白と黒の脅威
奥に進むにつれて聞こえてくる悲鳴混じりの咆哮。さっきの爆発音がアリを刺激してしまったかもしれない。
「ごしゅ。ムシケラがシロアリとたたかてるです」
「問題ない。アサガオちゃんは遠い方を頼む」
「あい!」
少し開けた場所に出ると、大勢の作業員と狩人たちの姿が見えた。アサガオちゃんの風が遠くのシロアリを真っ二つにするのを流し見てから全体を確認する。
シロアリが全部で十体。間違いなく捨て石代わりの斥候部隊だろう。
アリの体格は人間の大人ほどもあり、戦えない一般人にはそれだけで脅威なのは見ただけでわかる。俺もシロアリは初めてなので油断はできない。とりあえずは全力でぶつかってから立ち回りを考えよう。
まずは一番手前で狩人のおっさんを捕食しようとしているシロアリに不意打ちを仕掛けた。
強化率は二割弱。全体重を乗せた蹴りの衝撃が俺の足を伝って全身を震わせる。
硬いボールを蹴ったような手応えだったが、最も負荷のかかる足首や膝、股関節に異常は感じない。まだ余裕があると確信が持てるくらいに俺の体は頑丈だったらしい。
シロアリは吹き飛んで壁にめり込むようにして動かなくなった。自慢じゃないが、今の一撃は軽トラックが衝突したくらいの威力はあったと思う。シロアリの顔が潰れてピクピクしているから戦闘不能と判断する。
「あ、あんたは噂の――」
「あっちの通路を開いてきた。作業員を連れて脱出するんだ」
「本当か!?」
「焦らず、落ち着いて作業員を誘導するんだ。そして見たものを監督に報告してくれ」
「わ、わかった。ありがとう怪力令嬢!」
「お……おう?」
怪力令嬢……?
いや、今はそれどころじゃない。足元に転がっていた石を取り、次のターゲットに全力投球。そして投げた慣性を殺さずに走り出す。よし、足に問題はない。
石は硬いハサミの部分にヒットして有効打にはならなかった。が、隙を作ることには成功した。ハサミを弾かれたシロアリは反動を利用し、再度狩人に振り下ろそうとしていた。
それでもギリギリなんとか間に合った。迫りくるハサミを撫でるようにして地面へと受け流す。ゴズの親戚に比べれば月とすっぽんほどに隔絶した威力。今やこの程度では恐怖すら感じない。
すぐさま地面に突き刺さったハサミを掴み、力任せに引き千切ってアリを壁に叩きつけてやった。直接殴ると痛いのならば、殴らずに投げてしまえばよかろうなのだッ。
「無事か?」
「……あ、あぁ」
「向こうの通路から脱出できる。落ち着いて作業員を避難させてくれ」
呆けた顔でコクコクと頷いている。お前も最高だと思わないか?華奢な美少女(男)が怪物をなぎ倒す様は。
しかしアリの数に対して効率が悪すぎる。クロアリを刺激する前に急がないと……。
なんといってもあいつらはとにかく硬い。通常と兵士級の二種類がいて、特に兵士級はしぶとかった。当時の大火球を五発ぶち込んでも生きていたからな。あの時は外まで逃げて魔術で一掃したんだ。
その後日……俺の失態を見ていたらしいドラゴンが、わざわざ外まで誘き出したアリの集団を尻尾の一撃で蹴散らし、ドヤ顔で見下してきたのは絶対に許さない。俺はあの日から毎朝奴の睾丸に呪いを掛け続けている。
五匹ほどアサガオちゃんが仕留めてくれたので処理は順調に進んだ。叩きつけて動かなくなった最後の一匹をシロアリの通り道(穴)に詰め込んで時間を稼ぐ。こんなのはクソの足しにもならんだろうが。
「助かったぜ。俺は東の警備隊長やってるグランだ。よろしくな怪力の」
「……あ、あぁよろしく。狩人組もケガ人が多いな」
「はは、ご覧の通りこっぴどくやれちまった。動けるのは半分――いや、もう六人くらいか?」
「そんなとこだな。急ぎたくても出口が一か所だから時間もかかっちまう」
「怪力さん。あんたが道を作ってくれたんだろ?感謝してるよ!」
無事だった狩人たちもかなり疲弊している。閉じ込められて結構な時間が経っていたのだろうか?なんとなく嫌な予感しかしないがこれも仕事だ。さっさと脱出して安全を確保したい。
塞いだ穴からシロアリの死体が吐き出されたのを見て嫌な汗が流れる。どうやら休憩時間は終わりらしい。
転がっていた魔石を手に取り、先制攻撃を仕掛けるためにシロアリへと高速接近する。肩に戻っていたアサガオちゃんの風がシロアリの首を切断し、後続の進軍を遅らせてくれた。
「最高だよ相棒」
「あい!」
前がつっかえた穴に向かって魔石を投げ入れ、さっきの要領で火球の暴発を促して即起爆。想定よりも激しい轟音と衝撃波が広場を通り抜けて地面を震わせた。
ちょっと火力調整をミスったか?崩落を引き起こしかねないから慎重にやらないと……だが結果オーライ。これで穴が塞がって少しは時間を稼げる。
「ぐわっ!?」
「ポールがやられた!」
「クソ、こっちで援護する」
振り返ると新手がボコボコと顔を出し、狩人たちに襲い掛かっているのが見えた。足をハサミで抉られた者は目に見えるほどに傷が深く、止血もままならない状態で戦っている。
これはまずい。狩人たちが押されたら退路を塞がれてしまう……。
「く……風よ、我が敵を葬りたまえ。術式展開、風衝撃ィ!」
思わず足が止まった。
そう叫んだグランが右手を前に掲げた瞬間、指輪がわずかに発光。手のひらサイズのコンパクトな術式が浮かび上がった。
……よく見えないが、小規模の風を発生させる術式か?
