第27話 それぞれの国
天下を取った後も、信長は止まらなかった。
道を整え。
商いを動かし。
各地の争いを抑え。
必要なものを、必要な場所へ通していく。
天下を取ることと。
天下を治めることは違う。
信長は、その違いを知っていた。
政宗もまた、自分の国で忙しくしていた。
「ここ、水足りてねぇだろ」
「春先は何とかなりますが、夏になると……」
「じゃあ先に水路だな」
政宗は地図を広げたまま、農民たちの話を聞いていた。
「道は?」
「雨が降ると荷車が通りません」
「商人困るな」
「はい」
「じゃあそこも直す」
横にいた役人が、慌てて筆を走らせる。
「殿、予算が」
「全部一気にやるとは言ってねぇ」
政宗は地図の端を指で叩いた。
「順番つける」
水。
道。
倉。
市場。
兵だけを見ていた頃なら、後回しにしていたものばかりだった。
けれど今は違う。
「ここの村は何ができる」
「織物です」
「じゃあ売れる道作る」
「こちらは木工が盛んです」
「なら荷運びできる奴と組ませろ」
政宗は一人ずつ見ていった。
何が足りないか。
何ができるか。
誰が何をやれるか。
「これ、俺がやりたいです」
一人の若者が手を挙げた。
「何をだ」
「倉の管理です」
「理由は?」
「足を怪我して、もう兵には戻れません。でも字は読めます」
政宗は少し黙った。
「できそうか」
「はい」
「じゃあやれ」
若者の顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「ただし」
政宗が続ける。
「倉は国の腹だ。数が合わねぇと飯が消える。責任重いぞ」
「分かっております!」
「なら任せる」
政宗はそれ以上何も言わなかった。
自分で選ぶ。
その強さを、政宗は知っていた。
けれど。
選ぶだけでは国は回らない。
嫌でも誰かがやらなければならない仕事もある。
「この用水路、泥さらい誰もやりたがらねぇのか」
「……はい」
「まあ、やりたくはねぇよな」
周囲から小さな笑いが起きる。
「でも放っといたら詰まる」
政宗はしゃがんで、水路を見る。
「詰まったら畑に水が行かねぇ。畑が死んだら飯が減る」
顔を上げる。
「必要な仕事だ」
誰も何も言わない。
「だから理由はちゃんと説明する」
政宗は立ち上がった。
「その上で、やってくれる奴にはちゃんと報いる」
一人の男が手を挙げた。
「俺、やります」
「無理すんなよ」
「分かってます」
「じゃあ頼む」
政宗は小さく笑った。
国を作る。
それは。
命令することでも。
何でも自由に選ばせることでもない。
必要なことを伝え。
任せ。
最後は自分が責任を負う。
政宗は、政宗なりのやり方を作り始めていた。
そして。
政宗は、本当にちょくちょく秀吉のところへ顔を出すようになった。
「また来たのですか」
三成が政宗を見るなり言った。
「第一声それかよ」
「事実です」
「歓迎しろよ」
「何故ですか」
「友達だろ」
「いつからですか」
「今」
「勝手に決めないでください」
「三成は相変わらず固ぇな」
「貴方が軽すぎるのです」
「政宗!」
奥から幸村が走ってくる。
「来たか!」
「お前は歓迎すんの早いな」
「今日は何をする!」
「知らねぇよ。遊びに来たんじゃねぇ」
「では訓練か!」
「何でそうなる」
「はっはっは!」
秀吉が奥から出てきた。
「相変わらず賑やかじゃのう」
「お前のとこ、毎回こうなのか」
「おぬしが来るとこうなる」
「俺のせいかよ」
「半分ほどは」
「多いな」
政宗が秀吉のもとへ来る目的は、ただ話をするためではなかった。
秀吉が人をどう見るか。
三成が数字と物資をどう組むか。
幸村が兵をどう動かすか。
政宗は、それぞれをよく見ていた。
「三成」
「何です」
「その帳簿、見せろ」
「嫌です」
「何でだよ」
「勝手に真似されそうなので」
「するけど」
「やはり嫌です!」
「ケチ」
「ケチではありません!」
政宗は横から覗き込む。
「この配分、うまいな」
「当然です」
「俺の国でも使える」
「勝手に持って帰らないでください!」
「考え方に持ち主あんのかよ」
「あります!」
「あるの?」
幸村が真顔で聞く。
「幸村殿は黙っていてください」
「何故だ!」
別の日には。
「幸村」
「何だ!」
「兵、前出しすぎだろ」
「勢いが大事だ!」
「勢いだけで全部解決すんな」
「だが、退けば気持ちも下がる!」
「そこは分かる」
「だろう!」
「でも補給切れたら終わる」
「……」
幸村が黙る。
三成が横から言う。
「だから私が必要なのです」
