乾パン
部屋を出ると一本道の暗い廊下があって、その先に階段があった
階段を上がると教会みたいな場所に出て、急に視界が広がった。
「今まで地下に居たの?」
「そうだよ。あの場所でしか転生者は呼べないんだ」
「僕の他にも誰か呼ぶ?」
「…いや、もう必要な触媒が無いから呼べないんだ。
それに優が来てくれたから、呼ぶ必要もなくなった」
エンフェルトは後ろを振り返り、女神像に向かって両手を組んだ
初めて見たけど、お祈りしてるんだと思った。
「…さぁ、行こうか」
お祈りは、ほんの短い間だけだった。
女神様に何を祈ったのか気になったけど、聞いてはいけないような気がした。
教会を出ると、まだ建物の中に居たので僕は驚く。
「どうなってるの?今、僕達外に出たんじゃないの?」
「此処はこの大陸で一番大きな城だよ。
聖域に大聖堂を立てて、それを守るように大きな城で囲んだ。
とりあえず、歩きながら説明するね」
この広すぎるお城がある場所は数年前まで王都だったそうだ。
城には王様だけじゃなく、使用人から騎士まで全員が暮らして、沢山の人で賑わい、活気に溢れかえっていた。
「魔王が復活して、この辺り一面の大地が瘴気に侵された。
城だけは聖域の影響か、無事だったんだけど、畑も川も全て使えなくなってしまった。
だから、瘴気が届かない遠くに引っ越したんだ」
「…エンフェルト達は出て行かなかったの?」
「名前で呼びたいの?まぁ、いいかな…
もちろん、一度は此処を捨てた。
だけど、さっきも言ったけどあの部屋でしか転生者を召喚できないじゃない?」
「うん」
「精鋭部隊で此処に戻って、召喚したんだけどさ。
ものすごい外れを引いちゃってね」
「…僕みたいな?」
僕がそれを口にした瞬間、エンフェルトは立ち止まる。
そして、僕と視線を合わせる為にゆっくりとした動きでしゃがみ、まっすぐ僕を見つめてきた。
「優。君が来てくれて本当に助かったんだ」
「…そう?」
「能力だけじゃない。優しい君が来てくれてよかった。
…最初は、冷たい態度と、ひどい事を沢山言って、本当にごめん…」
「ううん、気にしてないよ。それで、外れって?」
「…ああ、思い出すだけでも腹立たしいんだけどね」
僕が続きを促すと、立ち上がって再び歩き出した。
「当たりか外れかで言えば、能力は大当たりだったんだ。
ただ、性格が終わっていた」
七年前、召喚によって現れた女の子は新しく聖域を作る事ができた。
聖域はその女の子を中心に広範囲で発動し、魔獣も、瘴気の侵入さえ許さなかった。
「それに加え、時間は掛かるみたいだけど瘴気に侵された場所だって回復した」
「本当にすごいね」
「…ああ、最初は聖女の誕生に国民全員が喜んだ。けどね…」
聖女はかなり臆病で、度を越えた我儘だった。
自分の能力が防御に関して最強だとわかると、新しい王都に引きこもった。
他人の事なんて考えず、今は悠々自適に贅沢な暮らしをしているそうだ。
「たちが悪い事に、そんな彼女は貴族や権力者に支持されている」
「なんで?」
「彼女が王都に居続ける方が、自分達は安全だからね。
頭のいかれた連中からすれば、引きこもり続けてくれた方が嬉しいわけだ」
「…皆、自分勝手なんだね」
「それだけじゃない」
貴族を味方につけた彼女の我儘は天井知らずだった。
顔の良い者や能力の高い者を己の中心に集め、守る必要もないのに守らせている。
「…自分だけの楽園を作っている気分なんだろう。
貧しい国で、自分だけ特別に贅沢な暮らしが出来るのが楽しいんだ」
「それが嫌で、エンフェルト達はこっちに来たの?」
「…いや、一度説得をしようとしたら王都を追放された。二度と立ち入る事を許さないそうだ」
「皆も?」
「…皆は、私の王都追放を抗議した結果、同罪になってしまったんだ。
皆には、悪い事をした」
追放は死罪に等しい罰だ。
王都を追放された彼女達が選んだ場所がこの城。
聖域があるおかげで内部だけなら安全だけど、問題も多かった。
「食料は王都に運びきれなかった備蓄があるから、ぎりぎりなんとかなってる。
でも肝心の水が手に入らなかった」
「水なら僕、役に立てるかも」
「そうだよ。私達にとって一番欲しかった」
「今まではどうしてたの?」
「変装して王都に買いに行っていた。
この城に残っていたありとあらゆるものを金に換えて。
ただ、素性がわからない奴に売ってくれる店は少ない。
売ってもらえても三等級以下の濁った水で、しかもかなり足元を見られた」
その水も二日前に飲み切ってしまったらしい。
もう全員分の水を買うお金もなく、召喚が最後の手段だった。
「召喚は二度失敗してるから、正直怖かった。
でも勇気を出してよかったよ。優が来てくれたから」
「…えへへ…」
エンフェルトはことあるごとに僕を褒めてくれる。
それがこそばゆくって、でも嬉しい。
「さぁ、此処が食堂だ」
「食堂!?…僕、お腹空いちゃった…」
「何か食べさせてあげるよ。ロクな物はないけど、我慢してね」
大きな扉を開けると長いテーブルがいくつも並んでいる。
その奥の方に乱雑に麻袋が積まれていて、手前に誰か立っていた。
「あ、団長に優。どうしたんですか?」
「城の案内をしてる最中だ。でも優がお腹が減ったんだって」
「任せてください!残ってる物の中で上等な物を探します!」
しばらく待つと乾パンみたいな食べ物をくれた。
お礼を言って一つ食べる。
甘くは無い。けど不味くも無かった。
だけどひたすら喉が渇く。
「…痛んでなくてすぐ食べられる物がこれしかなくて、ごめんね優…」
「平気だよ。慣れたらなんだか美味しいし」
「優。私のコップを使って水を飲むといい」
エンフェルトがコップを貸してくれたので、水がゆっくり飲めた。
その様子を乾パンをくれたお姉ちゃんがすごく羨ましそうに見てくる。
「…ごくりっ…」
「…お姉ちゃんも飲む?」
「えっ!?い、いえ!団長が、一日一杯と決めたので…」
「…エンフェルト、水をあげてもいい?」
「うーん、一人だけ贔屓するのは良くないからね」
「なら皆にももう一杯ずつあげる。皆我慢してると、僕も飲みづらい…」
「だ、団長…」
僕とお姉ちゃんでエンフェルトを見つめる。
それをしばらくエンフェルトは目を閉じて無視していたけど、最後に大きなため息を吐いた。
「…それが優の望みなら、好意に甘えようか。ステラ、皆を此処に呼んでこい。
もう寛いでる奴もいるかもしれないから、服装は自由で良い」
「やったーっ!速攻で行ってきます!
おーい皆ー!水もう一杯くれるってー!」
ステラは叫びながら慌ただしく部屋を出て行った。
僕は面白かったけど、エンフェルトはやれやれと言った。
「優が食事してるのに、埃が立つじゃないか。
…水を出して違和感を感じたら、途中でやめてもいいからね?」
「わかった。でも大丈夫だと思うよ」
「本当に無理だけはしないで。それだけは約束して」
「…うん。約束する」
僕の返事に満足したエンフェルトは優しく微笑んでくれた。
でも、それも皆が集まる前には普段通りの真面目な顔に戻っていた。
…。




