第32話 【七夕】深琴、星に願う。
『──────ますように』
私、大倉 深琴は黄色の短冊に何を願っているんだろうな。妖仙世界が嫌になり転移してきたはずなのに、ラピスの周りを見ていると私も置き去りにした何かを思い出す。
「パーティプレイと言いながら誰かの定義した最強の量産型ばかりでつまらぬと思ったが、対人戦しか目を向けなくなったわっちも同じじゃな」
それはあの世界で交流の途絶えた昔の友へと向けた懺悔、ただ一緒に遊ぶ仲間が欲しかっただけで、強さなど本当はどうでもよくて、ただそれでも先に進むために強いと言われるテンプレなステータスにした友だった彼を思い出す。
「あやつは七夕に何を願うのじゃろうな」
離れていったのは私だ。ありふれたテンプレのステータスと装備のプレイヤー、別に彼でなくとも誰とパーティを組んでも同じになり、それがひどくつまらなかった。
独り言はここまで。
「わっちは元・妖仙世界の"天元の座"、小倉 ミコ」
約束通りにカゲミツ殿に手合わせをしてもらえることとなったのだ。私を知らない人、私の知らない技が見られるのにワクワクする。⋯⋯対人戦を始めたきっかけはただの憂さ晴らしだった。眩しかった彼が彼の色を失ったようで悲しかった。プレイヤー同士の対人戦の行える御前試合イベントでは連戦連勝、付いた称号は"天元の座"、頂点に立ち分かった。次から次へと私の量産型が挑んできたのだ。
「カゲミツ殿、胸を借りるぞ」
「いや、ミコ殿、それはこちらのセリフかもしれんな。第六天明王、カゲミツ、参る」
私たちは街から出てすぐの平野で対峙する。ルールは 3回までの攻撃を全てダメージ 0にする防御魔法、断絶の盾が破壊されるまで。
「ラピス、頼む」
「はい! 移動速度増加ッ!」
AGI重視のステータスらしいカゲミツ殿はAGI低下のデメリットがある"足枷"を装備し、ラピスに私の移動速度とAGIを上げる支援魔法、移動速度増加を掛けさせた。
「なるほどのぅ、これはわっちの想像以上の練度じゃな」
「これでレベルによるステータス差は縮まっただろ。スキルの制限はなし、お互いに全力でやろうか」
今のラピスは正真正銘の聖女、この世界で転職を行って再び聖女の職業に就いていた。スキルは解放されているがステータスは大幅に低下しており効果は全盛期には遠く及ばないだろう。それでも使用回数が桁違いなのか|GOD・F・オンライン《GFO》でラピスたちと会う前に組んでいたパーティの聖職者に掛けて貰った時とは体の軽さが雲泥の差だった。
「しかし⋯⋯、まだ子どもじゃな」
「だな。いつも大人びてはいるが、アレを見れただけで俺たちは今日という日があって良かったと思う」
ラピスに視線を向けた私の言葉にカゲミツ殿が同意する。当の本人は、本来ならコンバート先の光雫世界で装備していたはずの、持ち込んだ聖職者専用防具である胸元に星が刺繍された黒の修道着を着て、様々な魔法をアユに楽しそうに見せている。ただし、MPが足りないのでMP回復薬を毎回上に投げながらで側から見ると面白い。
「向こうでのあの子の話を聞きたいところだが、まずは」
「じゃな」
ザッ
「はっ!」
私は様子見で踏み込み、軽めに長槍で顔面めがけ突きを放ち、すぐに手元に戻す。カゲミツ殿は半歩左にズレ体を横にして躱わす。
「ふんっ!」
「っく! まだだじゃッ!」
カゲミツ殿はそのまま姿勢を低くし、捻りを加えながら力強い一撃の突きを放つ。私は普通には避けられず、弾くにしても力負けするのを察して長槍を勢いよく地面に突き立て、腕力で体を持ち上げて躱し、長槍を引き抜きながら後ろへと飛ぶ。
「ミコさんっ! カゲミツさんっ! あーーー、もうっ!」
「はい、ラピスちゃん。MP回復薬」
パリンッ!
「断絶の盾ッ! 断絶の盾ッ!」
私たちが戦い始めたのに気付いたラピスが断絶の盾を私たちに掛ける。効果時間は 1分30秒、クールタイム 3分とのことで試合時間=効果時間がカウントスタートとなった。
再び距離を詰め、お互いに一歩踏み込めば届く間合いで膠着する。
「長槍との戦いは慣れておる」
ダッ!
超至近距離、槍を突くことが出来ない間合いまで一気に詰める。そこで長槍から片手を離しショートカット登録した麻痺の呪符を手に持ち発動しようとし、私は吹き飛んだ。
ピシッ!
「⋯⋯裏拳かや。確かに武道家が槍に拘る必要はないわな」
固定概念、私の真似をして長槍を使うプレイヤーとは何度か戦った。だが、所詮は真似事で武道家ながら拳術を鍛えた者に出会うことはなかった。彼らは長槍というリーチが私の強みだと信じ、それのみを真似していたからだ。
「それはお互い様だ。さあ、続きといこうか」
ブンッ!
