古い紅茶
浴室に移動し、少し冷たい水で浴槽をいっぱいにした。
人手が全然足らないので、水風呂で皆の腫れを一気に冷やす作戦だ。
幸いにも歩けないほどの重傷者はおらず、
クロリスが一番ひどい状態だった。
「エンフェルトは皆に勝ったの?一人で?」
「そうだよ。約束した通り、かすり傷一つ付いてない」
「わぁー!すごい!」
「…団長、ほんと鬼みたいに強いですね…」
「ステラもどうだ?手加減してやるぞ」
「遠慮します!」
全員が呻きながら水風呂に浸かった。
見れば、皆も身体のあちこちに痣があるけど、
クロリスに比べたらやはり少ない。
「ねぇエンフェルト。僕も入りたい」
「冷たいけどいいの?」
「なんだか気持ちよさそう」
「そう?寒くなったらすぐ言ってね」
自分で冷たい水を出しておいてなんだけど、本当に冷たかった。
でも我慢して浸かると、だんだん慣れて気持ちが良い。
エンフェルトも一緒に浸かってくれた。
エンフェルトは怪我をしてなかったけど、
戦いで火照った身体にちょうどいいと言った。
「はぁ、疲れた…」
「エンフェルト、疲れてるの?」
「全員と戦ったから流石にね。
クロリスとの戦いを見て、怖気づいてくれるとよかったのに」
「そういえば、どうして皆とも戦ったの?」
「皆もクロリスと一緒だよ。
私から優を奪おうとしたんだ」
そう言われて皆を見ると、皆もこっちを見ていた。
僕と目が合うと恥ずかしそうに俯いたり、残念そうに笑った。
「優が人気者だから大変だよ」
「…ふーん…」
「あ、嬉しいんでしょ」
「そんなことない」
「でも、嫌いな人はいないでしょ?皆好き?」
「うん、皆好きだよ」
「そっか。なら、まぁうん…。
確かに不公平だし、皆を優のお嫁さんにしちゃおっか?」
もしかしたら、それはエンフェルトの冗談だったのかもしれない。
でもそれを聞いた皆は騒めき、詳細を聞きに詰め寄ってきた。
僕は揉みくちゃにされながらもなんとか抜け出し、
一人離れてたクロリスのところに逃げた。
「…優を私の物には出来なかったけど、
私を、優の物にしてくれる?」
「どういうこと?」
「私とも結婚してくれるかって聞いてるの」
「うん!でもエンフェルトが良いって言ったらでいい?」
「さっきの会話の流れだと、多分許してくれる。
優が一番好きなのは、団長?」
「うん。エンフェルトが一番好き」
「じゃ、二番は?」
「二番?ん~、ステラかな?」
「ふぅん。まぁ団長には譲るけど、
私の事、二番目に好きにさせてみせるから」
クロリスはボロボロの身体で、あの日みたいに抱き締めてくれた。
水で冷えた身体に、クロリスの体温が少し伝わってくる。
それが心地よくて、しばらくそうしていた。
「おいクロリス、少し長いんじゃないか?」
「冷えてたから温めてあげてたんです」
「ずいぶん仲良くなったじゃないか」
「ええ、おかげさまで。ね?」
「…まぁ、あの姿を見たら懐くのも仕方ないが…」
エンフェルトが不機嫌そうにやってきて、クロリスの隣に座った。
でも怒るんじゃなくて、褒める為だった。
剣の腕前もだけど、特に何度も挑戦する姿を褒めていた。
クロリス本人は複雑そうだったけど、
何度負けても立ち上がるクロリスの姿に、確かに魅かれるものがあった。
「私も優のお嫁さんになれるんですよね?
私は何番目になります?」
「私が本妻で、後は皆一緒のつもりだよ」
「団長以外は一緒です?まぁ、実質二番か…」
「それよりクロリス。お前も優に危険が迫った時は…」
「ええ。命に代えても優を守るわ」
「頼りにしてる。が、いい加減に優を返せ」
「…団長にやられた箇所が痛くて今、動けません」
「…お前、優の前で言うに事欠いて…」
エンフェルトは少し怒っていたけど、
無理やり僕とクロリスを引き離そうとはしなかった。
だけど水風呂は流石に身体が冷えすぎて、長く入れなかった。
イザベルとクロリスを含めた皆はもう少し浸かるらしく、
僕はエンフェルトとステラと一緒に、一足先に上がった。
「優、少しベッドで温まろうか。
身体が温まったら、中庭に水を撒きに行こう」
「えっ、団長ついに優を…」
「言葉通りの意味だ。
優の身体を温めたいが、部屋の暖炉は長年使ってないし」
「なら食堂に来ませんか?
ついでにちょっと見て欲しい物があったんです」
「話を聞いてたか?優を温めたいんだぞ?」
「食堂だって火を付けられますから!」
ステラの誘いで食堂に行く事になった。
食堂に着くと、ステラはすぐに竈に火を入れて、水を張った小さな鍋を置いた。
そして、食堂の奥から見慣れない缶を持ってきた。
「それ、なに?」
「紅茶の茶葉だよ。
最近、倉庫でいくつも見つかったんですけど…飲めますかね?」
「紅茶?見せてみろ」
エンフェルトは缶の状態をよく確認した。
一応、完全に密閉はされていたものの、
香りを嗅ぐと、首を傾げた。
「…香りがまったく別物だな」
「ですよね?どう思います?私もちょっと迷ってて…」
「一度、容器から全部出してみよう。
明確に痛んでなければ試しに淹れてみるか」
その茶葉は見た目には問題がなさそうだった。
沸かせたお湯を使って、試しにステラが紅茶を淹れる。
本来は鮮やかな色になるらしいが、少し黒いようだ。
それをエンフェルト達は慎重に、少量ずつ飲んだ。
「僕も飲んでみたい」
「優はお湯にしなさい。身体が温まるよ」
「僕もそっちが飲みたい」
「今日はダメ。
私とステラがお腹を壊さなかったら、また今度飲ませてあげる」
「ちょっとだけ!」
「ダーメ」
ステラにも頼んだけど、ステラも飲ませてくれなかった。
意外にも、こうした事はステラの方が厳しいらしい。
味方がおらず、仕方なく諦めた僕はただのお湯を飲む。
「一度煎ると良さそうな感じがしますね。
あれ?団長、なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「いや、幸せな事をしてると思ってな」
「幸せですか?」
「少し前、あんな泥水以下の汚れた水を啜って、命を繋いできた。
それが今は紅茶が飲めるか飲めないかなんて、贅沢は話だとは思わないか」
「…そうですよね。最近、優が居てくれるのが当たり前になってました」
エンフェルトが僕を手招きした。
紅茶を飲ませてくれるのかと思ったら、耳を塞がれただけだった。
顔を見上げると、真剣な顔でステラに何かを言っている。
「優がもう少し大人になるまで、絶対に手を出すな。
私も、ちゃんと我慢する」
「…はい、わかりました…」
「これは優の為だ。他の者にも伝えておく。
…これから何をするにしても、もう少し成長を見守ろう」
話はすぐ終わったらしく、あっという間に解放された。
その後、二人は勿体ないと言って淹れた紅茶を全部飲み干した。
それが、とてもとても美味しそうに見えた。
…。




