エンフェルト
前の人生の最後は朦朧としていて、あまりよく覚えていない。
ふと気づけば何もない空間に意識だけが残っていて、でも苦しくないから死んだと思った。
そこで、声を聞いた。
『…願え…祝福を与えん…』
「…誰?…祝福ってなに?」
『…望め…次の世界への祝福を…』
「よくわからないけど、僕の望みはできるだけ丈夫な身体。
…後、綺麗で美味しい水を、好きなだけ飲みたい」
『…身体…水…それらの祝福を其方に…』
急に目の前が弾けたみたいに真っ白になった。
それから気が付くと、あの女の人の前で跪いていた。
「おい、ボーっとするな。次だ」
「あ、ごめんなさい」
「お、お願いします!!」
目の前で軍服を着た女の子が期待に満ちた目でコップを差し出す。
これで何人目なんだろう。
僕は何度も何度も水を出し、皆のコップを満たしてあげた。
たかがコップ一杯の水を、誰しもが慎重に、大切に大事に飲んだ。
その姿に親近感を覚える。
僕もコップ一杯の水を一度に飲むのがずっと夢だった。
「全員に行き渡ったな?全員、敬礼!」
「「ありがとうございました!」」
全員そろって、僕に向かって敬礼をした。
皆、僕より一回りくらい年上のお姉さんに見える。
そんな人達にお礼をビシッと言われると、なんとなく照れ臭い。
「団長。もう一杯貰えないですか?」
「ダメだ。しばらく一日一杯に制限し、様子を見る」
「ええ~…、でも団長ぉ~…」
「…気持ちはわかる。しかし、使い潰すわけにはいかない」
「…了解です…」
僕に剣を向けた綺麗な女の人は団長と呼ばれた。
僕は疲れてもなんともなかったから、もう一杯ずつくらい大丈夫だと思った。
けど、団長が甘くしてはいけないと言っていたから黙っておく。
そんな団長が大きく息を吸い込み、きりっとした顔で僕に再び質問をした。
「さて、少年。名前はあるか」
「僕は優」
「では優。君を自由にしてあげる事はできなくなった」
その言葉に少し絶望を覚える。
もしかして、またベッドの上で暮らさないといけないのかと。
でも、それは完全に杞憂で全然違った。
「君は生涯、この城を出る事は出来なくなった。我々に飼われてもらう」
「…お城?お城から出なければ自由に歩き回っていいの?」
「…ああ。監視は付くが、外に出なければ基本的には自由で良い」
「やった!なら僕は全然いいよ」
どうせ外に出たら三日で死ぬかもしれないし、安全なお城の中で暮らせる方がいい。
狭い病室のベッドの上に比べたら、天国みたいな場所だ。
そんな僕の反応に、部屋の空気が明らかに和らいだ。
「殊勝な事だ。とりあえず明日から、皆に一日一杯の水を出してもらう。
それから様子を見て、一日二杯にしよう」
「うん。わかった」
「それでは皆、解散!」
「「はっ!」」
さっきは勝手に帰っていったのに、今度は団長が指示をした。
でも、皆元気が出てきたみたいで嬉しかった。
そしてまた、団長と二人きりになる。
「ねぇ、団長さんはなんて名前なの?なんて呼べばいい?」
「エンフェルト。だけど、団長でいいよ」
「団長さんもほら、コップ出して」
「…私はもう、水を貰ってる」
「でも僕の手の平だったから、少なくて零れちゃってたし…」
「…君は優しいね。身体に負担がないなら、半分だけ貰おうかな」
コップからさっきの手の平の分を引いたら半分くらいかもしれない。
自分しか居なくても不正はしない、真面目な人だ。
だから何も言わず、半分より多く、八割くらい入れた。
「…ありがとう、優…」
「…うん…」
余計な事をするなと言われるかなと思ったけど、そんなことなかった。
僕が入れた水を、先程と違ってちびりちびりと、大事そうに飲む。
「本当に美味しいね。…後で、優にもコップもあげるから」
「ありがとう。ねぇ、あの骨って…」
「…ああ、あれは最低な男の骨だから、気にしなくていい
能力を使って我々を襲おうとした、クズだ」
最初の警戒も、この骨の人が原因だったのか。
身を守る為ならあの対応も理解も出来る。
「どんな能力?」
「洗脳だ。最初に対峙した私が掛かりそうだった、いや掛かっていた。
だが部下が優秀でね。異変に気付いた部下が男を殺してくれたんだ」
そう言って団長さんは頬にできた傷を触った。
「覚えてないが私も暴れたらしく、傷が出来てしまった」
「…痛い?」
「…ふふ…もう痛くはないよ。
それにこの程度の傷で済むなら、安いものだ。
さて、そんなカス野郎の話なんかより城を案内しようか」
エンフェルトが素で話してる時、乱暴な言葉が言葉が出てくると面白い。
「そうだ。部屋も決めないとね」
「僕の?」
「好きな部屋を優の部屋にしていい。既に誰かの部屋でも君の部屋にしてあげる。
どんな場所が良い?」
「全部みたい!」
「全部?今日一日じゃ回れないよ?」
それでも、せっかく選ぶんだから隅々まで見たかった
僕が折れないとわかると、エンフェルトは軽く息を吐いて歩き出す
「まったく…。君は元気だね」
…。




