらへ歩いてきた。


 背筋は真っ直ぐ。


 目はまっすぐ前を向き。


 声は驚くほど大きい。


「見つかったら!!! 全員で生きて逃げます!!!」


 レイナは目を瞬かせた。


 怖い人ではない。


 むしろ。


 ものすごく真っ直ぐな人なのだと、一瞬で分かった。


 少女は胸へ手を当てた。


「亜衣心絆です!!!」


「……心絆さん」


「はい!!!」


 その勢いに。


 レイナは少しだけ笑った。


「とても、お元気な方ですのね」


「はい!!!」


「お返事も大きいですわね」


「元気が一番です!!!」


 レイナはとうとう笑ってしまった。


 なんだか。


 嫌いになれない。


 その後ろから。


 四人の男たちが姿を現した。


「桂小五郎です」


「高杉晋作だ」


「西郷隆盛です」


「大久保利通です」


 レイナは一人ずつ頭を下げた。


「初めまして。レイナと申します」


 その横で。


 パードが目を丸くしている。


「……え、ちょっと待って」


 スギナも驚いたように四人を見る。


「すごい方ばかりですね……」


 キルナは高杉をじっと見た。


「かっこいいじゃねぇか」


「またですの?」


 レイナが思わず振り返る。


「またって何だよ」


「龍馬さんの時も同じことを言ってましたわ」


「かっこいいもんはかっこいい」


「素直ですわね……」


 パードが桂たちを順番に見ながら、レイナへ顔を寄せた。


「レイナ、これ普通にヤバいからね」


「そうなのですか?」


「歴史の教科書みたいなメンバーじゃん」


「歴史の……?」


 レイナはもう一度、目の前の人たちを見た。


 みんな。


 本当に生きている。


 話している。


 笑っている。


 そんな人たちが。


 別の世界では、歴史の中の人物になっている。


 不思議な感覚だった。


 その時。


 心絆が勢いよくレイナの前へ来た。


「レイナさん!!!」


「は、はい」


「異国から来られたんですよね!!!」


「はい」


「素晴らしいです!!!」


「何がですの?」


「遠くから来ても!!! ちゃんと生きてここまで来たことがです!!!」


 レイナは一瞬、言葉を失った。


 そして。


 少しだけ笑った。


「ありがとうございます」


「無事が一番です!!!」


「心絆さんは、本当にそういうことを大切にされるのですね」


「はい!!!」


 心絆は大きく頷いた。


「命は燃やしません!!!」


「……はい」


「心を燃やします!!!」


「はい?」


「でも命は温存です!!!」


 レイナは少し考えた。


「……とても大切なことを仰っているのは分かりますわ」


「分かっていただけましたか!!!」


「はい。声はもう少し小さくても分かりますけれど」


「分かりました!!!」


 全然小さくならなかった。


 レイナはまた笑った。


 この人。


 面白い。


 そして。


 なんだか好きだ。


「心絆さん」


「はい!!!」


「私たち、お友達になれそうですわね」


 心絆の目が大きく開いた。


「もちろんです!!!」


「ありがとうございます」


「今日から友です!!!」


「早いですわね」


「気持ちは早い方がいいです!!!」


「そういうものですの?」


「はい!!!」


 レイナは笑いながら頷いた。


 日本へ来て。


 また一人。


 仲間が増えた。


 この国には。


 自分の知らない人が、まだまだたくさんいる。


 でも。


 そのことが、少し楽しみになってきていた。



     *



 しばらくして。


 桂が机の上へ地図を広げた。


「一つ、気になる動きがある」


 部屋の空気が少し変わる。


「明智光秀が兵を集めている」


 姫様とミレーヌさんの表情が止まった。


「どこへ向かう」


「本能寺だ」


「……本能寺」


 姫様の声が低くなる。


 レイナは、その横顔を見た。


 やっぱり。


 知っている。


 パードも。


 スギナも。


 キルナも。


 僅かに表情を変えていた。


 けれど。


「本能寺ですか!!!」


 心絆だけは、いつもと変わらない。


 むしろ。


 勢いよく拳を握った。


「なら!!! すぐ向かいましょう!!!」


 レイナは心絆を見る。


「心絆さんは、本能寺をご存じですの?」


「もちろんです!!!」


「では……」


 レイナは少し迷う。


「なぜ皆様が、こんなに驚いているのですか?」


 心絆が止まった。


「……え?」


 パードが心絆を見る。


「心絆、分かってない?」


「何がですか!!!」


「本能寺だよ?」


「はい!!!」


「明智光秀が向かってるんだよ?」


「はい!!!」


「信長がいるんだよ?」


「はい!!!」


 パードが頭を抱えた。


「そこまで分かって、なんで気づかないの?!」


「何にですか!!!」


 キルナが短く言った。


「本能寺の変」


 心絆が固まる。


「……」


「……」


「……」


「……あっ!!!」


 隠れ家いっぱいに声が響いた。


「本能寺の変です!!!」


「今気づいたんですの?!」


 レイナが思わず聞き返す。


「本能寺という場所ばかり考えていました!!!」


「歴史の方を考えてくださいませ!」


「すみません!!!」


 スギナは少し困ったように微笑んだ。


「心絆らしいですね」


「勢いが先なんだよ」


 パードも呆れながら笑う。


 レイナだけは。


 まだ分からなかった。


「……本能寺の変とは、何ですの?」


 その言葉で。


 部屋の空気が少し静かになった。


 パードがレイナを見る。


「レイナ」


「はい」


「私たちがいた世界ではね」


 さっきまでとは違う、真面目な声だった。


「明智光秀が、織田信長を裏切るの」


 レイナの目が僅かに開く。


「……裏切る?」


 キルナが続けた。


「本能寺を攻める」


 スギナも静かに言う。


「そして……信長は、そこで亡くなります」


「……」


 レイナは言葉を失った。


 昨日。


 目の前で笑っていた人。


 異国の品を面白そうに眺めて。


 自分たちへ日本での滞在を許した人。


 あの人が。


「信長様が……」


 レイナは、地図に記された本能寺を見る。


「本能寺の変で……死ぬ……?」


 誰も。


 すぐには答えなかった。

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