クズの巣窟
サンブルグの規模はサウスポイントよりも小さいが、防壁はかなり厚めの作りになっている。どこもかしこも防壁だらけだが、そうしないと安全を確保できないということなるな。経費とかどうなってるんだろう?
「ごしゅ。あうたーなんとかのやしきについたらどうするです?」
「まずは弟の妻に虐待されているらしいアウタールフ公爵の娘さんを確認する。事実なら救出して話を聞かせてもらおう。アウタールフ公爵は善良らしいから、敵対するのは避けたい」
「めんどーです」
「まぁな。でも娘を救出すれば公爵夫妻もこちらの話を聞いてくれるんじゃないか?溺愛する娘の言葉なら聞いてくれるだろうし?」
「ほんとーはボク、ここのとびらはほーちするつもりだたです。いんがおーほーです」
「それはそう。全面的にヴィンス公爵とアグネアの王家が悪いんだ」
先生によると、アウタールフ夫妻は今も扉を封印しようと頑張っている。残念ながらそれは不可能であり、夫妻が命を削ったとしても抑えるのが精一杯だそうだ。
扉に押し負けた夫妻はその場で力尽き、怪物たちの矛先はサウスポイントや王都だけでは収まらない。獣人国まで到達して殺戮の限りを尽くす。
一人残された娘は、ヴィンス公爵や王家の孕み袋としてコランダム子爵から買い取られる予定であったため、監禁場所で難を逃れた。しかし、両親や親しい者たちの死を知った彼女は絶望して自害。それが顛末だった。
「公爵関連は正直言っておまけ。でも扉はいつか開きっぱなしになるんだろ?不謹慎な言い方になるが、予行練習にはもってこいだと思うが?」
「ごしゅ。あぶなくなたらにげるです」
「あたぼうよ。俺はいざとなったら空を飛んで逃げる」
「あい」
どうあがいても逃れられないのなら知るべきだ。というより、ゲームでグダグダするのもなぁ?これが現実なら国外逃亡するけど。
アウタールフ公爵邸はサンブルグの中央にあった。かなり大きめに作られているが、非常事態に備えて避難場所として使うのだと先生に書いてある。雇っている使用人の数も多く、それなりの雇用を生み出しているのなら無駄とも言えないか。
現在の公爵邸は弟のコランダム子爵が実権を握っているが、使用人のほとんどは夫妻に付き従い、一部の者だけがコランダムに従っているようだ。そいつらが今の邸をウロチョロしている警備担当だろうな。
「おぶつどもをしょーどくするです」
「とうとう廃棄物か。ちなみにムシケラが昇格するとどうなるの?」
「ぶたのエサです」
「出世の道が茨なんだが?お気に入りのジェシーは?」
「さいこーかんぶです。ごしゅのつぎです」
「ジェシー好き過ぎるだろ……なにがそこまで気に入ったんだ」
「ごしゅもいつかきづいてくれるです」
「そうか?まぁ俺もジェシーやカサンドラは好きだよ」
「あい!」
アサガオちゃんが嬉しそうでなによりだ。いわゆる推し活みたいなもんかね。
ふわりと邸の屋根に降りて侵入箇所を探すが見つからない。二階のテラスなら侵入できそうなのだが――
「ねぇルカ。本当に大丈夫なの?まだ生きてるって聞いたけど……」
「心配いらないさ。兄上も義姉上もすでに虫の息だ。それどころか、もしもの時はディーネをよろしくと言ってたらしいぞ?ハハハハハ!!もちろんよろしくしてやるとも」
「フフフ、そうね。もうしてあげてるけど」
「ほどほどにな?使い物にならんと奴に足元を見られる」
「あら、そんな間抜けなことをするとでもお思い?」
そのテラスで乳繰り合っているカップルが件のコランダム夫妻だった……こんな朝方になにしてんの?まさか、今の今までハッスルしてたわけじゃないだろうな……。
「あの小娘を送る日は決まったの?」
