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育ちの違い



 アウタールフ邸からの脱出は簡単だったが、この子をどうやって治療すればいいんだろうか?


 繰り返し受けたような背中の裂傷があまりにも酷い。きっと何度もムチで叩かれたんだろう。こんな幼い少女に対してよくやれるものだ。



「アサガオちゃん。この町で治療してくれる場所を知らない?」

「しらないです」

「だよな……それにこの子が見られて騒ぎになっても困るし――って、なにをしている?」

「エルテンシードをうえてるです」

「…………」



 唐突に例のよくわからない種を取り出し、少女の中にスッと植え付けるアサガオちゃんがマジで怖い。


 この妖精はいつもそう。ゴングが鳴る前にぶん殴ってくるボクサーみたいな奴なんだ。まずは本人の許可を取ってからにしろと何度言えば……だからその種はなんなん?



「その種はなんなの?」

「リンクシステムです。ごしゅのおんけーをあたえるです」

「俺の恩恵ねぇ。副作用はないのか?」

「うえてもバレないです」

「副作用はないのかと聞いているんだが?」

「ほとんどないです」

「ほとんど、に含まれる詳細を話せと言っている」

「すこしエーテルをきゅーしゅーするです」

「なぁアサの字。意識のないこの子をよく見るんだ。魔力を吸収して大丈夫そうに見えるのか?ん?」

「そのん?ってゆーのやめてほしーです。ムカッとするです」

「確かに……すまんかった……」



 それわかる。俺もオッサンに、ん?ってされてイラっとしたもん。だからやったんだけど。



「この子は冗談抜きで瀕死だぞ?」

「だからごしゅのおんけーをあたえたです」

「恩恵てお前……そんなもんでどうにかなるような傷じゃないだろ」

「ごしゅはじぶんのおんけーをなめちゃダメです。みてほしーです」

「……?」



 俺の体からあふれ出るナニかが少女へと注がれていく。例えるとしたら、それは生命力だろうか。わずかに俺の元気が失われ、少女の活力として生まれ変わる。そんな印象を受けた。



「ボク、ごしゅのためにがんばたです。なのにごしゅはひてーばかりです」

「…………」

「ボク、いらないコです?」

「バカなことを言うなアサガオちゃん。君は俺の大事な相棒だよ」

「ほんとーです?これからはボクをおこったりしないです?」

「俺が無意味に怒るわけないだろ?」



 アサガオちゃんをそっと抱きしめる。俺は知らぬ間にアサガオちゃんを傷つけていたのか……俺は……なんて罪深く愚かなんだ……。



「ごめんねアサガオちゃん。これからも大事にするから……」

「ほんと?うれしいです……ごしゅ、ダイスキ!」

「俺もだよ……ところで、さっき体から力が抜けたような感覚があったんだけど、恩恵と関係ある?」

「あい。ごしゅのありあまるせいめーりょくをわけあたえたです」

「だからそれを最初に説明してッ、許可を得てッ、それからやれっつってんのッ!」

「うひっ!?」



 ワシの命ぞッ。人の命を勝手に分配すんな鬼畜妖精がよぉ。さりげなく恩を着せようとしてきたからおかしいと思ったんだ。お前が怒られないように立ち回ろうとする性格なのは知ってんだこっちは。


 頭の花を抜いて生で食ってやった。うめぇ。



「腹ごしらえしていたら少女の顔色がよくなってきたな」

「ごしゅはきちくです」

「君にだけは言われたくないが?でも助かったよアサガオちゃん。これならなんとか助けられそうだ」

「まだあぶないです。しょくじさせないとしぬです」

「ふむ。この子を宿で――と、言いたいところだがやめよう。町の外で障壁を張って休ませる」

「またコソコソするです?」

「もう夜が明けるからな。消えたと知った連中が探しにきたら面倒だ」



 少女の容態は回復傾向に戻ったが、まともな食事すら与えられてこなかったのは痩せた体が証明している。極力お腹に優しい食事を用意するなら俺が作るしかないだろう。


 この世界の食い物はそこそこ美味い。だが、辛みや塩分を控えたメニューは少なかった。材料を揃えて自分で作ったほうが頼むよりも早いのだ。


 サンブルグからやや離れた川沿いに障壁を張り、アサガオちゃんに後を任せて買い出しのために舞い戻る。走りながらここまでしてやる義理は無いと思いつつも、お使いクエストをこなしているような気がして笑みが浮かんだ。


 ちょうど朝市に出くわしたおかげで食材は問題なく集めることができた。速攻で戻った俺に対し、アサガオちゃんはやる気のなさそうな糸目でおかえりを言ってくれた。意外とお使いクエストも悪くないな。



「アサガオちゃん、岩塩取ってくれる?」

「ドロドロつくってるです?」

「あぁ。あの子ってロクにメシをもらえなかったと思うんだ。だから刺激が強かったり、消化に悪い食事を取ると命を落としてしまうことがあるらしい」

「……それ、ホントです?」

「俺の世界ではそうだった。だから消化しやすい卵の入った芋粥にしたんだ」

「ボクがあじみするです」

「あぁ頼む、塩分が強かったら教えてくれ」



 ジュルジュルと品の無い味見をするアサガオちゃんはさておき、次はコーンスープみたいなもんでも作ろうか。



「ごしゅはてぎわいいです」

「まぁ自炊しているからな。腕前は素人だから大したことはない。で、塩加減はどうだった?」

「さかなのふーみもあって、なかなかだたです」

「そりゃよかった」

「それもあじみするです」

「フフ、じゃあ頼もうか」



 ジュルジュルと育ちを疑う音から耳を背け、自分たちの分を作ろうとした……のだが、様子がおかしいことに気づいた。さっき作った芋粥の皿が空になっている。


 ふと、ゲップをするアサガオちゃんを見た。コーン風スープの皿が空になっている。これはおかしい。



「アサガオちゃん。味はどうだった?」

「おいしかたです」

「それはよかった。でも、どうしてお皿が空になっているんだぁい?」

「おかわりがひつよーです」



 浸透率九割に達した俺の身体強化はまさに究極だった。亜空間を開いて逃げようとするアサガオちゃんを捕まえて花を貪り食ってやる。反省の色もない妖精型クソナビゲーターにはおしりペンペンも必要だ。



「あ、あの……」



 アサガオちゃんのワンピースを剥いてケツを叩いていたら、娘さんが困ったように俺を見ていた。計算通りみたいな顔で笑っている鬼畜妖精は、彼女が目を覚ましていたことに気づいていたらしい。相変わらず抜け目のない謎生物だ。



「具合はどうだ?」

「え、は、はい。体が軽く感じます」

「さっきまでは本当に死ぬ寸前だったからな。無理をせずここに座ってくれ。食事を用意するから」

「私のお母様とお父様は……無事なのでしょうか?」

「実はまだお会いしたことがないんだ。ご両親が扉を抑えていることと、君が虐待されていたことしか知らない」

「……どうして助けてくださったのですか?」

「俺の仕事を邪魔してきた奴を探ったら、コランダム子爵の関係者がいたんだ。その流れで君とご両親の現状を耳にした。中途半端に知ってしまったもんだから、放置すると後味が悪すぎてね……余計なお世話をしにきたんだ」

「あぁ……本当に、本当にありがとうございます……っ」

「い、いや。俺が勝手にやったことだから恩に着る必要はないよ。まともな人間でもないから、素性を聞かないでくれると助かるかな」

「はい。すべておっしゃるとおりにします」



 思わず後ずさってしまうほど気品のある獣人族の少女だった。たとえ薄汚れていようとも、内面の輝きまでは隠せないようだ。



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