幸せなロイヤルニート生活
アウタールフ家の一員(?)となってからしばらくが経過した。今は貴族生活に慣れてしまいそうな自分との戦いの日々を送っている。
挨拶をして高級ハチミツをもらって帰る予定が家族になっていた――なにを言っているのかわからないだろうが、俺にもよくわからない。
もちろんアウタールフ家はいい人ばかりで好きだが、こんなロイヤルニート生活をしていたら現実が辛くなりそうでとても怖い。むしろディーネはどうしてあんないい子に育ったんだ?俺だったら確実に使用人を虐げるクソガキになっていたぞ……。
「クロお嬢様。本日は黒狼蜂の蜂蜜酒にハチミツ入りのパンケーキです」
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
と、こんな感じで至れり尽くせりなわけ。お嬢様呼びにも慣れてしまいそうな今日この頃。
なぜか侍女さんたちは俺を神様みたいに思っているらしく、ありがとうと言うだけで涙ぐむ人までいた。これを見れば自分を戒めるのがいかに大変であるかをわかってもらえると思う。たまに侍女さんが全員クライス君なのではと疑うときもあった。
唯一の不満があるとすれば、着替えに女性用を混ぜてくるところだ。少しずつ慣れさせていこうという作戦だろうがその手には乗らん。
それとサウスポイント狩人組合のことだが、俺はサンブルグの実家に戻ったことになってしまった。ご丁寧にクロ・フォン・アウタールフとして再登録され、正式にアウタールフ家の人間として認知されているらしいぞ。
……おわかりいただけただろうか?埋められて城壁まで建設された外堀が。
「ここはでんごくです」
「慌てないでゆっくり食べなさい」
「あい!」
モッチャモッチャとハチミツ入りパンケーキを頬張るアサガオちゃんは幸せそうでとても可愛い。ただ、俺の分も関係なく食い散らかすのでケツから四階梯をぶち込みたくなる。
こうしてお馴染みとなった庭のガゼボでくつろぎ、朝からハチミツ酒をチビチビやるのも日課となってしまった。控えめに言って最高ですね。
「クロお嬢様。リーナの話を聞いてもらえませんか?」
「ん?あぁ、もちろん」
「……リーナ?」
茶髪を姫カットにした少女が背後に立ち、無言で俺の首に短剣を添えてチェシャ猫のように嗤った。
「あはっ!」
「……あなた正気?いったい誰に刃を向けて――」
「もっちろん正気ですよアイシャ侍女長さまぁ?あっははは、こんなに上手くいくとは思わなかったけどねぇ~。残念でちゅねクロちゃん?今日からリーナお姉ちゃんと一緒でちゅよぉ。あははははっ!!」
おお、イカレたメンバーの登場か。
今度は頭のネジが飛んじゃってる系の美少女暗殺者かな?よく見るとちょっとだけカサンドラに顔が似てるような気がする。言葉のイントネーションも帝国人っぽいし。
アサガオちゃんはこちらの様子をチラ見したが、気にせずモッチャモッチャと食事を再開した。いやいや、君のご主人様の首にナイフが当たってまっせ?
「長いこと観察したからほんとーに疲れたぁ。クロちゃんってすっごい魔術師だよね~。でも魔石が無いとな~んにもできないことお姉ちゃんは知ってるよぉ?あははっ!それとねそれとね、あんたが飲んでるソレ、強烈な麻痺毒入りなのぉ!あっははは!!」
あらやだ。禁域産のキノコ以下の毒性じゃパンチが足りないわよ。ぬ?思い出したら菌類への怒りがまた……。
「あははははは!なぁにその顔?お姉ちゃんが憎いのかなぁ?」
「クロお嬢様……!?」
「問題ない。みんなはのんびりしていてくれ」
「う~ん。あんた自分の立場わかってる?怖い怖いって泣いてもいいのよぉ?」
「…………この失態は許されるものではありません。クロお嬢様、どうか私の首で――」
「アイシャさんが見抜けないなら誰にも無理だよ。むしろこの女が評価されるべきだ」
「あは……あはははは!よくわかってるじゃーん。そうそう、潜入でリーナに勝てる奴はいないからねぇ?」
「バカな子。このお方が誰なのかをまるで理解していないのね……」
「はぁ?あんたらみたいなザコと違ってよーくわかってますけど。ねー、魔石が無いと役立たずな英雄さま。そろそろ痺れてきちゃったかな?かな?」
……どうしてそんなにフラグを立てるんだい?ここまでされると罠じゃないかと疑ってしまうだろうが。
さて。できればコイツの仲間をあぶり出したいが、敵味方を区別できるほどアサガオちゃんの探知も万能ではない。この女を始末しても情報は漏れてしまっているだろうし、俺が言うことを聞かないとディーネにも手を出すだろう。こういう手合いが一番厄介なのだ。