「もう少し待て。爵位の譲渡は約束させたが、兄上が存命な内は控えろだとよ。まったく、ヴィンスのオッサンも腐ってるが、今の王家も大概だ。王太子の子を産ませたいと言ってきたんだぞ?ディーネの奴も大変だ。ハハハハ!」
「あは!本当は下民の集団に放り込んで泣き叫ぶ姿を見たかったのだけれど……残念だわ」
「ディーネの奴も穢れた獣人の血が入ってなけりゃオレも楽しめたんだが、獣じゃ興奮できないからな」
「あら、さっきまで楽しませてあげた妻の前で言う言葉かしら」
「おっとこれは失礼した。御令嬢、もう一曲いかがですか?」
「フフフ。よろこんで」
無意識に第五階梯・圧縮領域を書き上げようとする自分の手に気づき、肩の上で邪悪な笑みを向けてくるアサガオちゃんと目が合った。
これはいけない。バカに武器や権力を持たせるなと昔の人は言ったが、まさに今の俺がそれじゃないか。
破壊を求めるクロード君よ、静まり給え。なにゆえそのように荒ぶるのかッ(冤罪)。
「ごしゅ。はやくやるです」
「アサガオちゃん落ち着け。こいつらに手を下すべきは俺じゃない」
「ほんにんにやらせるです?そんなきがいがあたらとっくにつぶしてるです」
「突然一人ぼっちにされた子供ができるか?怖くて震えているのが普通だよ」
「そんなあまえたこんじょーではいきのこれないです」
「まさに正論であった……。ほれ、さっさと行くぞ」
論破マンと化した妖精さんを肩に乗せてテラスへ降り立つ。すぐに魔力探知をしてみたが、娘をピンポイントで探すのは不可能……と思っていたら、アサガオちゃんはなにかに気づいたらしい。
「ごしゅ」
「どうした」
「いっぴきしにかけがいるです」
「瀕死?公爵を裏切らなかった奴が拷問でもされたか」
「メスです」
「…………嫌な予感がしてきた。案内を頼む」
「あい」
呆れるほど警備が緩い。でもそのはず、この屋敷に公爵の味方はおらず、警備の奴らもそういうのしか残らない。類は友を呼び、クズにはクズが集まるのは自明の理ってわけだ。おや?クロード君の組織(笑)も同じだったな。ハハ。
地下への階段を降りて行くと臭いが強くなってきた。ここにも警備がいない時点でどうかと思ったが、俺としては好都合。っていうか、むしろ助けて差し上げろと言わんばかりの状況にウンザリする。これも運営が用意したシナリオ通りなんだろうな。
「ごしゅ」
「…………」
地下の奥に娘さんがいた。牢の外からでもわかるほど痩せ細り、体中のアザがひどく痛ましい。この肌寒い地下で汚れたワンピースだけが彼女を守っている。美しかったであろう金髪や尻尾はボサボサで、いつからここで虐待されていたのかわからないほど体臭が強い。
「アサガオちゃん」
「あい。おれてるのはみぎてのほねだけです。でも、せなかのキズをちりょーしないとしぬです」
「……遅すぎたか。性的虐待の可能性は?」
「オスのエーテルはんのーはないです」
「え、そんなんわかるの?」
「エーテルパターンはウソつかないです。オスとまじわたメスはすぐわかるです。パターンをごまかすのはふかのーです」
こっわッ。じゃあ浮気とか不倫したら一発じゃねぇか……。
だがほんの少しだけホッとした。性的な虐待とか強姦は一生忘れることができないだろうしな。
「…………だ、れ?」
「ご両親の味方だよ。ここから出て会いに行こう」
「ほ……んと……?」
「本当だ。けど、まずは軽く汚れを落として治療が先だ。それが終わったら、お腹に優しい食事にしようか」
コランダム夫妻には手を出さない。アウタールフ公爵家の者がやるべきことだから。しかし、ヴィンス公爵と王家に関しては別だ。現実とは違い、この世界には唐突にやってくる因果応報というものを教えてやらねばな。
自然と腕に力が入り、鉄格子を捻じ曲げていた。




