目くそ鼻くそを笑う
「では予定通り俺が東側。騎士団長は西側でお願いします」
「了解しました。このグレゴリー・マクドナルドにお任せください」
「すみませんね騎士団長。緊急事態とはいえ仕事を押し付けることになってしまって」
「ご心配なく。いただいたお弁当も楽しみですし、民を守るのは騎士の努めですから。では行ってまいります」
「行ってらしゃーい」
剣に落書きしていたアサガオちゃんをつまんで騎士団長を見送った。
急な仕事を押し付けられてしまったが、騎士団長がいてくれて助かった。というのも、採掘所の管理者に挨拶をしたらすぐに仕事をすることになったからだ。
なんでも水や食料を運ぶ担当の狩人たちが魔獣の襲撃で負傷したらしい。だからといって戦えない作業員に運搬させるのは危険なので困っていたそうだ。
いきなりで驚きはしたが、ちょうどよく騎士団長もいたしな。お弁当を賄賂に手伝ってもらうことにしたのだ。
「さぁてアサガオちゃん、俺たちも行こうか。お弁当は持った?」
「おいしかたです」
「食ってんじゃねぇよ」
お弁当だって言っただろうがッ。
「朝はちゃんと作ってあげただろ……俺たちの昼メシはどうするつもりだ?」
「ここにあるです」
「それは作業員のだ。食ったらお前が食材な」
「ごしゅはきちくです」
こっちのセリフだおバカめ……。
これで最後の手段は現地でバーベキューしかなくなってしまった。でも地下洞窟内で焼き肉はないな。
気を取り直して採掘所の中へと足を踏み入れた。道は左右に分かれているが、俺の担当は東なので右へと進もう。
「そういえば、北に向かったらしい剣聖の居場所は掴めたのか?」
「わかんないです。たんちできなくてえーちもこんらんしてたです」
「帝国だけじゃなく叡智先生まで混乱したか。できれば早く帝国に戻ってもらいたいんだがな」
「アルファはやくそくをまもらない、いいかげんでてきとーです。あてにしないほーがいいです」
「……そうなんだ」
ヘラヘラしてるタイプの強キャラかな?
でもそういう奴に限って主人公のピンチに颯爽と現れておいしい所を持っていくんだぜ。俺は詳しいんだ。
「ごしゅ」
「どうした?」
「これ、きっとシロとクロのアリがあらそてるです」
「なるほど。アリ同士の縄張り争いに巻き込まれたのか」
「でもふつーのなわばりあらそいじゃないです」
「どういうことだ?」
アサガオちゃんは難しい表情で先生を差し出してきた。
“これはシロアリの進化による種の覇権争いです。死の谷で生存権を得たクロアリと同じ過程を踏襲しているのでしょう。”
あ……それって、とってもやばいのでは?
“このエリアは災厄の扉が開くポイントですのでエーテルが凝縮しやすくなっています。さらに扉が開いた際にご主人様が迎撃した結果、計測不能なほどの純エーテルがこのエリア一帯に降り注ぎました。過剰供給とも言えるエーテルの循環。つまり、進化の条件が整ったのです。”
「……ということは死の谷で戦った巨大クロアリと同格ってことか?オイオイ無理だってそんなの。術を使えた当時だってアリには苦戦したんだから」
「ここのアリはむこーよりよわいとおもうです。ごしゅがまけるわけないです」
「アサガオちゃんはいい子だな。特別に干し肉をあげよう」
「まずいです」
「文句言うなら返せ」
人の昼飯(予定)になんてことを言うのか。感謝と好意を袖にするアサガオちゃんの図太さは見習うべきかもしれない。メンタルトレーニングの教材として。
“武器を持たないご主人様の現状で戦いを挑むのは無謀かと。ですが、ご主人様ならなんとかしてくれそうでもあります。”
「ようやくえーちもわかてきたです?」
「無理に決まってるだろ。アホなこと言ってないでさっさと行くぞ」
ポンコツ共は適当なことばかり言いやがる。だがそうとわかれば話は簡単だ。一度作業員と狩人たちには避難してもらって、監督にシロアリがクロアリで進化がヤバいと伝えよう。
先生が今の俺では無謀と判断した……つまり、甘く見積もってもここの戦力で対抗するには危険すぎるということだ。