どうするべきなんだろうな……いつか訪れる扉との決戦には一人でも多くの戦力が必要になる。ただでさえこの大陸は人口が少ないのだと先生は言っていた。こんな奴の命も無駄にできないほど、この世界は追い詰められているのだと。
まったく、こんなに悩まされるのは向こうの俺のせいだ。待っていてもヒーローは現れないとか抜かしやがって……まるで適当に遊んできた俺の行動に対する皮肉にしか聞こえなかった。
これからは慎重に行動しないと同じ未来を辿るかもしれない。が、こっちだって命を大事にしなければ取り返しがつかないことになる。アサガオちゃんやディーネたちの命を最優先にするのは変わらないし変えるつもりはない。
それにこの手の輩は話を聞かないわ、反省もしないわでどうにもならんのが大半なんだ。俺はそれをよく知っている。生かして帰すと必ず後悔することになるのもな。
「なぁ、俺を捕まえてどうするつもりだ?」
「そうねぇ~。これからはお姉ちゃんの言うことを聞いて~、知っていることをぜ~んぶ喋って~、優秀な赤ちゃんを産むことかなぁ~?あはっ!安心しなよ、お相手はきっとイケメンだからさ。リーナだったら絶対イヤだけど」
「お前、俺が男だって知らないのか?」
「あはははは!この状況でまだ言ってんのそれ?そのナリじゃガキも騙せないよん」
「まぁ……そうだな……」
「あ、認めちゃった?あはは…………待って。あんた、なんでまだ喋れんの?ヨダレとか垂れてこないわけ?」
麻痺毒が効いていないことを今さら気づいたらしい。
ダメ押しついでにグビッと――くはぁ、うめぇ。お、アサガオちゃんもいくかい?なら先生と麻痺毒の種類について調べてもらえる?よろしくね。
「……あんた狂ってんの?」
「白ウツギ。運動麻痺、魔力回路を刺激して激しい痙攣を起こす。ハチミツの甘みに酷似しているのか。ほう」
「…………は?」
「実は禁域の森でキノコ食って死にかけたことがあってな。俺には温い毒が効かないんだ」
「温い毒ってなにさ、バッカじゃないの!?は、どうせウソでしょ?ほ、ほら、強がってないで認めたら?」
首に添えられたナイフを指で圧し折り、ゆっくりと立ち上がったらリーナはもの凄い勢いで間合いを取った。その顔は気の毒なほど青くなり全身が震えている。若いとこういうイレギュラーに対応できないケースが多いよな。わかる。
なるべくスーツは汚したくないので上着をアイシャさんに預けておく。あとは残りの酒を一気に飲み干して準備完了。ここからは忖度抜きで生かすかどうかを判断しよう。
「アイシャさん。武器ある?」
「短剣でもよろしいでしょうか?」
「もちろん――ん、ありがとう」
「事が終わりましたら、どうか罰をお与えください……」
「え、いや待ってそんな…………気を取り直していこう。ほら、これを使え」
先ほど借りた短剣をリーナに投げてやり、わけがわからないといった表情のリーナを観察する。
「作戦は失敗のようだが、これで終わったわけじゃないだろう?」
「…………わけ、わかんないんだけど」
「わからないか?ならこうだ」
容赦なく威圧を開放する。
まるで重りに潰されたかのように膝を付き、ガチガチと歯を鳴らすリーナの姿に少しだけ失望した。これでは生かしてもリスクだけが残りそうだ。
上から目線な感覚が自分でも嫌になるが、数万の怪物を前にした絶望感はこんなものじゃない。ドラゴンを前にしても立ち上がる気概がないのなら犯罪者などいらん。どうせ誰かを不幸にするだけだ。
「あ…………あぁ……」
「こ、れが……クロお嬢様の……」
「うぅぅ……」
「あぐ……」
侍女の皆さんには本当に申しわけないと思っている。今アサガオちゃんが全員の反応を見ているから我慢してくれ。
「…………」
「小娘、まだ状況がわかっていないようだな。座って震えているだけではなにも解決しない。せめて立ち上がって行動してみせろ」
「……な、めんな」
小鹿のようにプルプルと震えながらも立ち上がり、怒りをあらわにする姿に少しだけホッとしてしまった。いくらゲームでも人殺しなんぞ楽しくないからな。できれば生かすに値するほどの気概と意地を見せてもらいたい。
「三分間待ってやる」
「……は?」
「逃げてもいいし仲間を呼んでもいい。そうだな……自分が今、災厄の扉の前にいると思え。実際に数万の怪物をぶちのめした俺が目の前にいるぞ?さぁ、あらゆる手段を使って抗ってみせろ」
どこぞの魔王みたいなことを口走ってしまい赤面しそうだった。でもほら、中途半端にやるよりは、ね?
「…………化け物が調子に乗ってんじゃねーよ!!」
無造作にナイフを拾い、必死の形相で飛び込んでくるリーナの気迫を歓迎した。




