夜の訪れ
一足先にお風呂に入ったせいで身体が熱くなってきた。
一度休憩を兼ねて、皆を真似て僕も身体を洗ってみよう。
そう思って浴槽から出ると、エンフェルトに加えて、ステラも一緒に上がってきた。
「お背中流しします!」
「いや、私が流してあげる」
「団長は浸かってていいですよ?」
「ステラこそ泣くほど嬉しかったんだろう?もっとゆっくり堪能したらいい。
優の面倒は私が見る」
「そうですか?…じゃあ、団長に譲ってあげますね」
ステラは浴槽に戻り、他のお姉ちゃんのところに移動していった。
エンフェルトは予め汲んであったお湯で、僕の身体を洗ってくれた。
「頭を洗うから目を閉じて」
「はーい」
「かゆいところはない?」
「うん、大丈夫」
「それじゃ、お湯を掛けるからね。3・2・1…」
カウントの後、頭からぬるめのお湯が勢いよく降り注ぐ。
これで全身が綺麗になった。
再びエンフェルトと一緒に浴槽に身体を沈め、
それから、しばらく経った。
「そろそろ熱いだろう?上がろうか」
「エンフェルトはもういいの?僕、待ってるよ」
「もう十分だよ。行こう」
立ち上がり、浴室を出ようと歩き出す。
それに気付いた一人が僕にお礼を叫び、それに皆が続く。
「手を振ってあげて」
言われた通りに手を振ると、皆が一斉に手を振り返す。
そんな中、ステラが浴槽を飛び出して駆け寄ってきた。
「団長!このお湯でパンとか作ってもいいですか?」
「ダメに決まってるだろ」
「えぇ~…でもぉ…このお湯、まだ二等級から三等級くらいの価値ありますよ?」
「我々だけならともかく、優には食べさせられない。
私だって入った風呂の残り湯で作ったパンなんて…」
「僕、まだお水出るよ?」
大量の水を出した事でさらに慣れてきた。
指をピストルの形にし、水鉄砲のように連射して見せると二人は言葉を失った。
逆に、僕は思い通りに水が出せて楽しくなってきた。
「あはは!これすごい!見て!」
「…だ、団長…」
「…ああ…」
「…あれ全部で銀貨二枚分くらい、無駄になってますよ…」
「金の問題じゃない。真面目な話、聖女と何が違う?」
「…多分、優の願いの一つ目じゃないですか?確か、丈夫な身体って…」
「いくら能力を使っても疲れないほど"丈夫な身体"か?」
「…単純に、聖域を作る方が疲れるだけかもしれませんけど…」
「…我々には想像する事しかできないな…」
エンフェルトに止められるまで、十分に遊んだ。
水は僕のイメージ通りに飛んでいくから面白い。
次のお風呂の時は、もっといろいろ考えて遊んでみよう。
「そうだ。全員、明日から軍服を着用しなくていい」
「…いいんですか?」
「もう、気を張る必要もないだろう。
少なくとも、優が無事なうちは自由で良いじゃないか」
エンフェルトの言葉に歓声が沸いた。
カッコよかったのに、あの服、皆嫌いなのかな?
「ステラ、風呂が済んだら声を掛けろ。
優に水を出してもらって、ちゃんとパンを作ろう」
「団長!」
「優に良い物を食べさせたいし。今までゴミ同然だった穀物も宝に変わる」
「うわー!楽しくなってきましたね!急ぎます!」
「いや、ゆっくり風呂を堪能してからこい。
…一応、時間を空けた方が、優の身体にもいいかもしれない」
「わかりました!だってさ皆ー!」
ステラは再び浴槽に飛び込んだ後、泳いで皆の元に向かった。
僕も真似しようかと思ったけど、
エンフェルトが呆れていたのでやめておいた。
服を着て、すぐに部屋に戻る。
すると、エンフェルトはベッドに倒れこむように横になった。
「エンフェルト、大丈夫…?」
「少しだらしなかったかな?…でも、身体の力が抜けてしまった。
…優も、おいでよ…」
「…うん…」
誘われるままに、ベッドに乗る。
するとエンフェルトに手を引かれて、すぐに捕まった。
後ろから抱き締められるような格好で、何度も頭を撫でられる。
「…どうかな?私は、臭くない?」
「うん。石鹸の、いい匂いがする」
「…そっか、よかった…。
…少しの間だけ、こっちを見ないで…」
僕の背中で、エンフェルトは多分泣いていた。
見ないでと言われたから、僕はそれを守った。
やがて静かになり、小さな寝息が聞こえてくる。
だから、僕もそっと目を閉じた。
しばらくして、
