意地と見栄は紙一重
どこにも逃げ場がない。本当なら余裕を持って対処できたはずだった。
予定ではクロアリの攻撃を引き付けて回避スペースに移動、正面のクロアリの口に魔石をぶち込み内部起爆してすれ違うように退避。そういう流れをシミュレートしていたが、それがまさか善意によって妨害されるとは……。
正面のグランは無理だ。俺からはどうにもできない。横からきた狩人は肉壁に……はならんな。ハサミが貫通してダメージを受けてしまうのは避けられない。
さらに最悪なのは後方から突撃してくるもう一匹のクロアリだ。この世界のアリ共はナチュラルに連携してくるから大嫌いだ。
クソったれ……もう受け止めるしかないが、覆い被さってきた狩人のせいで視界まで塞がれたのが痛すぎる。ええい、南無三ッ。
腹を決めて痛みに備えていたら“明鏡止水”までもが解除された。あ、マジでやばそう……。
「こいやオラァ!」
「怪力はやらせねぇぞ!」
ぐ、放せバカ。このままだとあんたも死ぬんだぞオッサン………………ん?アリの攻撃がこない。
「ごしゅ」
「……なにが起きている?」
「けっかいです」
よく見ると俺たちの周囲を魔力の膜が覆っていた。見た目はヘックス状の升目が並んでおり、クロアリのハサミから俺たちを守ってくれている。
まさかグランが?こんなんあるなら遠くから使えばええじゃろがいッ。
「お兄様っ!」
聞き覚えのある声にハッとする。結界の術式を必死に維持しているディーネの姿がそこにあった。
あのディーネがこんな複雑そうな術式を使えるようになったのか……どうして俺がクロード君だとわかったのかはさておき、今は本当に助かった。ありがとう妹よ。
そしてもう一人、剣を抜いて走り出したイケメンにも見覚えがあった。愛妻家で娘大好きなリオン君だ。だがジェイクの二の舞はまずい。アリの急所は――
「触覚の付け根や口を狙うんだ!剣がダメになるぞ」
「ははっ。了解ですよお兄さま!!」
普通に正体がバレてるけどなんで?本気で怖いんですけど……。
念のために魔石と石を用意して援護しようとしたが、俺はリオン君を舐めていたらしい。
彼は反応したクロアリのハサミを屈んで回避。体幹の崩れやすい低姿勢のままカウンターで剣を口に突き刺していた。それでは仕留められないとわかっていたのか、追撃はせずに間合いを取り、暴れているクロアリの触覚部分を正確に突き刺して勝利を収めた。
死の谷産には遠く及ばないとはいえ、クロアリを一瞬で倒すか。なんか君も強くなってない?いや、喜ぶべきことだけども。
あの二人がいるのならなんとかなりそうだ。なにがなんでもシロアリが駆逐される前に撤退する。
「二人は振り向かずに走るんだ。アリに食われるぞ」
「あ、あぁわかった!」
「怪力も走れるのか?」
「問題ない。走れ!」
狩人の二人が走ったと同時にアサガオちゃんに援護を頼む。目で見るだけで意思疎通ができるのは本当にありがたい。
残った一匹はリオン君がヘイトを取ってくれているので、俺は結界をゴリゴリしているもう一匹のアホを仕留めておく。三匹相手では苦戦したが、俺だって一匹相手なら余裕よ余裕。見ていろディーネ。お兄ちゃんもがんばるぞいっ。
“明鏡止水”が発動した俺にハサミは当たらない。接近してから口をこじ開けて魔石を奥までぶち込み、ハサミを掴んでクロアリの密集地帯にぶん投げてやる。他のアリを巻き込みながら壁にめり込んだのを確認し、背を向けてから高速で術式を展開。そして優雅に歩みつつ指パッチンで起爆する。
やだ……俺カッコいい……。
爆音と液体が飛び散る音を背後に、呆けた顔で見ていたリオン君にはクールな片手挨拶で余裕をアピールしておく。
ふ、今のスタイリッシュでエレガントなフィニッシュムーブを見たかね?
