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第2話 穏やかな生活

謎の少女は、腕の中の死体を見下ろした。


二本の指を彼の首に当てた。


待った。


もう少し待った。


「あ、本当に死んでますね」


彼女はそのまま地面に落とした。


悠真の体は、ジャガイモの袋みたいな尊厳で草の上に転がった。


少女は肩をすくめた。


「仕方ありません」


ノートを拾い、表紙についた埃を払うと、小さな土の道を歩き始めた。


三歩進んだところで、背後から声がした。


「おい! 俺をこのまま地面に置いていく気だったのか?」


少女は止まった。


ゆっくりと、首だけで振り返った。


凪原悠真が立っていた。


腹に穴はない。


血もない。


彼女は眉をひそめた。


「え? あなたに自動蘇生があるなんて、分かるわけないじゃないですか」


「たとえなかったとしても、せめて俺の死体くらい尊厳を持って扱えよ」


「知り合いでもありませんし。冒険者なんてしょっちゅう死にます。趣味で全員を埋葬して回るつもりはありません」


「俺に最後の望みがあるかくらい確認してもよかっただろ」


「八秒しか経ってませんでした」


「短い望みだったんだよ」


彼女はため息をつき、ノートを開いて何かを書いた。


悠真がのぞき込む。


「蘇生した死体とは話さない」


「それ俺のことか?」


「私の安全のことです」


少女はノートを閉じ、また歩き始めた。


悠真は声を上げた。


「待て! 君は明らかにメインヒロインだろ。俺が君に恋して、君がしばらくツンデレして、そのあと感情的な章に入るはずだったんだ!」


彼女は歩く速度を上げた。


「逃げようとしても無駄だぞ! 俺たちの道は運命づけられている!」


少女は木々の向こうに消えた。


悠真の額を、一滴の汗が伝った。


「まあ、戻ってくるだろ」


道は空っぽのままだった。


もう一滴、汗が落ちた。


「きっと……」


その時、空から神々しい音が聞こえた。


少年が道の真ん中に落ち、勢いよく地面に叩きつけられた。


「あいたぁっ!」


悠真は彼を見た。


少年はよろよろと立ち上がった。まだ乗り物酔いみたいに顔が青く、学生服を着ていて、利用規約を読まずに異世界へ転送された人間特有の表情をしていた。


「おーい、そこの人! 初心者用のスライムってどこにいるか知らないか?」


悠真は怯えた目で彼を見た。


「知らないけど、でかい木を見たら逃げろ」


「スライムは木のそばにいるのか?」


「逃げろって言ったんだ」


「じゃあ森を探してみるよ。ありがとう!」


若者は森の中へ走っていった。


悠真は手を上げたまま固まった。


「俺はそうしろとは……」


遠くで、何か木製のものが咆哮した。


悠真は聞こえなかったふりをした。


(よし、集中しろ。ヒロインには逃げられた。凶暴な園芸に殺された。しかも天上簒奪が何をするスキルなのか、まだ分かってない)


悠真は拳を手のひらに打ちつけた。


(ああ、そうだ。ステータスウィンドウ)


悠真は右手を上げ、空中で二本の指を滑らせた。


何も起きない。


左手で試した。


何も起きない。


見えない四角を描いた。


手首を回した。


空中を二回タップした。


次に、つまむような動きをした。


それから、見えない自動ドアを押し開けるみたいに、両手を前へ押し出した。


「ステータスメニューを開く」


何も出なかった。


「ステータス」


何も出ない。


「メニュー」


何も出ない。


「インベントリ」


何も出ない。


「設定」


何も出ない。


「チュートリアルをスキップ」


子どもを連れた女が道を通りかかり、足を止めた。


二人は、道の真ん中で見えない窓と戦い続けている悠真を見つめた。


悠真は咳払いした。


「これは高度な魔法です」


女は子どもの目を手で覆い、足早に歩き出した。


「見ちゃだめよ、春人。たまにこの森には変な男が出るの」


「くそっ、これすら動かないのか?」


悠真は腕をだらりと下ろした。


「最高だな。天上のスキルを持ってるのに、オプションにすら入れない」


街へ続いていそうな小道を歩き始めた。


「せめて酒場で何か飲もう」


ポケットから、硬貨の詰まった小さな袋を取り出した。


(少なくともスターターパックの硬貨はある。数日は生き延びられるだろ)


