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婚約破棄された悪役令嬢は、有能すぎました  作者: 夜嶋朔


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第21話 人を動かすということ

 朝。


 城下の外れにある大きな空き地には、夜明け前から多くの人間が集められていた。


 兵。


 農民。


 職人。


 商人。


 荷運びを生業にしている者。


 戦で家を失った者。


 腕に怪我を負い、もう以前のようには戦えない者。


 年齢も身分も、できることも違う。


 その中央に、秀吉は立っていた。


「……何する気だ?」


 少し離れた場所から眺めていた政宗が腕を組む。


 隣には三成と幸村もいる。


「城下の整備です」


 三成が答えた。


「道、水路、倉庫、農地。それから市場の再編も行います」


「それだけなら役人に割り振らせりゃいいだろ」


「普通ならな」


 幸村が笑った。


「だが、秀吉様は自分で見る」


「自分で?」


「人をだ」


 政宗が秀吉へ視線を戻した。


 秀吉の前では、一人の男が頭を下げている。


「おぬし、以前は何をしておった?」


「兵でございました」


「今は?」


「足を傷めまして……もう以前のようには走れませぬ」


「そうか」


 秀吉は男の足を見る。


「物を運ぶことはできるか?」


「重い物は難しいかと」


「では帳面は読めるか?」


「多少なら」


「数は?」


「扱えます」


「なら倉庫へ行け」


 男が顔を上げた。


「倉庫、でございますか?」


「兵糧と道具の出入りを記録せよ。足で走る必要はない。だが、物が一つ消えれば現場が止まる」


 秀吉は笑った。


「おぬしの目と頭を使え」


「……はい!」


 男は深く頭を下げ、案内役について歩いていった。


 次に前へ出たのは、まだ若い女だった。


「おぬしは?」


「父の畑を手伝っておりました」


「水路は分かるか?」


「少しなら」


「土は?」


「触れば、乾きすぎているかどうかくらいは」


「充分じゃ」


 秀吉は地図の一角を指さした。


「農地の水路を見る者が足りぬ。行ってみるか?」


 女が驚く。


「私が、ですか?」


「嫌なら断ってよい」


「え?」


「やりたいかと聞いておる」


 女は少し迷い、それから大きく頷いた。


「やりたいです!」


「なら行け」


「はい!」


 政宗の眉が僅かに動いた。


「……命令しねぇのか」


 三成が政宗を見る。


「必要な役目は説明します。ですが最後は、本人に選ばせます」


「効率悪くねぇか?」


「逆です」


 三成は淡々と答えた。


「秀吉様は、自分で選んだ者の方が長く働くことを知っています」


 政宗は何も言わなかった。



 秀吉の前には、次々と人が並んだ。


「大工をしておりました」


「なら橋じゃ」


「料理ならできます」


「炊き出しへ行け。腹が減った者は働けぬ」


「馬の世話を」


「荷運びの馬を見よ」


「私は何も……」


「何も、とは何じゃ」


 老人が顔を伏せる。


「戦で家を失いまして。もう歳ですし、力もありません」


「子どもを見ることはできるか?」


 老人が顔を上げた。


「子ども……?」


「親が働いておる間、誰かが見ねばならぬであろう」


「それなら……」


「できるか?」


「はい」


「やりたいか?」


 老人の目が、僅かに潤んだ。


「……はい」


「では頼む」


 秀吉はそれだけ言い、次の者へ向いた。


 政宗は黙ったまま、その様子を見ていた。



 昼前。


 空き地に集められていた人々は、ほとんどいなくなっていた。


 道を直す者。


 水路を掘る者。


 倉庫で数を記録する者。


 炊き出しをする者。


 子どもを見る者。


 それぞれが、自分で選んだ場所へ散っている。


 秀吉は最後まで残っていた数人を見る。


「おぬしらは?」


 一人の若い男が答えた。


「何ができるか、分かりません」


