第22話 支え合うということ
レイナが家で縁談を断り続ける日々を送る一方、リュミエール王国では、イレギュラーから相次いで不穏な情報がもたらされていた。
港では見慣れない船影が確認され、街道では兵の動きが増え、市場では鉄や食料が急に買い集められている。
誰が動いているのか。
何のために動いているのか。
まだ、何も分からない。
ただ、以前にも織田信長の指示で平安あやかし勢がこの国へやって来た。
ならば今回も。
「……信長、なのですかしら」
レイナは小さく呟いた。
確証はない。
それでも、胸の奥には嫌な予感だけが残っていた。
王都では、いつ戦が始まっても動けるよう準備が進められていた。
完成間近のテルリッチ公園と、その外側を守る花田丸も実戦用へ切り替えられ、救護、避難、放送、補給、警備、炊き出し、それぞれの持ち場へ人が配置されていく。
レイナにも、役割が与えられていた。
午後。
戦支度の合間を縫って、レイナはテルリッチ公園へ向かった。
いつもなら子どもたちの笑い声が響き、『パンチ』や『七七七』、『氷の翼』の売店から美味しそうな匂いが漂っている。
今日も、公園そのものは美しかった。
色とりどりの花が咲き、噴水の水が陽の光を受けてきらきらと輝いている。
けれど、その向こう。
花田丸では、兵や職人たちが最後の確認を続けていた。
薔薇の柵。
東屋。
噴水。
美しい庭園の中には、人を守るための仕組みが隠されている。
レイナは東屋の前で足を止めた。
「レイナー!」
聞き慣れた声に振り返る。
パードが大きく手を振りながらこちらへ歩いてきた。
その隣には、スギナとキルナもいる。
「皆さま」
「やっぱここにいた!」
パードはレイナの隣まで来ると、そのまま花田丸を見上げた。
「なんか不思議だよね。いつもここで食べて喋ってるのに」
「ええ」
「今は、戦に備える場所になっておりますね」
スギナも静かに花田丸を見る。
「黒き守護者様は、平和な時だけではなく、何か起きた時のことまで考えておられたのですね」
「若頭だからな」
キルナは腕を組んだまま、少しだけ誇らしそうに笑った。
「置いて終わりのもん作らねぇんだよ。全部、使えるようにする」
「姫様らしいですわね」
レイナも、少しだけ笑った。
「そういえば」
パードが三人を見る。
「みんな、何任されたの?」
「まだ聞いておりませんでしたね」
スギナが頷く。
「私から言おっかな!」
パードはすぐに手を上げた。
「私は港の見張りと放送設備!」
「港ですの?」
「うん。変な船が来てないか見るのと、何かあった時に放送ちゃんと動かす係!」
「随分重要ですわね」
「でしょ?」
パードが得意げに胸を張る。
「海も好きだし、機械も見るし、私に合ってると思う!」
「確かに、パードさんらしいですわ」
「レイナは?」
「私は救護です」
「やっぱり!」
「怪我をされた方を診て、治癒魔法を使います。必要があれば、ほかの救護班の方とも連携いたしますわ」
「レイナがいるなら安心だね」
何気なく言われ、レイナは少しだけ目を丸くした。
「……ありがとうございます」
「スギナは?」
パードが振り返る。
「私は、怪我をされた方のお手伝いと、皆さまのお心を支える役目をいただきました」
スギナは胸の前で両手を重ねた。
「身体だけでなく、怖いお気持ちや不安も、少しでも軽くできればと思っております」
「それ、スギナめっちゃ向いてるじゃん」
「そうでしょうか?」
「向いてますわ」
レイナもすぐに頷く。
「スギナさんのお声を聞くだけで、安心なさる方もいらっしゃると思います」
スギナは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「キルナは?」
「俺は炊き出しだ」