どれくらい眠ったのかわからないけど、ステラに起こされた。
「ちょっと優に団長!眠るのにはまだ早いですよ!」
「…ステラ…?」
「パン、作りましょ!優にお水出して欲しいんです!」
「…今行く!エンフェルト起きて!」
「…うん…?…ああ、寝てたのか…」
「団長がお昼寝するのなんて、初めて見ました」
「…もう軍人だからと自分に厳しくする必要もなくなったから、気が抜けた」
「良い事じゃないですか。
…優は私が面倒を見ますから、このまま寝てますか?」
「…いいや、起きるよ…」
エンフェルトはまだまだ眠り足りなそうだったけど、
一度背伸びをすると、いつもの凛々しい表情に戻った。
それからすぐに食堂に移動した。
食堂には普通の服に身を包んだお姉ちゃん達が、十人くらい集まっていた。
「他の皆は?」
「お風呂のお湯を使って色々洗ってくれてます。もちろん浴槽の中も」
「そうか。なら我々だけでパンを作ろう」
エンフェルトが指示を出し、皆で手際よく行動した。
僕は樽に水を入れて、それを使って洗い物から始めた。
大雑把に洗い物が終わり、一枚の大きな木の板が目の前に置かれる。
「優も手伝ってくれる?」
「うん!どうすればいい?」
「まず粉と水とちょっとの塩を入れて混ぜようか」
エンフェルトに教わりながら、生地を捏ねる。
最初はべたべたしていた生地が、徐々にまとまってきて面白い。
それを此処に居ない人の分も作ったから、二回繰り返した。
「ふぅ。疲れてきた」
「ご苦労様。これで明日はパンが食べられるね」
「えっ!今日これ食べられないの?」
「寝かせた方が膨らんで美味しいんだよ」
「…今日の晩御飯は無し?それか、また乾パン?」
「いいや、乾パンより良い物をステラが作り始めてる」
確かにステラの姿が見当たらない。
よく探すと、一番奥の厨房で、一人で何かをしている。
この城に残された備蓄は大量にあると、
ステラの後ろ姿を見ながらエンフェルトが教えてくれた。
ただ、そのどれもが水が必要な物ばかりで、
売り物として価値が無かったから、たまたま残っているとも言った。
「塩漬けにされた干し肉なんかも大量に余ってるよ。優が居ればご馳走に変わるね」
「そうなんだ。今日はなんだろう?」
「さあ、なんだろうね」
エンフェルトはメニューを知っているような口ぶりだったのに、
教えてくれなかった。
僕達は作った生地をお皿に移し、蓋をして休ませた。
それから少し座って待っていると、料理を持ったステラが現れた。
「じゃーん!干し肉のパスタです!なんと、野草も少し入ってます!」
「わぁ!美味しそうだね!」
「団長の分もありますよ!指示通り、私達の分は野草無しです!」
「ああ、ありがとう」
「皆の分には葉っぱ入れないの?」
「中庭に生えてる野草って、少なくって…。
優がお水を撒いてくれたら、きっといっぱい生えるから、優が優先なんですよ」
「僕、頑張るね」
「さぁ、食べよう」
アツアツのパスタを口いっぱいに頬張る。
乾パンと違って柔らかくて、少し塩辛い干し肉と相性がいい。
「…美味しいですか?」
「美味しい!ステラは料理が上手だね」
「…えへへ…私、元は給仕係だったんで料理は得意なんです!
それじゃ、ゆっくり食べてくださいね!」
その後、続々と現れたお姉ちゃんにもステラは料理を振舞った。
メニューは全部同じで、野草無しの干し肉のパスタ。
それを、皆が嬉しそうに食べる。
「それじゃ、私達は先に行くよ」
「はい!それじゃ優、また明日ね!」
「うん、また明日」
ステラと皆に見送られ、食堂を後にした。
途中でトイレに寄り、エンフェルトの部屋へと戻る。
そしてエンフェルトは初めて、部屋の扉に鍵を掛けた。
「優。約束の水を一杯、貰えるかな」
「うん、いいよ」
エンフェルトのコップと僕のコップに水を並々と注いだ。
エンフェルトはそれを半分ほど一気に飲み、大きく息を吐く。
ふと窓を見る。
なんだか、外が暗くなり始めた。
エンフェルトはランタンに火を灯し、部屋がおぼろげな明るさに包まれる。
「火は危ないから、優は触らないでね」
「わかった」
「…おいで、優…」
再びベッドに横になったエンフェルトに抱き締められる。
温かくて、とにかく安心する。
ずっとずっと、こうして居たいと思った。
…。