「そうか」


「兵にも向かず、畑もできず、読み書きも苦手で……」


 秀吉は男の手を見る。


 傷だらけだった。


「その手は何じゃ」


「昔、石を運んでおりました」


「なら石は持てるではないか」


「ですが、それだけです」


「それだけで充分な場所がある」


 秀吉は城壁の補修場所を指した。


「石を運ぶ者がおらねば、大工も仕事ができぬ」


 男が目を見開いた。


「やるか?」


「……やります」


「そうか」


 秀吉は笑う。


「では行け」


 男は何度も頭を下げ、走っていった。



 全員がいなくなったあと、政宗はゆっくり秀吉へ近づいた。


「お前さ」


「何じゃ」


「全部覚えてんのか?」


「何をじゃ」


「誰が何できるか」


「全部ではない」


 秀吉はあっさり答えた。


「だが、使えるところくらいは見る」


「使えるところ」


「人は皆、同じではないからのう」


 秀吉は遠くで働き始めた人々を眺めた。


「走れる者もおれば、走れぬ者もおる。字が読める者もおれば、読めぬ者もおる。戦える者もおれば、戦えぬ者もおる」


 少しだけ目を細める。


「だから何じゃ」


 政宗は黙る。


「戦えぬから要らぬ。力がないから要らぬ。歳だから要らぬ」


 秀吉の笑みが薄くなる。


「そんなことをしておれば、人などいくらあっても足りぬわ」


「……」


「使える場所を探せばよい」


「見つからなかったら?」


「作る」


 即答だった。


 政宗が秀吉を見る。


「仕事を?」


「そうじゃ」


「人一人のために?」


「一人ではない」


 秀吉は城下を指した。


「仕事を作れば、その仕事で十人食える。十人が食えれば、その家族も食える。家族が残れば、町が残る」


 笑う。


「町が残れば、国が残る」


 政宗はしばらく何も言わなかった。



 その時、遠くから怒鳴り声が響いた。


「秀吉様!」


 三成が振り返る。


 水路を掘っていた場所で、二人の男が揉めていた。


 一人がもう一人を突き飛ばす。


「何をしている!」


 幸村が駆け出そうとする。


「待て」


 秀吉が止めた。


 その声は大きくなかった。


 だが、幸村はすぐに足を止める。


 秀吉はゆっくり二人の元へ歩いた。


「何があった」


 一人の男が頭を下げる。


「こいつが、作業を怠けておりました!」


「違う! こいつが勝手に俺の場所まで掘ったんだ!」


「それで殴ったのか?」


「……」


「どちらじゃ」


 二人とも黙った。


 秀吉の顔から笑みが消えた。


「聞いておる」


「……私が、先に突き飛ばしました」


「そうか」


 秀吉は男を見た。


「仕事から外れよ」


「え?」


「今日は終わりじゃ」


「秀吉様!」


「頭を冷やせ」


「ですが――」


「次に人へ手を上げれば、ここには置かぬ」


 空気が変わった。


 さっきまでの明るさが、一瞬で消えた。


 男が息を呑む。


「働きたい者は他にもおる」


 秀吉の目は笑っていなかった。


「誰でもよいわけではない。人を傷つけてまで置くほど、おぬしだけが特別なのではない」


「……申し訳、ございません」


「明日もう一度来い」


 男が顔を上げた。


「明日……?」


「まだやりたいならな」


 秀吉は背を向けた。


「今日は帰れ」


「……はい」


 男は深く頭を下げ、その場を離れた。



 政宗は、その背中を見ていた。


「斬らねぇんだな」


「何故斬る」


「揉め事起こした」


「それだけで斬る理由になるか?」


「お前、必要なら斬るって言ってただろ」


「必要ならな」


 秀吉は政宗を見る。


「今、必要か?」


「……いや」


「なら斬らぬ」


 何でもないことのように答える。


「斬れば、そこで終わりじゃ」


 政宗の目が細くなった。


 前にも聞いた言葉だった。


「生きておれば、明日また選べる」


「また問題起こすかもしれねぇぞ」


「その時は、その時じゃ」


「甘いな」


「そうかのう?」


 秀吉が笑った。


 だが、次の言葉だけは軽くなかった。