グランの手から放たれた風がシロアリに直撃。胴体をくの字にしながら壁に叩きつけられたシロアリは即死した。代償として彼の魔力を四分の一ほどごっそり持っていった術式に戦慄を覚える。
なぁにあれぇ……。
「あれがまどーぐです。ことばにはんのーして、じゅつしきをはつどーするです」
「魔道具か……でも効果に対して魔力の消費が多すぎないか?」
「あれでもりょーしつなまどーぐです」
あれで良質ってそんなバカな。最低でも魔術が浸透して五百年が経っているはずだろ?さすがにこれでは設定が甘すぎるぞ。それだけの年月があれば術式の解析なんて終わっているだろうに……。
プレイヤーとの差別化を図るためなのは百も承知だが、ここら辺はリアリティに欠けると言う奴が出るんじゃないか?
「よっしゃ!さすがはグランの魔術だ」
「油断するな。次がくるぞ!」
うん。プレイヤーには必要ないわ。ちょっと残念だが、こういうものだってことにしておこう。
しばらくはモグラ叩きのような状況が続き、次第に迎撃が追いつかなくなり焦りが生まれる。ケガ人と作業員の避難が終わった頃には四人対広場を埋め尽くすシロアリという構図になってしまった。
だが避難は完了している。こちらの勝ちだ。
「よし、逃げるぞみんな!」
「へへへ、マジで感謝してるぜ怪力さん。帰ったらたらふく奢ってやるからな!」
「こんなきつい仕事になるなんて思わねぇよなぁ?ったく、早く酒を飲みたいぜ」
おいやめろ……無意味にフラグを立てたら――
「な、なんだありゃ……」
「黒い……アリか?」
「はん、俺たちの前に出たことを後悔しやがれ!」
「待つんだジェイク!」
「死ねオラァッ!」
バスタードソードを担いだジェイク渾身の一撃がクロアリの頭部に直撃、まるで岩を叩きつけたような鈍い音が広場に響き渡った。そして、カランと根本から圧し折れた剣身が彼の足元に落ちる。
「……は?」
声をかける暇もなかった。俺たちが警告する前にジェイクの首が落ちていた。
「ジェイクッ!!」
悲痛な声は奥のシロアリからも聞こえてきた。次々と現れたクロアリがシロアリを駆逐しているのだ。
考えうる最悪の状況になってしまった。俺とアサガオちゃんは逃げ切れるが、二人を守ることは不可能だろう。本音で言うと、交流のない相手だから見捨てても心は痛まない。それだけが救いだった。
「これはもうどうにもならない。二人もなんとか逃げ切ってくれ」
即座に見捨てる判断を下し、退路を塞ぐクロアリを壁に投げ飛ばす。が、ここで想定外の事態が発生した。
俺だけを狙っている……?
隙だらけの二人は放置して俺に向かってくる三匹のクロアリ。なぜだ?理由がわからない……。
発動した“明鏡止水”の中で少しだけ怒りが込み上げてきた。確かに今の俺では有効打がないのは事実。それは認めよう。だが、なりふり構わないのならその限りではないのだ。
回避しきれなかったハサミが頬を掠めてわずかに血が流れる。迫る死の予感に口元が吊り上がるほどのアドレナリンが体中を駆け巡り、アサガオちゃんもリミッターを外して本気になった。こうなると彼女が大暴れして生き埋めになる前に脱出しなければならない。
俺は好戦的な性格ではないが、これはちょっと楽しいじゃないか……。
いくつかの魔石を拾い、込み上げた笑いと封印していた威圧を全開にし――
「やぁぁらぁせぇるぅかァァア!!」
スローモーションの世界でグランが俺の前に割って入ろうとしている。は?なにしてん――あ、唯一の回避スペースを潰しやがった……おいおいおい、冗談じゃないってばよッ。
さらに不幸は連続する。もう一人の狩人が横から俺に覆い被さろうとしていた。きっとクロアリから守ろうとしているんだろうなぁ……。
これ、詰んでない?
血の気が引いた俺はアサガオちゃんと見つめ合い、二人で仲良く絶望した。




