第10話 犠牲
リーゼが踏み出した。
ブーツの下で草が裂けた。
白と金の剣が、目で追えない光の線を空中に残した。
魔王は魔法の盾を上げた。
遅すぎた。
リーゼはもう、魔王の横にいた。
彼女の刃が鐘のような音を立てて盾にぶつかり、六角形の板を裂き、魔王の巨体を数歩後ろへ押し戻した。
悠真は口を開けたまま固まった。
(待て。こいつ、二日前まで盗んだ荷車の中で寝てたよな)
魔王は足を地面に踏みしめ、燃える剣で応じた。
その一撃は大振りで、重く、空き地を二つに割るほどだった。
リーゼは体を低くした。
炎が彼女の髪すれすれを通り過ぎた。
次の瞬間、光の剣が下から跳ね上がり、魔王の顎を打った。
衝撃で、魔王の体が地面から浮いた。
ノノアが硬貨を一枚落とした。
「あ。貴族って、ちゃんと戦えるんだね」
魔王は膝をついたが、すぐに立て直した。
盾がもう一度輝いた。
燃える剣が回転した。
炎が輪を描いて地面に広がった。
リーゼは止まらずに炎を突っ切った。
白い鎧が下から照らされた。
彼女の目は冷たいままだった。
集中していた。
一片の迷いもなかった。
ルリカは両手で帽子を押さえた。
「リーゼさん……すごいです」
金色の剣が振り下ろされた。
一撃が盾に当たった。
盾に亀裂が入った。
もう一撃。
亀裂が広がった。
さらに一撃。
魔王は遠くへ弾き飛ばされ、草を削りながら転がり、古い石にぶつかって土煙を上げた。
空き地は半秒だけ静まり返った。
リーゼは少しだけバランスを崩した。
立て直した瞬間、もう一度、魔王の方へ走り出した。
(今だ。最後の一撃だ)
光の剣がさらに強く輝いた。
リーゼは体を前に傾け、脚に力を込め、金色の矢のように飛び出した。
二秒間、それは完璧な攻撃に見えた。
三秒目で、石につまずいた。
顔から地面に倒れた。
光の剣は彼女の横の草に突き刺さり、まだ輝いていた。
三人は痛ましそうに彼女を見た。
「痛っ!」
悠真が二歩前に出た。
「気絶してる」
少し目を細めて、よく見た。
「あ、違う。ただ寝てる!」
リーゼは草の上で深く眠っていた。
呼吸は穏やかだった。
表情は、安らかだった。
魔王がゆっくり立ち上がった。
鎧はあちこち砕けていた。
魔法の盾は震えていた。
それでも、燃える剣はまだ燃えていた。
「君たちの騎士は化け物だな」
その声は低く、怒りに満ちていた。
「だが、眠った化け物なら焼ける」
魔王が剣を掲げた。
炎が刃を上り、切っ先に集まり、火柱になるまで膨れ上がった。熱で草が折れ曲がる。空気が赤く染まった。リーゼの影が地面に映った。小さく、動かず、攻撃の中心にぴたりと置かれていた。
悠真は息を詰めてそれを見ていた。
その時、自分だけが外側からそれを見ていることに気づいた。
ルリカは裂け目を開こうとしていたが、空は震えるだけで開かなかった。
ノノアは自分の手を見ていた。魔王に触れようとするのは不可能だと分かっていた。それでも、指先だけはまだ何かを探していた。
それでも、二人は残っていた。
魔王とリーゼの間に。
(本当は、もう薄々気づいてた)
悠真は喉が乾くのを感じた。
(でも昨日、確信した。俺のスキル、天上簒奪は、もう何度か発動してたんだ。完全な力が出たのは一度だけだったけど)
テントを思い出した。
背中の下にあった石。
肋骨に走った乾いた痛み。
(昨日、クエストの話を聞いたあと、テントで横になった時、下にあった石の上に寝た。肋骨が鳴って、かなり痛かった)
開口部から外をのぞいたことを思い出した。
空の裂け目。
今ルリカが魔王に撃ったものよりも大きな黒い魔法。
(テントからのぞいた時、裂け目は、今あいつが魔王に撃ったものよりずっと大きかった)
火の剣が下り始めた。
(本当は、俺は天上簒奪が何なのか知ってる)
悠真は前に出た。
(どれだけ否定しても……)
走った。
(今、あいつらを助けるために何をしなきゃいけないか、分かってる)
ルリカとノノアは目を閉じた。
火の刃の熱が近づいてくるのを感じていた。
