第85話 ジョン、娘と大晦日を迎える。
「ラズベリーさん。今年も一年お疲れさまでした」
「ああ。今年は君によく助けてもらった一年だったね。ありがとう、助かったよ」
私は何度も有給を取り、娘であるラピスとの時間を例年以上に作った。それは会社の同僚に手伝ってもらわなければ出来なかったことだろう。本当に感謝している。
「いえいえ、休む時はお互い様ですよ。ボクの方がいつも助けてもらっていますし。あっ、もう帰らないとっ! 電車一本致命傷、乗り遅れると次は30分後とかなのですみません。それでは失礼しますね、よいお年を」
「よいお年を。って、おいおい気を付けて帰れよ」
走り出してすぐに躓きそうになりながらも笑って振り返った彼は、再び愛する家族の元へと帰るために走っていった。私も最愛の娘の待つ家に帰るとしよう。そう思い、真新しい紺色のマフラーを首に巻く。
「そのマフラー似合ってますね。確かクリスマスの次の日からずっとしてますけどお子さんからのプレゼントですか?」
「ええ、可愛い娘が手紙と一緒にくれたのでね」
「いいなー。うちの子、遊ぶことしか考えてないから……」
「大きくなったらきっと変わりますよ。このマフラーも実をいいますと、何年振りかの贈り物ですから」
それでも嬉しい。いや、だからこそとても嬉しかった。なにせラピスはこれまでずっと家から出なかったのだから。私のために外に出かけてくれただけでも本当に嬉しいのだ。これ以上に何を望む、いや、もっとあの子には幸せな人生を送ってほしい。
「そうなんですね。恥ずかしがりやさんなのかな? それじゃ、私も失礼しますね。よいお年を」
「よいお年を。―――ふぅ。結局今年も私が最後か」
早く帰ろう、そう思っていたのに引き止められ続けて、解放されたと思い周りを見ると室内には私しか残っていなかった。
「まぁ、娘のことになると語りすぎる私が悪いんだがな。それでは、失礼」
誰もいない事務所へと一礼をして施錠をする。帰り道の寒空の下、マフラーが暖かい。私の歩みに合わせて端に付いている白い玉が揺れる。
「ふふっ。まるで小さい頃のあの子のようだ」
真っ白な球が無邪気に揺れる動きがお転婆で、それでいて私と妻の周りをぐるぐる回っていた昔のラピスを思い出させた。
「ただいま。……っと、またゲームをしているのか」
帰宅し、返事の無い家の中へと入る。リビングの明かりがついていることに気付いて、テレビにでも集中していて私の声が聞こえなかっただけだと思った。しかしどうやら違うようだ。
「本当に天使のようですわね。とっても可愛いですわ」
「あ、こっちのラピスちゃん、魔女っ娘戦隊ラブレンジャーの真似してる~! 私も見てたよ! ラピスちゃんも好きだったんだねー」
「あはははっ! そうだったかもー、それでね―――」
楽しそうにテーブルに写真をバラまいて話し込む三人の少女たち。どうらや友達を家に招いておしゃべりに夢中になっていただけらしい。
「ただいま、ラピス。ずいぶん楽しそうだね。君たちもよく来てくれた。歓迎するよ」
「あ、おかえり! って、ちゃんとただいまを言ってよ。も~、びっくりしたよ」
「いや、ちゃんと言ったよ。ラピスが聞こえなかっただけじゃないか?」
ラピスと話している間に、リビングにある机の向こう側に座っていた二人の少女が目の前まで来ていたことに気が付いた。
「すみません、お邪魔しています。私、茉実っていいます。ラピスちゃんとよく遊んでいて、今日は年末だってことで家の掃除をしていたら見つけた昔の写真を見せてくれるってことで急でしたがお招きしていただきました」
「初めまして。わたしは奈津美と申します。ラピスさんとはそちらの茉実さん共々楽しくお付き合いをさせていただいております」
二人の落ち着いた礼儀正しい挨拶に驚きながらも、私もそれに倣って返す。
「この子の友達がうちに来てくれて凄く嬉しいよ。何も出せるものを用意してないけどゆっくりしていってくれ」
私がリビングを離れると女の子特有のキャッキャとした声が聞こえだし、落ち着いているように見えてもやっぱり女の子なんだなっという気持ちになった。
「ちゃんと年頃の友達を作れたようだな」
オンラインゲームを与えてからネット上の友達ができたのは知っている。ラピスから学校や外出の話を聞いて友達ができたのも知っている。……それでも、実際に友達と楽しそうな声で話すラピスを見るのは嬉しかった。
「本当にいろいろと驚かされた一年だ。……だが、安心して年を越せる」
自室で寛いでいるとバタバタと音がして静かになった。恐らく二人が帰ったのだろう。しばらくするとコンコンッとノックの音が聞こえた。
「みんな帰ったんだね。いい友達を持ったな、ラピス」
部屋へと招き入れて頭を撫でる。もう高校生だ。だが、子どもはいくつになっても子どもだ。とても愛おしい。嫌がる素振りもせずに撫でられていた娘が、照れた表情で口を開く。
「……うん、ありがとう。それでね、お父さん。元旦に二人と初詣に行ってくるね。朝早くに出かけるから、先に言っておこうかなって。―――それと、年末の最後までお仕事お疲れ様。……いつもありがとう。大好きだよ」
その後のことはあまり覚えていない。どんな顔をして娘と夕ご飯をたべたのかも、何もかも……。二人の大事な時間を大切にしたい、その思いだけで働いていた。なのにこのように心あらずで過ごしてしまったことは一生の不覚だ。
「だが、今夜はよく眠れそうだ」
今夜は大晦日。特番が流れ、世間の雰囲気も少し早いがお正月ムードに入っている。それでも、私は早めに寝るとしよう。明日の朝、あの子にいってらっしゃいというために。そうだ、せっかくの初詣だ。
「成長して笑うようになったあの子は、春菜、キミにとてもよく似ているよ」
大切にしまっていた形見の簪を取り出し机の上に置く。恐らくは友達も普段着でいくだろうから背丈が春菜と同じくらい成長したといってもラピスだけに着物を着せるわけにはいかない。まあ、そもそも着付けが出来ないわけだが⋯⋯。しかし、これだけなら……。
「明日、あの子にさしてあげよう。キミも一緒に天国からあの子の一年を、これからを見守っていてくれ」
除夜の鐘を夢の中で聞く。年が明ける。新たな一年が始まる。
あの子が今年も健康で楽しく暮らせるように願う。ラピスに幸あれ。っと。