「次も人を傷つけるなら、儂は切る」


 政宗は秀吉を見る。


「仕事から?」


「必要なら、それ以上もじゃ」


 笑顔のまま。


 声も穏やかなまま。


 ただ、その目だけが冷えていた。


「国を守るために切らねばならぬものはある」


「……」


「だが、切らずに済むものまで切る必要はない」


 秀吉はまた城下へ目を向けた。


「人は減らすより、生かす方が使えるからのう」


 政宗の口元が、僅かに上がった。


「やっぱ、お前怖ぇな」


「またそれか」


「褒めてる」


「褒め方が下手じゃ」


 秀吉は笑った。



 午後。


 政宗は一人で城下を歩いた。


 朝に秀吉が振り分けた人々が、もうそれぞれの場所で働いている。


 足を悪くした元兵士は、倉庫の入口で荷物の数を記録していた。


「そこ、三つ足りません!」


 以前なら戦えなくなった時点で、役目を失っていたかもしれない男だった。


 農家の娘は水路へ入り、泥だらけになりながら流れを確認している。


「ここ、もう少し掘った方がいいです!」


 老人は木陰で子どもたちへ昔話をしていた。


 子どもたちは笑っている。


 石しか運べないと言っていた男は、大きな石を肩に担ぎ、職人たちの元へ運んでいた。


「次どこだ!」


「こっちだ!」


「分かった!」


 誰も、自分が要らない人間だとは思っていない顔をしていた。


「……」


 政宗は足を止める。


 自分も、取った土地を直してきた。


 道を作った。


 水を引いた。


 畑を守った。


 負けた者も、使えるなら残した。


 国を作るとは、そういうことだと思っていた。


 だが。


 秀吉は、土地ではなく人から見ている。


 この人間に何ができる。


 何ならできる。


 何をしたい。


 それを見てから、場所を作る。


「……面白ぇ」


 政宗が小さく呟いた。



「何がじゃ?」


「うわっ!」


 振り返ると、すぐ後ろに秀吉が立っていた。


「急に出てくんな!」


「普通に歩いてきたわ!」


「気配消してただろ!」


「消しておらぬ!」


「忍者かと思ったわ!」


「儂を何じゃと思っておる!」


 少し離れた場所で、三成がため息をつく。


「秀吉様。政宗殿。道の真ん中で騒がないでください」


「三成は相変わらず真面目じゃのう」


「誰かが真面目でなければ困ります」


「俺は悪くねぇぞ」


「政宗殿もです」


「何で俺まで!」


 幸村が笑いながら走ってくる。


「飯の時間だぞ!」


「おお、そうじゃった!」


「秀吉様、まだ確認が残っています」


「飯のあとじゃ!」


「先ほどもそう仰いました」


「腹が減っては働けぬであろう!」


「それはそうですが」


「ほら、三成も来い!」


「腕を引っ張らないでください!」


 秀吉が三成を連れて歩き出す。


 幸村もその後を追った。


 政宗は少し遅れて、三人の背中を見る。


「おい、政宗!」


 秀吉が振り返る。


「何をしておる。おぬしも来い」


「俺もかよ」


「飯くらい食うであろう」


「食うけどよ」


「なら来い」


 政宗は少しだけ笑った。


「……ほんと変な奴だな」


「何か申したか?」


「何でもねぇよ!」


 政宗も三人の後を追った。



 城下には、槌の音が響いていた。


 水が流れ始めた水路。


 運ばれていく石。


 炊き出しから立ち上る湯気。


 笑う子どもたち。


 働く人々。


 秀吉は、まだ天下を取っていない。


 大きな国を支配しているわけでもない。


 それでも。


 政宗には、少しずつ分かり始めていた。


 なぜ、あの男の周りには人が集まるのか。


 なぜ、身分の低かった男がここまで上がってきたのか。


 そして。


 なぜ、この男ならもっと上へ行けると思うのか。


 答えは、まだ全部見えない。


 だが。


「百姓の男が、ここまで来た……か」


 政宗は前を歩く秀吉の背中を見つめた。


「そりゃ、面白ぇわ」

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