だが一つだけ文句を言いたい。シロアリとクロアリは別種だ。シロアリはゴキブリの仲間だし、クロアリは蜂の仲間だ。これだけはなんとしても運営にクレームを入れたいでござる。
順調に進んだ採掘所の奥は複雑に入り組んでいた。わずかに発光するコケのおかげで視界は確保できているが、ここまで薄暗いなら松明のような光源は必須だった。リサーチ不足を反省すべきだな。
だが道が行き止まりになっていたことに困惑する。なぜだ?マップではこの先に作業員たちがいるはずなのに。
「ごしゅ。ここ、くずれてふさがってるです」
「……やっぱりそうだよな。マップには先があるからおかしいと思ったんだ」
「でもこれ、みおぼえあるです」
「あぁ。死の谷の横穴で雨宿りしたときもこんな感じで塞がれたっけな。アサガオちゃん、奥の人たちの反応はどうだ?」
「なんびきかしんでるです」
「わかった……先生、崩れたところに魔石は混じってないか?大雑把でいいから魔力の含有量を調べてほしい。アサガオちゃんは補正を頼む」
「あい」
“了解――アサガオとのリンクに成功。粗悪な屑魔石をいくつか検知しました。合わせて平均的な火球二発分です。”
「ありがとう」
今の俺は魔術を使えない。魔素や魔力を操作するのは可能だが、体内の魔力を放出できなくなっているからだ。ところが魔石の魔力を使うのなら話は別。通常ならそんなことは不可能らしいが、プレイヤー補正はこんな形で作用してくれた。
まずは瓦礫の中に簡易的な火球の術式を描き停滞させる。機械的で三秒とかからない描写速度にアサガオちゃんは呆れた様子だ。
ふふん、これが適合者の特権ってやつよ。
「中で暴発させて道を作る。アサガオちゃん、人の気配は?」
「ないです」
「よし。瓦礫を吹き飛ばすから障壁で俺と壁を保護してくれ。いくぞ」
アクションは必要ないが、あえて指を鳴らすことでアサガオちゃんとタイミングを合わせる。たかが小さな火球の暴発くらいで大げさな……と思われるかもしれないが、小規模であろうと閉所での爆発を舐めてはいけない。俺はでんじろう先生からそう学んだ。
想定よりは小さな振動と爆発音が洞窟内を響かせる。
理想的な形とはいかず、ようやく人が通れる程度の道しか作れなかった。だがこれ以上崩すとさらに崩壊する可能性もあるので、今はこれで我慢するしかなさそうだ。
“現代のエーテル術式は最適化されたのち、解読されないように暗号化されたものです。アサガオのように受け継がれてきた固有術式の改変ならばいざ知らず、ご主人様は暗号化された式のままを再構築しています。先ほどは火球の暴発に指向性を持たせたのでしょうか?どのような手段で術式の構成を理解しているのですか?誰も知り得ない原理をどうやって解読できたのですか?とても興味深いです。”
「先生でも解読できない……?」
“エーテル式魔道術が生まれたのは五百年よりも前となります。そして現在のデータベースには術式に関する言語データが存在しません。”
「……よくわからんが、解析するぐらい自由にやったらいいんじゃないか?先生なら簡単だろ」
“現状では不可能ですが、仮にできたとしても行うことはないでしょう。”
すまない先生。なに言ってるのかマジでわからん……アサガオちゃんはできて、先生はやらないってどういうこと?
「ごしゅ。ボクはあくーかんまじゅつをつくれるです。でもえーちはできないです」
「アサガオちゃんはジェシー誘拐用の魔術を作ったりしていたな。今も改良しているんだっけ?」
「あい!ボク、ごしゅのやくにたとーとがんばてるです!」
「お、おう。本当にいつも感謝しているよ。俺のためにありがとうな!」
「むふー。ボクはゆーのー、えーちはむのーです」
“激怒しました。訂正を要求します。”
「先生は先生で色々とできるじゃないか。そこまで言わんでも――」
「ごしゅ、ボク、えーち。かくづけはおわたです」
“怒りのあまりエネルギー効率が2%低下。終末時計が30秒加速しました。戦犯・アサガオ。”
「むのーがほえてるです」
「……な、仲良くしようよ?ね?」
いつものジャレ合いを見たことで冷静になれた自分がいる。自覚はなくても死人が出ていると聞いて焦っていたのだろうか?こういうときこそ落ち着いて行動しなければ。