「似合う!」
「何だ、その言い方」
「いっぱい食べさせてくれそう」
「作る側だ!」
「味見もいっぱいしそう」
「仕事だろ!」
パードが笑うと、キルナは呆れたように息を吐いた。
「若頭に、腹減った奴を出すなって言われてんだ」
「それは大切ですわね」
「兵も、避難してきた奴も、働いてる奴も、腹減ったら動けねぇからな」
キルナは花田丸へ目を向けた。
「飯だけは止めねぇ」
四人の間に、少しだけ静かな時間が流れた。
港を見る者。
放送を守る者。
怪我人を治す者。
心を支える者。
食事を作る者。
誰一人、同じ役割ではない。
けれど、どれも欠けてはいけない。
「何か」
パードがぽつりと言った。
「バラバラなのに、ちゃんと繋がってるね」
「そうですわね」
レイナは微笑んだ。
「誰か一人で、すべてをする必要はございませんもの」
「黒き守護者様も、そうお考えなのだと思います」
スギナが静かに続ける。
「皆さまに、それぞれできることがございますから」
「……でもさ」
パードが少しだけ声を落とした。
「正直、怖くない?」
誰もすぐには答えなかった。
花田丸の向こうでは、兵たちが動いている。
そのさらに向こう。
何が来るのか。
誰が来るのか。
まだ分からない。
「怖いですわ」
最初に答えたのは、レイナだった。
パードがレイナを見る。
「私も」
スギナも静かに頷く。
「私も怖いです」
キルナも小さく息を吐いた。
「俺だって怖ぇよ」
「キルナも?」
「当たり前だろ」
少しだけ苛立ったように返したあと、キルナは苦笑する。
「戦だぞ」
「そうですわよね」
「じゃあ」
パードが三人を見回した。
「みんな一緒じゃん」
「え?」
「怖いの、みんな一緒」
パードは、いつものように笑った。
「だったらさ」
その笑顔が、少しだけ力強くなる。
「私たちは私たちで、やれることやろ!」
レイナは目を見開いた。
とても単純な言葉だった。
けれど。
今の自分たちには、それで充分だった。
「そうですわね」
レイナも笑う。
「私たちは、私たちにできることをいたしましょう」
「はい」
スギナも頷いた。
「そして、誰かが怖くなった時には、皆さまで支え合いましょう」
「いいね!」
「無茶だけはすんなよ」
キルナが三人を見る。
「自分の役割に夢中になって、倒れるとか無しだからな」
「キルナもですわよ」
「俺は大丈夫だ」
「今の発言が一番危ないですわ」
「何でだよ!」
レイナが笑う。
パードも笑い、スギナも口元へ手を添えた。
怖さが消えたわけではない。
何が起きるのかも分からない。
それでも。
一人ではない。
こうして隣に立ってくれる人たちがいる。
それだけで、胸の奥にあった冷たいものが少しだけ溶けていった。
「戦が終わったら」
レイナが花田丸を見ながら言った。
「また、ここで集まりましょう」
「もちろん!」
パードがすぐに答える。
「氷の翼行こ!」
「またフローズンですの?」
「いいじゃん!」
「私はぜひ、ご一緒したいです」
スギナが嬉しそうに笑う。
「俺は七七七な」
「両方行けばいいじゃん」
「食わせすぎだろ」
「パンチもありますわよ」
三人が一斉にレイナを見る。
「レイナまで増やした!」
「戦の後ですもの」
レイナは少し悪戯っぽく笑った。
「それくらい、よろしいでしょう?」
「最高!」
「決まりですね」
「まあ、それならいいか」
四人は並んで花田丸を見つめた。
戦が終わったら、またここで笑う。
それは、誰かに決められたことではない。
自分たちで決めた、小さな約束だった。
レイナはまだ知らなかった。
これから、この国で何が起こるのか。
誰が、何のためにやって来るのか。
そして。
まさか、あの男までこちらへ向かっていることも。
まだ、何も知らなかった。




