第13話 風呂
温泉から、湯気がゆっくり立ち上っていた。
ルリカは動かなかった。
目の前、湯の向こう側に、セリアがいた。
長い黒髪。
濃い紫の目。
風呂の中で、湯気が体の一部を隠しているのに、彼女は湯気の配置まで計算された一枚の絵のように見えた。
ルリカは瞬きをした。
それから、もう一度瞬きをした。
指先が震え始めた。
小さな黒い円が、水面に開いた。
風呂の上の空が、細い線で割れた。
「セリア、どうしてここにいるんですか?」
セリアは空を見た。
驚いた様子はなかった。
ただ、わずかに顎を上げただけだった。
「では、まだ黒魔法を制御できていないのですね?」
彼女の指が水面に触れた。
黒い雫が、落ちる代わりに上へ昇った。
雫は小さな円形の封印に変わった。黒いガラスのように薄く、空中で一度だけ回転した。
セリアが一言つぶやいた。
封印が開いた。
そこから、鳥ほどの大きさの小さな影の使い魔たちが現れ、音もなく空の裂け目へ上っていった。黒い縫い手のように、裂けた現実の縁に張りつき、一つずつ閉じていく。
空は元に戻った。
(ああ、様になってるな)
セリアはルリカに微笑んだ。
「魔導師とは、こう振る舞うものです」
ルリカは唇を引き結んだ。
彼女の周りの湯が泡立ち始めた。
「分かっています。これはただの一度きりの事故です。あなたに会うとは思っていなかったからです」
(ん? 単発? 毎日起きてるぞ)
「では、最高位魔導師に近づいているおつもりなのですね」
ルリカは視線を泳がせた。
話題をそらそうとしていた。
「あ、はい。ですが、その前に」
軽蔑するような目で悠真を見た。
「あなたは何をしているんですか?」
悠真は湯の中から頭を出した。
風呂の隅に寄りかかった。
濡れた髪を手でかき上げ、作り物の自信で顎を上げた。
ランタンの光が湯気に反射した。
一瞬だけ、彼は謎めいた、大人で、危険な男に見えるよう振る舞った。
「なあ、ルリカさん……」
大げさに間を置いた。
水まで待っているようだった。
「これは……」
悠真は、まるで世界の禁じられた真実を明かすかのように、胸に手を当てた。
「混浴だ」
混浴という言葉が、ルリカの頭の中で反響した。
混浴。
混浴。
混浴。
彼女の顔は耳まで真っ赤になった。
「こ……こ……混浴?」
湯の中で自分の体を抱きしめ、肩だけが見えるくらいまで縮こまった。
空には、もう新しい裂け目が生まれ始めていた。
「心配しなくていいわ、ルリカ」
ルリカはセリアを見た。
彼女は穏やかだった。
「この男性は、変態に見えますが、度胸がありません」
悠真は、専門家に見抜かれた人間の顔でセリアを見た。
セリアは続けた。
「彼がここに来た時、私はすでに湯の中にいました。私を見た彼は、怖がりすぎて、湯に入るまで二十分ほどかかりました。その後、私に怯えた表情を見られないように、顔の一部を湯の中に隠していたのです」
悠真は魂が体から離れるのを感じた。
「つまり、この男性は明らかに……」
(その言葉を言うな。それだけはやめろ)
「童貞です」
その言葉が風呂を貫いた。
童貞。
童貞。
童貞。
悠真は固まった。
ルリカもだった。
三秒間、水の流れる音だけが聞こえた。
セリアは風呂から立ち上がった。
湯気が白いヴェールのように彼女の体を覆い、優雅なシルエットと、濡れた黒髪と、人生で一度も取り乱したことがない人間の落ち着きだけを残した。
悠真はパニックになり、首が折れそうな勢いで顔をそむけた。
セリアは横目で彼を見た。
「言ったでしょう?」
タオルを取り、落ち着いた動作で体に巻き、出口へ向かった。
ルリカが呼び止めた。
「セリア、どうしてここにいるんですか?」
セリアは扉のそばで止まった。
「分かりきっているでしょう?」
肩越しに振り返った。
「私は光輝様の女の一人です」
扉が閉まった。
ルリカと悠真は、風呂に二人きりで残された。
湯気が少し重くなったように見えた。
ルリカはゆっくり立ち上がり、出る準備をした。
悠真は、まだ半分、羞恥に溺れたまま、ほとんど本能のように手を伸ばした。
彼女の腕をつかんだ。
その瞬間、何かが見えた。
短い映像。
子どものルリカが、床に膝をついていた。
空には黒い裂け目が開いていた。
石が宙に浮いていた。
小さな顔に涙が落ちていた。
そして、その前に、子どものセリアもいた。
立っていた。
真剣な顔で。
ルリカを見下ろしていた。
映像は消えた。
悠真は現在に戻った。
手はまだルリカの腕をつかんでいた。
ルリカは、また空に裂け目を開きそうなほど赤くなっていた。
「悠真さん、放してもらえますか?」
「悪い」
悠真はすぐに放した。
ルリカはそれ以上何も言わずに出ていった。
悠真は顔をそむけたまま、彼女が扉の向こうへ消える気配だけを聞いていた。
風呂に一人で残された。
(何だったんだ、今のは? 記憶? 夢? 湯気の幻覚?)
ゆっくりと、鼻先まで頭を水に沈めた。
湯気が彼を包んでいた。
ランタンが輝いていた。
それでも、彼は二文字の言葉に敗北した気分だった。
(忘れかけていた。転生した後でも、俺は女に縁のない童貞のままなんだ)
そのまま一人、鼻先まで沈んでいた。
屋敷の中では、ノノアが長い廊下を歩き回っていた。
床は輝いていた。
壁には高そうな絵があった。
花瓶も高そうだった。
ドアノブでさえ、魔王の報酬より価値がありそうな顔をしていた。
ノノアは、何かが目に留まって足を止めた。
ガラスケースの中に、宝石が置かれていた。
小さく、淡い青色で、中心に柔らかな光を閉じ込めていた。その中に朝が丸ごと一つ入っているようだった。
プレートにはこう書かれていた。
朝光の結晶。
ノノアは笑った。
「高そう」
数秒後、石は彼女の手の中にあった。
そのまま廊下を進んだ。
廊下の途中で、ノノアは自分の手のひらを見た。
空っぽだった。
瞬きをした。
「あれ?」
もう一度、展示ケースを見た。
石はそこになかった。
「朝光の結晶が欲しいなら、素直にお願いしてくれればよかったのに」
声は甘かった。
ノノアは振り向いた。
白に近い明るい髪の少女が、彼女の後ろに立っていた。
柔らかな目、薄い青の服、簡素なリボン、そして胸の前でそろえた両手。
その手のひらで、朝光の結晶が光っていた。
ノノアは目を細めた。
少女はわずかに首を傾げた。
「白羽リリアです。よろしくお願いします」




