第65話 颯太、外に出る。
「今日はどのゲームやろうかな」
僕、伊藤 颯太は不登校の引きこもりだ。夜は|GOD・F・オンライン《GFO》というVRMMORPGでヒューイという魔法使いをしているけど、そればかりじゃ飽きるし周りとの進行度調整も兼ねて別のオフラインゲームも嗜んでいる。
「ほーんと、なんでVRゲーム用のアバターが一つしかないんだよ。僕はもっとVRMMORPGがやりたいのに」
何度目になるかわからないVRゲームの仕様に文句を言うが、他のVRMMORPGを遊びたければコンバートしなければいけない。かと言ってGFOにずっとログインしていると廃人認定と"相応に強いんだろ?"という期待されるため、それが嫌で昼間のログインは極力避けている。
「練習量に実力が伴わないってそんなに悪いことなのかよ⋯⋯」
ふと、学校での出来事を思い出して気持ちが沈む。が、去年の今頃、体育祭のリレーでアンカーを任された時までは順調な学校生活だったなと、楽しかった思い出も少しだけ思い出せた。
「⋯⋯けど、陸上部のヤツに負けた時にアイツらは、⋯⋯僕をイジってただけで悪気どころか励ましてくれてたのかな」
その時そう捉えたのは自分だ。必死になって放課後に遅くまで毎日練習して、それでもクラスで一番足が早いからと任された期待に応えなれなくて悔しかった。どんな言葉も悪意に聞こえた。
『相手は陸上部の未来のエースだったしな』
『俺たちがお前にバトンを渡すまでにもっと差をつけとけば勝てたのに悪いな』
『良く頑張ったよ。負けちまったけど』
その時の僕には、
『相手が陸上部のエースなら負けても仕方がない』
『最初からお前がアイツに勝てると思ってないわ〜』
『まあ、お前じゃこんなもんだろ。お疲れ様さん』
全てがネガティブな言葉に聞こえた。
だって、中学生となって初めての体育祭だ。小学校では敵なしで負けない自信もあった。それでも中学にあがり、ヤツが陸上部の未来のエースと言われる藤田 龍也の走りを見て勝てないと思い、アンカーに選ばれた日から必死になって走り込みをした。それでも負けた。
「⋯⋯現実なんて努力よりも才能なんだよ。ゲームならレベルは裏切らないのに」
そこまで言って夏に一緒にプレイしていた女の子たちを思い出す。彼女らはレベルに見合わない強敵に知恵とプレイスキル、そして連携で渡り合っていた。特にトロピドラゴン戦ではヒューイの大魔法に武道家のラピスは最後、サブスキルではタイミングの難しい詠唱短縮を初見で合わせてきた。
「あの子たちは特別だ。⋯⋯いや、特別か?」
ラピスは特別だ。そこは前に話していた時に僕と同じく不登校でずっと別のVRMMORPGをしていたと話してくれていた。だが、アユは? 彼女は初心者だったはずだ。
「彼女もサブスキルのホーリーアドオンを僕に合わせていたっけ」
元々持ったセンスもあるだろう。だけど、【厄災】フワマリンネの適正レベル20と言われるところをまさかのレベル11でクリア、そのままナミノの適正レベル25と言われるモンスターたちを乱獲していたのだ。無理をした場数が違いすぎる。
「無理をできたのは仲間がいたからか⋯⋯」
陸上部の藤田は有名だった。僕がみんなに声をかけて一緒に練習していたら結果は変わっていたかもしれないと今更になればそう考えることができた。
「───母さん、ちょっと走ってくる」
「ほら、ウェアーよ。暗くなる前に帰ってきなよ?」
「わかってる。なんたって僕は不登校だからね」
気づいたら走りたくてウズウズしていて飛び出した。息が苦しい。足が重い。それでも、風が気持ちいい!
「万が一もあるし走るなら学校とは反対だな。河川敷まで、いや時間もあるし隣の町にあるあの山まで行ってみるか」
街中は人通りも平日とは言え多い。補導されても面倒なので人気の少ないルートで走り出し、まばらだが休日のような学生っぽい若者が私服で出歩いているのに疑問を抱く。
「あれ? 伊藤じゃん」
ふいに声をかけられた。が、聞き覚えはないので無視して走り出す。
「無視すんなって! 俺だよ、藤田だよ! 陸上部の」
横には、坊主頭の藤田がいた。
「まともに話したこともないヤツが丸坊主にして気安く話しかけてきて気付けって無理だろ」
「あはは。そうかもな」
どうしたのか聞いたら、県大会でボロ負けして天狗だったことを思い知り、次は負けないと覚悟の証で坊主頭にしたそうだ。
「いやー、お前に勝って満足してたんだけどなー」
「嫌味かよ」
「違う違う。去年のリレー、アンカーがお前だと聞いて俺も部活終わった後に走り込みして本気で挑んだんだよ。じゃなけりゃ勝てないと思ってな」
その話が本当なら僕は練習量でも負けていたんだな。そう思いながら藤田の話を聞いた。
「なあ、学校、こないか? 次の県大会、お前と一緒に出たいし勝ちたい。ダメか?」
返事をすることなく僕らは走る。二人の息遣いだけが響いていた。
「今は、まだ⋯⋯。それに体力も落ちてるから」
僕は足を止める。いや、踏み出せなくなる。一年の引きこもりはそれだけの重みがあった。
「わかった。だけど待ってるからな。俺はお前が生涯のライバルだと信じているからな!」
「それいいすぎ」
「いや、昨日の体育祭はほんとにつまらなくてさ。伊藤が恋しくなって、今日会えたのは運命だと俺は思うね」
どうやら昨日が体育祭、今日は平日だが振替休みだったらしい。休日のように感じたのは間違いではなかったようだ。
「そっか。ほんとうに丁度一年か⋯⋯」
「もし、お前に何か言ってくる奴がいたら俺が助ける。だから学校にこい! 伊藤! そして俺と走れ!」
ああ、コイツは僕を認めて求めてくれといる。足の早い僕を。なら応えたいと思った。
「不登校の特権、平日の走り込みを続けるから待っててくれ。体力回復と⋯⋯気持ちの整理ができたら行ってやるよ。───学校に」
ガイもラピスとの水泳の練習とアユとの口論でリアルの気持ちが変わったらしい。実は水泳教室の先生というのは嘘で、まだ高校生だったりするらしい。競泳選手だったが交通事故で泳げなくなりVRゲームに現実逃避していたという話を聞いて不登校でないだけで僕と似たようなものだなと思い親近感が湧いたのは記憶に新しい。
『オレも頑張る奴や楽しそうな奴を見て何も感じないほど腐っていないさ。水泳が好きな気持ちに正直になって本気で水泳教室の先生を目指すことにしたよ』
それからガイのログイン時間は減った。次は僕の番、⋯⋯あぁ、なるほど。アレスたちとは"仲間"だって僕も胸を張って言える。今日、外に出て本当に良かった。そんな一歩を踏み出した秋になった。




