お願い
気が付いた瞬間、背中を押されて床に手を着いた。
目の前には誰かの足と、鋭い刃が見える。
その刃がゆっくりと僕の首に添えられて、冷たさが伝わってくる。
「まず動くな。そして喋るな」
「…。」
「…こんな子供とは予想外だが、まぁいい。
私の言葉がわかるなら、ゆっくりと顔を上げろ」
言われた通りに顔を上げる。
総勢20名ほどの人が僕を取り囲んでいた。
僕はなんでこんなところに居るんだっけ。
「顔を上げたという事は、言葉はわかるな?
少しでも変な動きをしたら殺す。
まず、貴様の能力を言え」
「能力…?」
「貴様はこの世界の住人ではない。
此方に来る前、何かを望んだはずだ。
何者かの声を聞かなかったか?」
思い出した。
僕は死んだんだ。
病弱で、物心がつく前から寝たきりの生活。
身体はほとんど動かせず、ただ辛かった。
本当に別の世界に来たのかもしれない。
酸素マスクも付いてないし、身体に管の一本だってない。
それが嬉しくて、つい笑ってしまう。
「何を笑ってるんだ。早く答えろ」
「ちょ、ちょっとまって…今思い出すから…」
そうだ、今は喜んでる場合じゃない。
せっかく健康な身体を手に入れたのだから、この場を脱しないといけない。
そう思った瞬間、記憶が蘇った。
「…僕がお願いしたのは、丈夫な身体…」
「丈夫な身体…?
嘘じゃないだろうな…?」
「…嘘じゃない…僕、病気で死んじゃったから…」
「…そうか…」
そう答えた瞬間、部屋中が落胆のため息で満たされた。
首から剣も外されて、座る事を許された。
とりあえず部屋を見渡した。
見慣れない場所。
部屋の隅に人骨のような物もある。
本当に殺された人もいるのかもしれない。
僕もそうなってしまうんだろうかと少し怖い。
「どう思う?」
「文献や聖女の話とも一致します。
転生者は向こうの世界で一度死んだ人間が選ばれる。
死んだ時と同じ年齢で召喚されるとか…」
「…こんな子供なら、欲の無い願いを選ぶこともあるか…」
「…残念です…」
「仕方ない、これも運命だ。
後は各々、最後の時を過ごすといい」
「…はい、団長…」
僕に剣を向けた女の人は団長と呼ばれた。
団長以外の人も全員が女で、
団長一人を残し、部屋を出て行った。
皆の姿が見えなくなると、団長はその場に崩れ落ちるように座った。
「…僕、どうしたらいい?」
「…ああ、好きにしていいよ…。
…私達はもう限界だから、君に何もしてあげられない…
…城の出口は、もう歩けないから自分で探してくれるかな…」
先ほどの口調と全然違って驚いた。
すごく怖い人だと思ったけど、違うみたい。
でも元気が無くて、心配になるほどだ。
「…本当に身体が丈夫なら、運が良ければ生き延びられる…。
…魔獣にさえ会わなければ、無事に王都まで行けるかもね…」
「…大丈夫?」
「…君は優しいね…。
…さっきはごめん、部下達の前だとしっかりしないといけなくて…」
「ううん、平気」
目が虚ろだ。
本当に死んでしまいそうだと思った。
思えば、周りに居た人達も似たような表情だった。
「…本当は、どんな能力の人がよかったの?」
「…そんなの聞いて、どうするの…?」
「…もしまた死んだら、そのお願いにしてあげようと思って…」
「…ふふ、変な事を考えるんだね…。…ゲホッゲホッ…」
初めて笑ってくれたけど、それがきっかけで咳が出た。
団長は喉を押さえているが、乾いた咳が延々と出続ける。
呼吸も上手くできないのか、様子がおかしい。
水があればと思った時、また思い出した。
僕はもう一つ願ったはずだ。
生前、満足に水も飲めなくていつも喉が渇いてた。
だから、いつでも美味しい水が飲みたいと、そう願ったはずだ。
両手を受け皿のようにして祈る。
すると当たり前のように手の平から水が沸いた。
願えば願うほど、延々と溢れてくる。
それを見た団長は心底驚いた顔をしたが、
すぐに咳が出て、辛そうな表情に戻った。
「ね、ねぇ!早く飲んで!」
「…。…これ…どうなってるの…?」
「僕、お願い二つしたんだ。
丈夫な身体と、美味しい水がいつでも飲みたいって」
「…確かに、美味しかったよ。ありがとう」
「よかった。僕も飲んでみよう」
もう一度、手の平から水を出して自分で飲む。
自由に水が飲めるのは、こんなに幸せなんだ。
嬉しくて、夢中で何度も何度も飲んだ。
気が付くと、団長は部屋から消えていた。
水のおかげで歩ける元気が出たならよかった。
僕はこれからどうしようか。
好きにしていいって言ってたから、
団長が言っていた通り、王都?を目指してもいいかもしれない。
とりあえず、骨が怖いから部屋を出て、
誰か探して、道を聞こう。
立ち上がり、部屋の出口に視線を向けると、
ちょうど団長が帰ってきてくれた。
「あ、ちょうどよかった。
ねぇ王都ってどっち?」
「貴様を城から出すわけにはいかなくなった」
「え?どういう事?」
「貴様の自由は無くなった。
我々に水を出して貰う、一生な」
団長の背後に、さっき出て行った人達も居た。
死んだようだった目をぎらつかせ、全員がコップを持っている。
水を出すのはいいんだけど、
自由が無いのは、少し嫌だなと思った。
…。