リオン君の成長は認めよう。だが、お兄様はこの俺だッ。
「助太刀感謝するよリオンさん。撤退しよう」
「は、はは……また会えて嬉しいですよお兄さま。でも確かに話している場合じゃないですね」
「お兄様ぁ!!」
「おうふっ!?」
ぶっ飛んできたディーネを抱きしめてくるりと回転。突貫してきた妹の衝突エネルギーを限界まで減衰させるのもお兄様の役目よ。なぁに、どうということはない。
泣いているディーネを抱き上げ、唖然としていた狩人二人組をアゴで誘導しながら撤退を開始。アサガオちゃんがフードに戻ったのを確認して走り出した。
結果的に数名の犠牲者が出てしまったが、多くの作業員と狩人が無事に脱出することができた。
話によれば西側でも戦闘があったらしく、騎士団長が獅子奮迅の働きで大勢の命を救ってくれたそうだ。今は酒場に拉致されて飲まされている頃だろう。
外では騒がしいので借りた宿の一室でディーネたちと話をすることになったのだが、彼女は泣きじゃくってしまい話をするどころではなかった。もう一秒も離れないと宣言して俺の膝で眠っている。
泣きつかれて眠るとか可愛いなぁもう……。
お胸が著しい成長を遂げているようでお兄ちゃんはとても嬉しいです。花丸をあげましょう。
「しっかし、可愛いくなっちゃいましたねお兄さま。ちょっとお嬢に寄せました?」
「…………そんなことより、なんで俺だとわかったんだ?」
「そりゃ目が赤いし、肩に妖精さんを乗せた人はあんただけですって」
「リオンさんもアサガオちゃんが見えるのか!?」
「なんか喋る光がいるなーって感じです。お嬢みたいにちゃんと見えるわけじゃないんで」
「はい?アサガオちゃん、ディーネにはバレてたの?」
「ふつーにはなしをしてたです」
「マジか」
全然気づかなかった。相変わらず聞かないと答えないな君は。
ジト目でアサガオちゃんを見ていたら、なぜかリオン君が胸に手を添えて床に片膝を付いていた。
…………今度はなんすか?
「ど、どうした」
「もうあんたには会えないかと思っていた……あの日からおれは……おれたちは感謝を伝えることができない苦しみを知ったんだ」
あ~、あれは別に皆さんのためではなくてですね――
「自分がいかに無力なのか思い知らされたよ。今まで辛かったはずの訓練がクソみたいに感じるくらいにはさ」
「…………い、いやその、そこまで思い詰めなくてもいいんじゃないかな」
「聞いて欲しいんだ。ウチに訓練が死ぬほど嫌いなヤツがいたんだけど、そいつはあの日から酒をやめてバカみたいに訓練してんだ。みんなもそいつに張り合ってさ、今じゃ誰が一番きつい訓練してるかでケンカしてんだよ。信じられます?」
なにそれ怖い。
「お願いします……戻ってきてください……頼んます……みんなにあんたの元気な姿を見せてやってください……」
ポタポタと床にこぼれ落ちた水滴が全てを物語っていた。
男泣きまでされて無下にできるほど薄情にはなれない。
あのアサガオちゃんでさえ鼻をすすりながらフードに隠れてしまった。彼の涙にはそれほどの破壊力があったのだろう。
……これに関してはむしろ申しわけないとさえ思っていた。本当に恩を着せるつもりはなかったんだ。
あの時はアサガオちゃんの気持ちがどうだのと言ったが、本当は自分のためでしかなかった。クロードボディならいけるんじゃないか――そんな軽い気持ちで挑んだ戦いなんだ。
その結果は無様な敗北に終わってしまったわけだが。
「……顔をあげてくれリオンさん。そんな安い頭じゃないだろう」
「あんたになら命も惜しくないですよ」
「バカなことを言うな。奥さんにチクるぞ」
「はははは!じゃあ命はダメですね。それなら感謝の気持ちくらい受け取ってくださいよ」
「そりゃ受け取るけども……あ、じゃあおいしくて珍しい食材を教えてくれ」
「珍しい食材ですか?だったらサンブルグの高級ハチミツは知ってます?お嬢の邸には大陸一の甘みとして有名なハチミツがあるんですけど」
「なんだとッ!?」
その日はディーネが起きるまでのんびりと酒を飲んだ。こっちの世界で飲む酒がやたらと美味いのはどうしてだろうな。




