水の価値
僕がこの世界に降り立ったその瞬間、強制的に跪かされた。
いきなりの事で混乱しながら頭を上げると、今度は首筋に剣まであてがわれた。
膝も痛いけど、気にしてる場合じゃなさそうだ。
「な、なに…?」
「ただ質問に答えろ。欺けば死、役に立つなら一生飼い殺しだ」
ひどい二択だ。
神様を恨んでも罰は当たらないと思うけど、でも、この現状でも僕にはまだマシに思える。
だって口に酸素マスクが付いてないし、身体に管の一本だって付いてない。
本当に、自由の身体を手に入れたんだ。
……下手をすると、すぐ終わってしまうかもしれないけど。
「貴様、祝福を受けし転生者か」
「…多分、そうだと思うけど…」
「転生するにあたり、何を望んで何を欲した」
「僕が何を望んだか?」
そうだ。
僕は一度死んだ。
僕の前世。と言っていいのかわからないけど、悲惨なものだった
物心ついた時から病弱な僕の世界はベッドの上だけ。
生まれつき肝機能も弱くて、ずっと人工透析も受けていた。
父は最初から見当たらず、母もそんな僕に嫌気が差して、何処かに消えてしまった。
「…おい、聞いているのか」
剣先で顎を持ち上げられた。
それにより初めて、僕に剣を向けてる人の顔を見た。
軍服のような恰好の、綺麗な女の人。
周りも見れば似たような服装の、沢山の女の人。
皆、目が死んでいる。
それと、部屋の隅に人骨がある。
本当に殺される事もあるんだと、その骨を見て妙に納得した。
「…正直に言って、役に立たなかったらどうなるの…?」
「その時はそうだな。この城から放り出す」
「…そっか。殺されないんだ」
「その場合、三日と生きられまい。結局は野垂れ死にだ」
辛くて苦しい人生の後のボーナスタイムは思ったより短かった。
それでも三日、自由を満喫できる。
それだけでも、胸が躍った。
「貴様、なぜ笑っている。早く質問に答えろ」
「僕が望んだのは、丈夫な身体」
それを口にした瞬間、落胆の声が上がり、沢山のため息が漏れた。
もしかして、世界を救う魔法とか、伝説の剣を召喚できるとか、そう言うのを期待してたのかな?
「…そうか…残念だ…」
心の底からの残念そうな声に、申し訳なさも少し出てきた
けど首から剣が外されて、殺されないと思った僕はワクワクしてくる。
「…ならもう要は無い。出て行け」
「殺さないの?」
「我々を欺かないのであれば、害を為さないのであれば殺しはしない。
…まぁ、無能を養う余裕もないから結局は同じ事だ」
僕に剣を向けてた女の人は、どかっとその場に座った。
その視線は虚空を見つめ、光を失っている。
「ねぇ、聞いてもいい?どうして三日と生きられないの?」
「…お前が居た世界と違って、外は全て危険だ。魔獣が蔓延り、大地は瘴気に侵されている」
「…そんなの居るんだ…」
「運よく魔獣に会わなかったとして、飲める水が無くては三日も生きられまい」
結果が出た後の会話に興味がないのか、他の皆はぞろぞろと部屋を出て行った。
この部屋には僕と剣を向けた女の人だけ。
「…ごめんね、坊や」
「…えっ…」
突然の優しい声色に驚いた。
虚空を見つめていたはずの目が、虚ろながらも僕を見る。
「他の皆の手前、厳しい口調にせざるを得ないんだ」
「なんだか、大変なんだね」
「甘い所を見せると、士気に関わるからね」
女の人が僕の頭を優しく撫でる。
かつての僕に、こんなことをしてくれた人は居なかった。
「大変な世界に来てしまったね。願いも丈夫な身体なんて、前の人生も辛かったんだろうね」
「…うん…」
「…でもごめんね…子供一人、私達は養う余裕が無い…」
「…いいよ。三日、自由に動けるだけで幸せだから」
僕の言葉を聞いた途端、悲痛な顔をした。
同情、してくれてるんだ。
この人は今まで出会った誰よりも優しいと思った。
「本当はどんな願いの人がよかったの?」
「そんなの聞いて、どうするの?」
「また僕が死んだら、お願いをそれにしてあげようと思って…」
「…二回目の転生?そんなの、聞いた事ないよ…おかしいね…ゲホッ…」
最後に少し笑ってくれたけど、それがきっかけで咳が出た。
一度出ると止まらないようで、喉を押さえながら延々と咳をし続ける。
「ね、ねえ!お水飲んだ方が良いよ!」
「…それがあれば、苦労しない…この世界はね、水が貴重なんだ…何よりも…」
水が貴重。
それは、僕も同じ。
肝機能が著しく悪い僕は、過度ともいえる水分の制限を受けていた。
ずっとずっと、喉が渇いてた。
そうだ。
僕が願ったのは"二つ"だった。
女の人の前で、両手を受け皿のように組み合わせる。
「…ごめんね。そうされても、何も施してあげられない…」
「違うよ。見てて」
「…うん?」
目を閉じる。
身体中の血が全て清流に変わり、激しく駆け巡るような、そんなイメージが浮かんでくる。
そして、その流れの終着地点を手の平になるように念じる。
「…できた!」
僕の手の中に、水が並々と注がれている。
なんとなくできそうな気はしてたけど、無事に成功してよかった。
「飲んでみて」
「…え?…あ、ああ…いただくよ…」
女の人は出来るだけこぼさない様に気を付けながら、慎重に水を飲んだ。
全部飲み切ると辛そうに顔を歪めるから、不味かったのかと不安が募る。
でも、それは美味しさを噛みしめているだけだった。
「…はぁ~…、…生き返った…」
「そんなに美味しかった?」
「こんなに澄んだ水、初めて飲んだよ。ありがとう坊や」
声に活力が戻った。
それからもう一度水を出して、今度は僕が飲む。
うん。とっても美味しい。
「…あ~っ、…水が自由に飲めるのは、やっぱりいいね…」
何度も繰り返して、何度も飲んだ。
お腹がタプタプになるまで、たらふく水を飲んだ。
でも、制限がなくなったからってちょっと飲み過ぎたかもしれない。
「…あれ?何処に行ったのかな?」
水を飲むのに夢中になっていると女の人が消えていた。
もう出て行けという事なんだろうか?
ならこの場に居ても仕方ない。
骨も怖いし、とりあえず此処を出よう。
「待て!貴様を此処から出すわけにはいかなくなった」
歩き出そうとすると女の人が仲間を連れてきて、行く手を阻む。
さっきまでと違うのは、全員死んでたはずの目をぎらつかせている事。
僕は、これからどうなってしまうんだろう。
…。