もう片方のポケットに手を入れる。


指先に金属が触れた。


「あ? スプーン?」


取り出したのは、伝説っぽいオーラなど欠片もない、銀色の普通のスプーンだった。


一緒に、折りたたまれた紙が入っていた。


悠真はそれを開いた。


蘇生アイテム:責任転嫁のスプーン。


効果:気が向いた時、責任を押しつける相手を特定する。


悠真はスプーンを見つめた。


(ああ。死んで戻ってきたら、人を告発するスプーンがついてきたのか)


ポケットにしまった。


「この世界、俺を馬鹿にしてるだろ」


そのまま歩き続けた。


(こんなはずじゃなかった……最後の瞬間を思い出すだけで……)


記憶は勝手に戻ってきた。


その日、悠真はいつも通り家から学校へ向かっていた。


普段の道が封鎖されていたせいで、少し迂回しなければならなかった。


異世界ロジスティクス株式会社のトラックが、また一人、若者をはねたらしい。


地面にはカラーコーンが置かれ、疲れた警官がぼそっと言っていた。


「今週で二十人目だ」


悠真は無視した。


迂回路で、自転車に乗った子どもが道の真ん中に止まっているのを見つけた。


「どうした?」


子どもは地面を指さした。


「電柱からケーブルが外れてるんです」


悠真は見た。


黒い。


長い。


目に見える火花はない。


彼は、その件について絶対的な知識を持つ者の自信で笑った。


「大丈夫。ただの電話線だよ」


子どもが目を見開いた。


「本当ですか?」


「もちろん。こういう動画を見たことがある」


悠真は近づき、ケーブルをつかんだ。


どうやら、高圧線だった。


次の瞬間、空が見えた。


そこで、新しい人生が始まった。


回想はそこで途切れ、気づけば街に着いていた。


低い城壁。


歪んだ屋根。


木の看板。


貧しそうな冒険者たち。


そして、安いスープと濡れた革が混ざったような匂いが、街全体に漂っていた。


大通りの中心には、誇らしげな看板を掲げた酒場があった。


一番酒場。


悠真はそれを見つめた。


(ああ、なんて独創的な名前だ)


中に入った。


酒場は簡素だった。


傷だらけのテーブル、木のジョッキ、壁際の樽、暖炉。そして、自分の包帯代すら払えない報酬について言い争う冒険者たち。


空気はシチューと、薄いビールと、期限切れの希望の匂いがした。


悠真はカウンターに近づいた。


店番をしていたのは、金髪で、きつめのエプロンをつけた、職業的な笑顔の女だった。胸だけがやけに主張していた。


悠真は笑った。


(少なくとも、変わらないものはあるな)


「すみません」


彼女は悠真を見た。


「はい?」


悠真は背筋を伸ばした。枝と葉っぱと泥まみれなのに、自分なりの謎めいた冒険者顔を作る。


「遠方から来た者だ。食事はいくらか教えてもらえるか?」


その瞬間、小さな影が彼の背後を通り過ぎた。


速い。


軽い。


ほとんど視界の錯覚だった。


給仕の女は気づいた様子もなかった。


「五枚です」


(あ? 金の単位、ただの枚なのか? 現地通貨のかっこいい名前はどこに行った?)


悠真はカウンターに肘をついた。


「ああ、そうか。俺はここに、硬貨でいっぱいの袋を持っている。見ての通り、俺は資産のある男だ。安定と、支払い済みの食事と、場合によっては人生まで提供できる男で――」


止まった。


左ポケットに手を入れた。


スプーン。


右ポケットに手を入れた。


何もない。


左に戻る。


スプーン。


右に戻る。


何もない。


その作業を五回繰り返した。


給仕の女が首を傾げた。


「それで?」


悠真は固く唾を飲み込んだ。


「お嬢さん、今思い出したんだが、俺はトイレに行かないといけない。すぐ戻る」


その日二度目の魂離脱を起こした男みたいな、不自然な落ち着きでカウンターを離れた。


奥の小さなトイレに入り、扉を閉め、木箱の上にポケットの中身をぶちまけた。


スプーン。


紙。


硬貨はない。


悠真は固まった。


腹が鳴った。


外から、給仕の女の声が扉を抜けてきた。


「冒険者さん? 逃げる前に払います? 逃げた後に払います?」


悠真は責任転嫁のスプーンを見た。


スプーンは悠真を指していた。


「史上最悪の転生初日だ」


その時、スプーンが震えた。


ゆっくりと、トイレの扉の方へ向きを変えた。


扉の向こうで、誰かが小さく笑った。



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