俺がお兄様です
「大地の恵みとヘティア様に感謝を……」
「か、感謝を……」
「かんしゃのきもちがかんじられないです」
肉食妖精は黙れ。貴様こそゴズの親戚に懺悔してこい。
というわけで、食前の祈りを見よう見まねでやっているのだが、アサガオちゃんの指摘は本気で心外だぞ。
俺は箸を付けた食事を残したことがない。自分で注文しといて残す奴は心から軽蔑するし、いつだって命を奪っている事実を忘れないようにしている。いや本当だって。
でもその考えを押し付けるようなことはしない。出された食事を食べきれないからといって責める気持ちもない。あくまでも自分の中だけのルールとして心に刻んでいるのだ。本当だってば。そこは信じてよアサガオちゃん。
「おいしい……」
「よく噛んでゆっくり飲み込むようにな。急いで食べると危険だから」
「はい!」
とにかく素直でいい子。どっかの金と権力を好む幼女とか、孕ませろと迫ってくるポンコツ工作員とは違うね。なんかこう透明感がある。ガラス張りのトイレみたいな感じ。
彼女の名はディーネ・フォン・アウタールフ(十四歳)。腰元まで伸びた金髪に、犬耳とフサフサな尻尾を持つ獣人族の少女だった。今は俺の水球で汚れを落とし、洗髪用の樹液で洗ったおかげで髪も艶を取り戻している。着替えとして用意してきた白いローブもよく似合っていた。
驚いたことに頭の犬耳は耳ではないらしい。いや、なにを言っているんだという意見はごもっともだが、正確には犬耳の形をした魔力タンクであると先生に書いてあった。だからちゃんと人間の耳があるため、ケモナー勢からの強烈なパッシングが予想される。あいつらケモ耳にはうるさいからな。
「本当は体調を取り戻してから動くべきだと思うが、君はどうしたい?今すぐご両親に会いたい?」
「……はい」
「だよな」
そうだよなぁ……虐待されて一人ぼっちだったんだから、今すぐ両親に会いたいのは当然だ。よっしゃ、連れて行ってあげようじゃないか。このクロードボディなら、現実と違って三日四日の徹夜なんて屁でもない。任せたまえ。
最悪の場合、ご両親と一緒に避難させることも考えてしまうな……こんなにいい子だと知っちゃったらねぇ。
「食事が終わったら出発しようか。背中の痛みは大丈夫そうか?」
「それが全然痛くないのです!どんな魔術でお救いくださったのですか?」
「……それは、たまたま、偶然、よく効く薬草があって」
「すごい薬草ですね!」
……罪悪感が。チラっと肩に座る実行犯を盗み見たが、誇らしげな顔で後方腕組オジさんと化していた。妖精族には良心というものがないらしい。
食後、しばらくしてからディーネを背中におんぶして移動を始めた。
安心したようにスヤスヤと眠る無防備な姿は、完全に俺を心から信じているように思える。頭がオッパイ柔らけぇで埋め尽くされている自分が恥ずかしくてたまらない。でも仕方ないんだ……だって、男の子だもん。
「ごしゅ。コイツをどうするです?」
「そうだな…………扉はいつまで抑えられるんだ?」
「そろそろげんかいだとおもうです」
ぇ、マジで?
「大雑把でいい。予想される被害はどれほどになる?」
「このくにはかいめつするです。あと、じゅーじんのコロニーもいくです」
「アグネアだけじゃすまないのか」
「とびらのかいぶつはゆーどーされるから、どーしよーもないです」
「は?」
誘導される?なんだそれは……。
「待て、誘導されるとはどういうことだ?」
「エーテルおせんされたせーぶつはエーテルにひかれるです」
「……魔力量の多さか!」
「あい」
「どうせ保有量、または人数が多ければ多いほど扉の怪物を引き寄せてしまうってオチだろ?」
「ごしゅ。スキ」
「俺もだよ。だけど誘導するのは不可能じゃないか?サンブルグより王都のほうが人数も多い」
「どこかのムシケラがませきでみちをつくったです。じゅーじんのコロニーにむかうよーにしてるです」
「…………」
詳しく聞くと、コランダムの関係者が魔石を獣人国へ向かうように並べ、扉の怪物が襲う方向を操作しようとしているらしい。ウンザリするほど腐ってんなオイ。国家間で協力する約定はどうしたよ?
「アサガオちゃん。黒い怪物が魔力に引き寄せられる習性は誰もが知っているような常識か?」
「てーこくのいちぶしかしらないとおもうです」
「一部、か。情報を流したアホの特定はできそうだが……しかし、絶望的な未来がそこにあっても、足を引っ張り合うの人の本質は変わらないか」
「…………ごしゅ」
妥協するって難しいもんな。弱肉強食でなければ生き残れないのも事実だから、こればかりはどうにもならない。
「胸糞悪いが、俺たちではどうしようもない。けど心配するなアサガオちゃん。この世界には適合者がいる。きっと無駄に正義感の強い奴もいるはずだ」
「あい。ボクもいっしょにがんばるです!」
あぁ頑張ってくれ。応援しているよ。
因果は輪廻を巡って舞い戻る。誰かがそう言っていた。だが現実はそんなわけもなく、優しさは利用され、いい人は搾取されて終わりだ。だからせめて、この世界ではそうじゃないことを祈っておこう。
サンブルグから獣人国方面へと歩き続ける。ディーネの体調を考えて普通に歩いているが、やはり時間がかかるな。
彼女は昨日よりもさらに元気を取り戻したようで、隣を歩きますと言い出したがダメだと伝えた。別に?オッパイの感触が気持ちいいからではない。おんぶというボランティア活動に性を出したいだけだ。
なにか問題でも?
「お兄様。本当にご迷惑をおかけします……」
「気にしなくていい。お兄ちゃんに任せておけ」
「ごしゅ。あまやかしすぎ」
うるさいですね……人が一所懸命に頑張っているというのに、この妖精はすぐ足を引っ張ろうとする。これだから最近の若いもんは。
まぁなんだ、名前を言わないでいたらこう呼ばれるようになった。他意はない。
「あそこからみられてるです」
「物見塔、か。目的地の要塞で合ってる?」
「間違いありません。お母様……お父様……」
「遅くなってすまなかったな。もうすぐ会えるぞ」
「お兄様っ!」
おうふっ。ギュッとされたお兄様は感無量でござる。
今思えば、もっとカサンドラのメロンも楽しんでおけばよかった……どんだけキャラメイクしたかったんだ俺は。
ゆっくり要塞に近づくと、向こうから馬に乗った三組の騎士がこちらへとやってきた。ディーネの様子を見る限り彼女の知り合いがきてくれたようだ。
「お嬢!」
「リオン。久しぶりです」
「邸を離れて一か月くらいですかね。お嬢はどうしてこちらに?」
「お話したいことがあります。お父様とお母様に会わせてください」
「…………随分と痩せましたか?それにこちらの少年のことも気になりますけど……いや、まずは旦那様の元へ案内しましょう」
「感謝します」
「さぁお嬢、こちらにお乗りを」
「いえ、私はこのままお兄様と向かいます」
「お、おにい……え?」
聞いたかリオン君とやら。私が、お兄ちゃんです。
よくわからない優越感に包まれながら上機嫌で彼らの後に続いた。




