突然の来訪者
エンフェルトはまず、イザベルに向かって大きな布団を投げた。
するとその布団に身を隠すように包まり、
それからは、ただ此方をじっと見ているだけになった。
「久しぶりだなイザベル。
お互い、命が助かってよかったよ」
「…。」
「この子は優。
優がイザベルに気付いてくれたから、運よく助ける事ができた」
「…。」
「何があったかは…、また今度でいいか。
優、水を一杯、私にくれるかな?」
「いいよ」
エンフェルトもステラも皆も、腰にコップを付けていた。
それは僕が来る前から、僅かな希望に縋るように、
何時いかなる時も水を汲めるようにと、
自然とそうなっていたそうだ。
そのコップに水を注ごうとすると、
エンフェルトはわざとコップを低い位置に持ってきた。
「そこだと零れちゃうよ?」
「いいよ。
零れてもいいから、音が沢山でるように激しく出して」
言われた通り、勢いよく水を出した。
かなりの水が零れ、エンフェルトの手も結構濡れた。
それをイザベルに見せつけるように、
エンフェルトが一気の飲み干す。
「もう一杯、いい?」
「何回でもいいよ」
もう一度、勢いよく水を注ぐ。
並々と水が注がれたコップを、エンフェルトはイザベルの前に置いた。
イザベルの視線はコップに移り、瞬きもしない。
「…ゴクッ」
「飲んでいい。もちろん、金も要らない」
「…。」
イザベルはすぐに手を出さず、迷っていた。
でもその間も、視線はコップにから外れない。
やがて、恐る恐る、恐らく一滴も零さないように、
イザベルはコップを持ち上げずに、自ら口を近づけて水を啜った。
少し水が減ったコップを、震える手で取った。
それを少しずつ、ちびりちびりと口に運び、
時間を掛けて全てを飲み干した後、天を見上げて目を閉じた。
その閉じた目から、今は延々と涙が溢れている。
「優、もう一杯、出してあげれる?
今度はいつもみたいに、優しく零れないように」
「わかった」
僕だけがイザベルに近づく。
今の会話を聞いていたイザベルは、ゆっくりと僕に視線を向けた。
そしておずおずと、コップを差し出す。
今度は優しく、でもまた並々と水を注いであげた。
イザベルはそれを一口飲んだ後
此方を見ずに、視線をコップに落としたままで初めて口を開いた。
「…その子は、なんなのですか…」
「落ち着いたか?さっきも言ったけど、お前の命の恩人だ。
名前は優。私達全員、この子に助けられた」
「…優様、有難う御座いました」
イザベルは丁重にコップを置き、布団から出てくると、
僕に向かって、丁寧に手を着いて、深くお辞儀をした。
そのまま、全然顔を上げてくれない。
「そ、そんな事しなくていいよ!
ねぇエンフェルトも何か言ってよ!」
「私もしようか?」
「絶対やめて!」
「冗談だよ。ほら優が困ってるから顔をあげて水でも飲め」
イザベルは指示通り、顔を上げて水をゆっくり飲んだ。
空になったコップを、エンフェルトが受け取って大事に腰に戻す。
その後で軽く自己紹介をして貰った。
イザベルはシスターで、その身を神様に捧げているらしい。
エンフェルトも教会でお祈りをするためによく通っていて、
顔見知りになっていたそうだ。
「本当ならゆっくり休めと言いたいところだが、
身体が動くなら、一緒に風呂でもどうだ?」
「…からかっているんですか?」
「からかってない。我々は毎日、風呂に入ってる。優のおかげで」
「…信じ、られません…。
…王都だって、聖女様くらいしか…」
そんな話をしてると、扉が叩かれた。
お風呂の話をしてる中で、ちょうど沸いたようだ。
半信半疑のイザベルと一緒に、お風呂を目指して歩き出す。
意外にもイザベルの足取りはしっかりしていた。
最初は表情も曇っていたけど、
近づくにつれて、お風呂特有の匂いに気が付いたようだ。
「…ほ、本当に…?」
「ちゃんと身体を流してから入るんだぞ?」
「…え、ええ…それは、もちろん…」
「それと、優に感謝しながらな」
「…はい。…優様、本当に有難う御座い…」
「わーっ!それやめてよ!」
イザベルはその場で足を止めると、
また地面に膝と手をついて、土下座みたいな恰好をしようとした。
それを必死で止めようとする僕を、
エンフェルトはそれはもう楽しそうに笑うだけで、助けてくれなかった。
苦労してやめさせて、やっと脱衣所までやってきた。
既に皆も集まっており、待たせてしまったみたい。
一番近くに居たお姉ちゃんに、エンフェルトが問う。
「また皆で優を待ってたのか?待たなくていいと伝えただろう?」
「そんなわけには行きませんよ。
こればっかりは団長の命令でも聞けません」
それを聞いた皆も、うんうんと頷いた。
エンフェルトは半ば呆れていたけど、
まぁいいかと気にせずに、率先して服を脱ぎだす。
それに合わせて、僕も服を脱いで浴室に向かう。
身体を軽く流し、今日はかなり明るいうちから湯舟に浸かった。
僕とエンフェルトが浸かると、一人、また一人と浸かり始める。
イザベルを見るとただ一人、脱衣所で此方を見ているだけだったが、
やがてイザベルも服を脱ぎ、エンフェルトの傍まで来た。
「…ど、どうすれば…」
「湯舟からお湯を汲んで、その辺にある石鹸で身体を洗え。
それから、好きなだけ湯に浸かれ」
「あ、私手伝いますよ!」
「ステラか、頼んだ」
エンフェルトは短くそう言うと、タオルで目を隠して全身の力を抜いた。
そんな姿は初めてで、ひどく疲れているように感じた。
魔獣との戦いは、エンフェルトにとってもかなり大変だったのかもしれない。
「…ミリーは居るか?」
「居ます。なんですか団長」
「少しの間だけ、優を頼む」
「お疲れですか?今日は、私がこの後も面倒を見ましょうか?」
「少しの間、だけでいい」
「…わかりました。ゆっくり休んでください」
ミリーに連れられて、エンフェルトから少し離れた位置に移動した。
他の人も気を遣ったのか、少しエンフェルトから距離を置く。
ちょうどいいので、エンフェルトを助けてくれたお礼を言って回った。
「エンフェルトを助けに行ってくれてありがとう」
「もう慣れちゃったよ。
団長はいつも最初に飛び出すし、最前線に行くんだよ?」
「そうなんだ」
「本当は一番後ろで指示を出せばいいのに、本当に頼りになる人なんだ。
よく無茶をするから、優が助けてあげてね」
「…うん、わかった」
その後もエンフェルトの武勇伝をいっぱい聞けた。
此処に来たばかりの頃も、皆を引っ張って生きる希望を与え続けたエンフェルトに、
皆が心の底から感謝してるみたいだった。
もっと沢山の話が聞きたかったのに、
途中でエンフェルトに気付かれて、
今後、勝手にエンフェルトの話をするのは禁止になった。
…。