「お前ちょっと嬉しそうだな」
「当然です」
「素直だな」
「事実ですので」
秀吉は、そのやり取りを見ながら笑っていた。
四人でいる時間は、少しずつ増えていった。
主従ではない。
同じ国でもない。
考え方も違う。
それでも。
互いに面白いと思うところがあった。
秀吉は人を見る。
三成は仕組みを見る。
幸村は迷わず動く。
政宗は、その全部を見ながら、自分の国へ持ち帰れるものを考える。
「政宗」
ある日。
秀吉が茶を飲みながら言った。
「おぬし、儂のところへ来ては持って帰ってばかりではないか」
「何が悪い」
「少しは置いていけ」
「何置いてくんだよ」
「おぬしの考えじゃ」
政宗が秀吉を見る。
「俺の?」
「そうじゃ」
「いらねぇだろ」
「何を申しておる」
秀吉の目が少しだけ細くなる。
「違う国を治めておるからこそ、見えるものも違う」
政宗は少し考えた。
「じゃあ一個だけ」
「何じゃ」
「全部やりたい奴にやらせるのは無理だ」
秀吉は黙る。
「嫌でも必要な仕事はある」
「そうじゃな」
「だから俺は、理由を説明する」
「ほう」
「何で必要か。何が起きるか。それを伝えて、やってもらう」
政宗は続ける。
「その代わり、やらせっぱなしにはしねぇ」
秀吉はしばらく黙っていた。
そして。
「なるほどのう」
口元を上げる。
「おぬしらしい」
「そうか?」
「そうじゃ」
三成も頷いた。
「合理的です」
「三成に褒められた」
「褒めてはいません」
「今の褒めただろ」
「評価しただけです」
「同じだろ」
「違います」
「面倒くせぇな!」
幸村が大きく頷いた。
「私は良いと思うぞ!」
「お前はだいたい何でも良いって言うだろ」
「良いものは良い!」
「それはそう」
信長の天下も、少しずつ形になっていった。
街道が整い。
商人が動き。
争いが減り。
国と国の間に、新しい秩序ができていく。
必要なら厳しい決断もする。
だが。
まだ信長は、ただ逆らったという理由だけで斬るような男ではなかった。
必要だから決める。
決めたなら、自分で責任を負う。
それが、信長だった。
上洛した政宗が、久しぶりに信長と顔を合わせた日。
「政宗」
「何だよ」
「まだ秀吉のところへ通っておるのか」
「あぁ」
「物好きじゃのう」
「お前と違うから面白ぇんだよ」
「わしの方が優れておる」
「そこ競ってねぇよ」
「何故じゃ」
「何でも勝負にすんな」
信長が鼻で笑う。
「おぬしが言うか」
「俺は天下取り終わったら引きずらねぇ」
「負けたからであろう」
「またマウント取ってきたな」
「事実じゃ」
「はいはい、天下人様すごいすごい」
「軽い!」
「何で褒めて怒るんだよ」
そのやり取りを見ていた家臣たちが、微妙な顔をしていた。
天下人相手に、こんな話し方をする男は政宗くらいだった。
そして。
信長も、それを許していた。
天下は、少しずつ落ち着いていた。
信長は信長の国を作り。
政宗は政宗の国を作り。
秀吉たちは、それぞれのやり方で人を動かしていた。
大きな争いも減り。
ようやく。
各地に少しずつ平穏が戻り始めた。
その頃。
「武田様!」
一人の兵が駆け込んできた。
「村上義清殿が、越後へ逃れたとのことです!」
武田信玄は地図から顔を上げた。
「謙信のところへか」
「はい!」
一方。
越後。
「謙信様!」
家臣が駆け込んでくる。
「村上義清殿が助けを求めております!」
上杉謙信は静かに目を細めた。
数日後。
二人は向かい合っていた。
「信濃は、もうわしのものじゃ」
信玄が言う。
「勝手に決めるな」
謙信が返す。
「村上は負けたではないか」
「だからといって、追い出してよい理由にはならぬ」
「おぬしには関係なかろう」
「助けを求めてきた」
「だから何じゃ」
「ならば関係ある」
信玄の眉が動く。
「余計なことをするな」
「そちらが余計なことをしたのだ」
「……何じゃと?」
「何だ」
二人の間に沈黙が落ちる。
「やるか」
信玄が言った。
「受けて立とう」
謙信が答えた。
その報告を聞いた政宗は、しばらく黙っていた。
「……発端それかよ」
秀吉が腕を組む。
「まあ、領地争いとは大抵そのようなものじゃ」
「もっと複雑です!」
三成がすぐに訂正する。
幸村だけは目を輝かせていた。
「川中島か!」
政宗が横を見る。
「お前、ちょっと嬉しそうだな」
「戦だ!」
「嬉しそうにすんな!」
秀吉が笑った。
「はっはっは!」
三成は頭を抱えた。
こうして。
後に何度も繰り返されることになる。
第一回川中島の戦いが始まった。




