夜間飛行
「ごしゅ、ねむいです……」
「アウタールフ家の邸に着くまでは寝てていいぞ」
「ごしゅにはしらせて、ボクがねるわけいかないです」
「いつもグースカ寝てるだろうが。さっさと寝ろ」
「どうしてもといわれたらしかたないです」
「そこまでは言ってないが?別に起きててもいいよ」
「おやすみです」
寝るんかい。まぁいつものことだ。
今はアウタールフ公爵家の邸に全速力で走っている最中だ。急いでいる理由は、虐待されている公爵の娘を救出して詳しい事情を聞くためでもある。さすがに状況が状況だからな。亀裂を調べるためにも公爵に恩を売っておいて損はない。
方角は先生のマップ機能で確認できるからいいとしても……このゲームは無駄にリアリティを追求しているクセに、謎技術や謎エネルギーが多すぎて困る。
ちなみにゴズは置いてきた。ハッキリ言ってこれからの戦い――
「この速度でも向こうに着けば朝なってしまうな……」
「ねないではしれるごしゅはニンゲンやめてるです」
「適合者が疲労程度で疲れるわけないだろ」
「ごしゅ?ボク、いまのよくわかんなかたです。てきごーしゃはニンゲンじゃないです?」
「君はなにを言っているんだ?適合者は疲れないし、瀕死の重体でもピンピンしてるもんだろ」
「ほんとーにわかんないです」
アクションゲームの主人公は大概バケモンだ。永久に小走りできるのは当たり前で、どんな高さから落ちてもノーダメージなんてことはザラにある。現に俺だって疲労くらいじゃパフォーマンスは落ちないし、痛み程度ならどうってことはない。いや、多少は疲れるし眠いけどな?
俺は初めてこの世界を見たとき、転生してしまったのかと不安になった。でもあっさりとログアウトできた瞬間から、恐怖が消えて高揚感に包まれたんだ。確かに痛みや苦しみも感じるが、ゲームと割り切ればなんとも思わん。
「意味がわからないかもしれないが、適合者とはそういうもんだ。上位者ともなれば、一週間くらい同じ場所をグルグルしながら魔獣狩りを楽しむは常識だぞ?もちろん休憩は無い」
「…………たべものとかどうするです?」
「狩りながら食うに決まっている。ボトラーやオムツァーと呼ばれる狂人にまで至ると、目的の物を得るまでは絶対に諦めないと聞いたことがある。だから自然と実力もえらいことになるんだろうな」
「ごしゅもその、ぼとらーでおむつぁーです?」
「俺は人間をやめてないし、二度とその名で呼ばないでくれ。たぶん俺は中級がいいとこだ」
「ごしゅが……ちゅーきゅー……ごかいてーをたんどくでつかうごしゅが……」
アサガオちゃんが適合者の危険性を引き上げるべきだと先生に訴えて議論を始めた。なんか掲示板のレスバトルを見てるようでちょっと面白かった。
――二時間後。
「どうしてわからないです!?このうんち!うんちうんちうんち!」
「…………熱い議論の最中に申しわけないんだが、ちょっと相談に乗ってくれないか?」
「ごしゅはあとです。いまはこのわからずやをわからせるです」
ガチギレしてる……先生と仲悪いんかな……。
「だからきょーいにきょーいをぶつけるのはしこーてーしのうんちです!このうん――」
「ア、アサガオちゃん。よかったら君の力を借りたいんだけど……」
「いまはいそがしーです!」
「そこをなんとか、な?」
「……あい」
アサガオちゃんは防衛システムの管理者だと言っていたが、先生の叡智とはなんだろう?あまりメタ的なことは触れないようにしてるが、先生がマザーってオチなのでは……忘れた頃にしれっと聞いてみるか。
「実は、現在地を見ればわかるけど、夜明け前にたどり着くことは難しいみたいでな」
「いまはちょーどはんぶんくらいです」
「俺もこれ以上の速度は出せない。だから、もっと早く進むには空を飛ぶしかない」
「ごしゅ。ニンゲンは。とべないです」
「子供に優しく悟らせるような言い方をやめろ。まぁ聞け、俺にいい考えがある」
「いちおーきいてあげるです」
話は単純だ。俺が最大級の突風で自分を吹き飛ばし、姿勢の維持や細かい制御をアサガオちゃんが行うというシンプルな作戦だ。さすがに二つの魔術を同時に使うことはできないから、二人でやれば解決である。
そう分かりやすく説明したのに、エッチな本をビジネス雑誌の下に隠して出された店員のような糸目で見下してくる。
なんだァテメェ……。
「ごしゅ」
「言いたいことはわかる。でも大丈夫、絶対に成功するって」
「でも――」
「うるせぇ!やろう!」
「…………あい」
やっぱ有無を言わせないこのセリフは優秀だな。理不尽すぎてなんも言えねぇもん。
同意を得たので実行してみたら地獄を味わった。圧縮に圧縮を重ねた突風は魔力障壁を破り、俺の肉体にダメージを与えながら音速で吹き飛ばしてくれた。幸いアサガオちゃんは無傷だったが、錐もみ状態で前後左右がわからないまま吹っ飛んだために制御がきかず、結局はわけもわからないまま墜落するハメになった。
めっちゃ痛い……けど楽しいっ。
「痛っつ、でもやっぱり空は早かった。マップを見ろ、二時間以上も短縮できたぞ」
「ごしゅのあたまはおかしーです」
「そうは言うが、適合者の半数はコレやると思うよ?」
無言で先生との議論を再開しようとするアサガオちゃんを止めつつ、サウスポイントから東、アウタールフ邸のあるサンブルグの町が見えるところまで飛ぶことができた。クッソ適当にやったんだが、なんとかなるもんだなぁ。
当然のように今は夜中であり、正面から町に入るのは避けるべきだ。無駄に足が付くようなマネはしない。
「さっきのでコツは掴んだ。町には空から侵入する」
「ごしゅ?」
「騙されたと思ってフードに入ってみ?飛ぶぞ」
「…………あい」
大人しくフードに収まり、度重なるパワハラを耐えるアサガオちゃんには社畜の才能があると見た。あとで先生に鬼畜妖精の更生プログラムについても相談しよう。
町が視界に入る距離なら突風の加減も難しくない。それでも首を持ってかれそうな衝撃ではあったが、うまい具合に高さと速度を得ることができた。
空から見る町の夜景はとても綺麗だった。真夜中なこともあって光は少ないが、地上はまばらに浮かぶ星々のようにきらめいている。
ふいに思う。もしもアサガオちゃんが側にいなかったら?
突然、暗い水面の上に俺だけが取り残された記憶を幻視した。月明かりがゆっくりと流れる波を反射し、静かで、不気味で、寂しさだけが残されている。
なにもない。なにもしなかったからだ。今度こそ俺は――
「ごしゅ。これくらいならゆるすです」
「……そ、そうか。うまくなっただろ?」
「もうゴズにようはないです」
「そう言うなって。食うのはあいつの親戚からにしよう」
「あい」
今のはクロード君の記憶じゃない。俺の記憶だ。覚えがないのにそうだと確信が持てる。
デジャブにも似たこの感覚はこの体に仕込まれていたのか?もしくは最初に技能をインストールした時ならあるいは……。
苦しい記憶だ……全てを失い、終末を迎えた世界に一人だけ取り残された記憶。そこにアサガオちゃんはいなかった。いや、そうじゃない。俺は最初から一人だった。
「このままおちると、おとでバレるです」
「任せておけ」
適度に風を調整して落下速度を緩める。防壁を越えたら人影のない場所を探して降りよう。