近づくほど、その熱は強くなっていった。
そして、その熱が不意に止まった。
二人は目を開けた。
悠真が、二人の前にいた。
燃える剣が、彼の体を貫いていた。
刃は胸から入り、背中へ抜け、青と橙の炎に包まれていた。
一瞬、誰も息をしなかった。
空き地から音が消えた。
あるのは、火だけだった。
そして悠真が立っていた。両手で刃をつかみ、自分の運命がこれ以上振り下ろされるのを止めようとしているみたいに。
ルリカは地面に膝をついた。
「どうして?」
巨大な裂け目が空に開いた。
今度は、裂け目ではなく深淵だった。
昼の光が暗くなった。
石が浮き始めた。
ルリカの影が、こぼれたインクのように草の上へ広がった。
悠真は振り返り、最後の瞬間に笑った。
「心配すんな。もう初めてじゃない」
黒いエネルギーが空き地の上で爆発した。
ルリカは両手を上げた。
空全体が、彼女に従ったように見えた。
裂け目は重なり合う巨大な円となって開き、深く、底がなく、紫色の紋様に満ちていた。魔法が下り始めた。
魔王は悠真の体から剣を引き抜き、必死に傘を差すように魔法の盾を上へ掲げた。
六角形の板がまた開いた。
防護の領域が、彼を丸ごと覆った。
攻撃が放たれた。
だが、何も現れなかった。
沈黙。
魔王は困惑してルリカを見た。
ルリカは静かに微笑んだ。
「知っていますか。私には、私のものを盗むのがかなり好きな仲間がいるんです」
彼の背後で、ノノアが立っていた。
彼女の手は、黒と紫の光で輝いていた。濃すぎる光が、指を震わせている。ルリカから盗んだ魔法は、闇の星の群れみたいに腕の周りを回っていた。
その笑みには集中があった。
危険があった。
愉悦があった。
「厳密には……」
ノノアは、魔王の無防備な脇腹へ手を向けた。
「これもまだ利益になるよ」
魔法が横から撃ち放たれた。
黒い槍が空き地を一直線に貫いた。
魔王には盾を向ける時間がなかった。
光が彼を飲み込んだ。
音のない、深い爆発が起きた。風を空き地の外へ押し出し、剣の炎を一息で消した。
すべてが白くなった。
少しして、悠真は目を開けた。
草の上に横たわっていた。
胸にはもう穴がなかった。
体は、代金を請求されたみたいに痛かった。
「ん……やったのか?」
ノノアが彼を見た。
「どう思う?」
悠真は頭を横に向けた。
空き地の中心には、巨大なクレーターがあった。
土は黒くなっていた。
煙が細い柱になって上がっていた。
魔王に残っていたのは、ひび割れた盾、火の消えた剣、片方だけのブーツ、そしてゆっくり燃えている破れたマントだけだった。
悠真の目に涙が浮かんだ。
「じゃあ、やったのか? この世界で一番強い生き物を倒したのか?」
ルリカとノノアは彼を見た。
それから、腹を抱えて笑い出した。
ノノアは笑いながらも、なんとか言った。
「一番強い? あはは……中級の敵だよ」
悠真の表情が落ちた。
ルリカは笑いをこらえようとした。
「魔王は何百体もいます。遭遇するのは、よくあることです」
悠真は信じられなかった。
「じゃあ魔王って、普通の敵なのか?」
ノノアは笑うのをやめた。
「報酬で二週間分の食事代が払えるかどうかも怪しいね」
悠真は草の上に座っていた。
中身は、死んでいた。
外側は、厳密には生きていた。
その時、遠くに何かが見えた。
誰かが魔王の残骸のそばにしゃがみ込み、まるでダンジョンの終わりに着いたみたいに持ち物を漁っていた。
それは黒い髪の少年だった。輝く金色の鎧、新しいマント、完璧なブーツ。背中には、青いルーンで覆われた巨大な剣。指には魔法の指輪。腰には、レアアイテムでいっぱいの袋がついていた。
少年は魔王のブーツを拾い、それを見て、つぶやいた。
「へえ。魔王を倒したんだ」
少年はパーティを見た。
それから、悠真に視線を留めた。
「あ、君か! 初期森で道を教えてくれた人」
悠真は驚いて口を開けた。
「ん? 待て、数日でどうやってそんな装備になったんだ?」
少年は笑った。
「レベル999だから」




