汚れた浴室
ステラは手を振りながら部屋を後にした。
エンフェルトと二人になると、さっきの矛盾を指摘される。
「優は結局、子供なの?大人なの?」
「うーん、よくわかんない…。
そういえば、間違いが起こるって何を間違えるの?」
「優なら間違えてもいいよ。だから、気にしなくていい」
「うん?わかった」
寝る部屋も決まり、必要な物を探しに行こうとエンフェルトが言った。
誰も使ってない部屋の物なら、基本的には早い者勝ちだそうだ。
「でも、独占しちゃいけないんだ。
私達は全員が仲間で、皆が家族だみたいなものだから」
「使う分だけ?」
「そういう事。優は頭が良い」
部屋を出て、まず向かった先はまた食堂だった。
此処から好きなコップを一つ選んでいいらしい。
「どれを選んでもいいけど、なるべく綺麗な物がいいね」
「うーん、これにする!」
「これだね。私のコップとよく似てる」
エンフェルトのコップより一回り小さい、似たデザインのコップ。
並んで置けば親子みたいに見えると思って選んだ。
「それじゃ次は、服だね」
「僕も皆と同じ服がいい」
「これ?この服は着心地が良くないし、重たいからやめた方がいいよ」
「ならエンフェルトはなんで着てるの?」
「これを着てる間だけ、自分を女だと思わなくても済むからね」
「エンフェルトは女の子でしょ?」
「…そうだね。…いや、でも…まぁ、なんて言うのかな…
…女として、最低限の手入れもできてないし…」
「ふーん?」
よくわからなかったけど、困ってたみたいだからそれ以上聞かないようにした。
それに軍服の子供用は無いみたい。
仕方なく、エンフェルトにいくつか適当に選んでもらった。
「これが綺麗だし着やすそうだね」
「ありがとう。僕、どういうのがいいか全然わからないや」
「相談に乗るから、何でも気軽に聞いていいよ」
コップと服を一度部屋に持ち帰り、再度、城の中を歩き出す。
次は何が必要なのかと考えたけど、思い浮かぶものはない。
「次は何処に行くの?」
「トイレの場所を教えるよ。それが終わったら今日は休もう」
「お風呂はある?」
僕が聞いた瞬間、エンフェルトが歩みを止めた。
そのまま固まって、繋いだ手に力が入った。
「エンフェルト?」
「…あ、ああ…」
「どうしたの?大丈夫?」
「…お風呂は、あるにはあるよ…。
…とても、広いお風呂があってさ…」
「ほんと?トイレより先に見たい!」
「…そうだね、見るだけ、見ようか…」
エンフェルトはお風呂が嫌いなのか、明らかに口数が少なくなった。
もし嫌いでも、僕は気になる。
お風呂にも何年も入ってないから、せっかく元気になったから入りたい。
できれば、泳げるほど広いと嬉しい。
そんな希望を抱きつつ、廊下を歩く。
「…此処だよ」
お風呂はかなり離れた場所にあった。
扉を開けるとかなり広い脱衣所が姿を現し、その奥の浴室はさらに広い。
ただ、部屋中が埃だらけで、長年使われてない雰囲気がすごい。
「うわぁ~…。…なんだかすごいね…」
「…そうだろう?お風呂は諦めて、部屋に帰ろうよ」
「エンフェルト、お風呂嫌いなの?」
「…好きだよ。好きだから、入れないのが辛いからあまり見たくない」
「壊れてるの?」
「ううん。さっきも言ったけど、水が何より貴重だからね。
こんなに広い浴槽なんて、一生満たされる事はないよ」
「壊れてないんだ!なら、僕が水を出すね」
「…優、待って待って」
エンフェルトは今日見た中で、一番複雑な顔をしていた。
また僕の肩を掴んだけど、今度は手がすごく震えている。
「…お願い、部屋に戻ろう」
「…僕、お風呂入りたい」
「…私だって入りたいよ…。
…でも、このお風呂いっぱいの水を出すのは許可できない…」
「平気だよ。ちっとも疲れてないもん」
「…ダメだよ…。…私を惑わせないで…」
泣きそうな顔のエンフェルト。
困らせたくはないけど、僕はこの広いお風呂にどうしても入りたい。
「僕が掃除するから!」
「…。…優、良く聞いて」
エンフェルトの目が、最初に見た時と同じように鋭くなった。
もしかして、我儘を言い過ぎて怒らせたのかもしれない。
少しだけ僕が怯えると、察したエンフェルトはまた泣きそうな顔になった。
「ごめん、怒ってるわけじゃない。でも、本当に良く聞いて…」
「…うん…」
「聖女も昔、力を使い過ぎて倒れた事があるんだ」
聖女が此処に来て間もない頃、力の使い過ぎで倒れた事がある。
三日三晩昏睡し、目を覚ました後もしばらく体調がすぐれなかった。
後に聞いた話では、能力を使えば使うほど、疲労を感じていたらしい。
「優にも同じ事が起こるかもしれない。
慣れるまで力の制御が難しかったと、そうも言っていたみたい。
だから、優の力は少しずつ様子を見て、大事に大事に使っていきたい。
…どうしてもお風呂に入りたいなら、優専用の小さいのを作るから待って」
「…此処がいい…」
「…優…。…優がそこまで言うなら、わかった」
「…ほんと?」
「ああ。でも掃除をしないと行けないから、今日だけは諦めてくれる?
お湯にする為に、色々準備も必要だからね」
「そっか!」
「でもそうだね…。掃除をする為に、このお風呂に少しだけ水を張ってくれるかな?
…身体に違和感を感じたら、すぐに止めるんだよ?」
我儘を言っている自覚はある。
でも、ずっと我慢してたから、出来る事は全部やっていきたい。
そんな僕の意思を、エンフェルトは最後に受け入れてくれた。
エンフェルトに見守られながら目を閉じる。
コップ程度の水なら、集中しなくてもすぐ出せる。
でも此処は広いから、コップの何百倍にもなりそうだ。
コップを注ぐときの量じゃ、時間が掛かり過ぎる。
だから僕も本気を出すために、気合を入れて意識を集中させる。
身体中の血液が清流に変わり、やがて激流のように荒れていく感覚がした。
「優!」
「…え?」
目を開けると、お風呂は水で満杯になるどころか溢れかえっていた。
浴槽から溢れた水の排水が追いつかず、一時的に僕の足首まで水に浸かっている。
当然、エンフェルトの服も靴も濡れてしまった。
「…ごめんなさい、エンフェルトの靴、濡れちゃった…」
「そんなことはどうでもいい!身体は!?意識ははっきりしてるの!?」
「うん、元気だよ」
「…そうか…よかった…」
エンフェルトは濡れた床にへたっと座り込んで、お尻まで濡れていた。
それを気に留める事なく、僕をギュッと強く抱き寄せる。
「…急に力を出し過ぎだよ。…びっくりさせないで…」
「…ごめんなさい…」
「…ううん…無事ならいいよ…。大きい声を出してごめんね。
…泣かなくていいんだよ、優は悪くない」
我儘を言って、結局エンフェルトに迷惑を掛けてしまった。
それを怒られるならまだしも、優しくされて涙が止まらない。
悔しくて大泣きし、部屋中に鳴き声が反響する。
その間、エンフェルトはずっと優しく声を掛けてくれた。
「…大丈夫だよ…。…全部、優が無事なら大丈夫…」
…。