カゲミツ殿が突っ込んで来て、長槍を横に薙ぎ払うが、それを私は長槍を地面に突き立てて受け止める。そのままお互いに長槍を手放し、正拳突きを放ち拳がぶつかり合い───相殺、ダメージ判定が消える。
「いまっ!」
「あまいっ!」
左手で麻痺の呪符を持ちカゲミツ殿の伸び切った右腕を狙う。が、足払いを受け体制を崩し、狙いは外れて私の左手は宙を切る。
「仕切り直しだな」
私は体を捻り転がりながら、カゲミツ殿も追い討ちはせず後ろに飛び退き、距離を取ってから長槍を再度装備し直す。
「呪符をケチってもいい事がないのう」
近づいていては呪符一枚の発動すらできない。スキルの大盤振る舞いも必要か。
「呪符結界・金縛蓮華ッ! っふ、っふん! やぁ! ───刺突・一点ッ!」
ピシッ!
「柳風ッ!」
間合いの外から20枚もの呪符を消費し状態異常扱いではない行動強制停止効果にて動きを封じる。とはいえ時間にして1秒ほど、入れられたのは一撃だけ。解除後に即、長槍を手放し無手にて受け流された。
「スキルをただ放つだけではない通常攻撃からの連撃か。長槍のスキルはその隙の大きさ故に動きの流れを作り、確実に当てられると思ったところでスキルを発動する。実に見事な動きだ」
正直言って自分以外の一定範囲に効果のある呪符結界が効くかもわからなかった。効果があるのを確認してから行動するのでは遅すぎる。そのため、多段スキルではなく私の得意な通常攻撃からのスキルで 3発を当てて決める勝負に出たのだが、結果は初撃の通常攻撃のみしか当てられなかった。
「そろそろ頃合いだ」
「うむ。わっちも最後の技といこうかのう」
再び長槍をお互いに構えて、───カゲミツ殿が消えた。
ピシッ!
「呪符結界・隔絶重符ッ!」
恐らくは移動系スキルのショートカット発動による死角からの奇襲、思えばカゲミツ殿は武道家スキルしかまだ使っていなかったことを思い出す。一撃を貰い、追撃を避けるために手持ちの呪符を使い切ってしまったが完全防御スキルにて凌いだ。
「刺突・一点ッ!」
「源技・山茶花」
カゲミツ殿はスキルによる 1発を貰っても問題ないと判断し、守りを捨てて私の思惑通りに突っ込んでくる。刺突スキル発動中のスキルキャンセル割り込みスキル、"即反転"をショートカットで発動し、さらにコンマ数秒後に"刺突・乱れ霰"をショートカットにより発動した。
ピシッ! ピシッ!
パリンッ!
「わっちの負けじゃな。流石はラピスが凄いというだけのことはあるのぅ」
"刺突・乱れ霰"はたしかに発動した。だが、それ以上にカゲミツ殿の二度の攻撃が早かった。
「源技か、まさか習得しておるものがいようとは」
「ここは最古のVR MMO RPGの一つ、月影オンラインの輝夜世界だ。俺以外にも使えるヤツはいるさ」
ただただひたすらに強さを追い求めた先の究極スキルの一つ"源技・山茶花"、効果は自身の通常攻撃速度を大幅に上昇させる。つまり、私はひたむきな努力に負けたのだ。
「しかし、愉快じゃ。負けたというのに充実しとるわ」
私は大の字になって寝そべった。
「回復ッ! 詠唱省略ッ! 移動速度増加ッ! 断絶の盾ッ! 聖域領域展開ッ!」
パリンッ! パリンッ! パリンッ!
何故かラピスが楽しそうに支援魔法を私とカゲミツ殿に無駄打ちを唐突に始めた。
「どうしたんじゃ?」
「え? だって二人とも楽しそうだったし、お祭り騒ぎはみんなで盛り上げた方がもっと楽しいからね」
ラピスに周囲を見るように促され、目に飛び込んで来たのは魔法やスキルの嵐。最初からいた第六天明王やアユの他に、周辺には普通に狩りをしていたであろう多数のプレイヤーも集まり、皆が思い思いにド派手にスキルを無駄打ちする。
「二人とも本当に凄かったよ〜。VRゲーム初心者の私が見ても何やってるかわかんなくても凄いのは伝わったからさ。っうわ」
アユのその言葉に賛同するかのようにアユに数多の支援魔法が降り注ぐ。ああ、なんてしょうもない光景なのだろうか。
「ははっ! お主、今は光に照らされてキラキラしておる鮎のようぞ」
「あはは! なら本望かな。みんな、私にもっとちょーだいっ!」
「アユちゃーん、MPなくなったよ〜。MP回復薬なげてよ〜」
「やー! って、なんかラピスちゃんに向かっていっぱい飛んで来た!」
「よーし、今夜限りだし大盤振る舞いしちゃおっかな〜」
くだらないことで笑った。仮想の世界で心から笑った。この出会いに感謝を、そしていつか彼に会いに行こう。懺悔するためではなく、共に笑うために。吊るした短冊に書いた願いは意味を変えた。
『また世界を渡れますように』
ラピスたちの別れは存外とあっさりしていたが、それでも皆の気持ちが通じ合っているのは側から見ても分かった。またいつか遊ぼうな、と。
長かった七夕旅行はこうして終わりを迎えた。
──────
「楽しかったねー」
「そうじゃな」
「せんせーも楽しそうで良かったよ⋯⋯あっ」
「おいこら、ラピス。後日に個別指導だ。内容はネットリテラシーでな」
さらっとラピスが失言していたが、聞かなかったことにした。セピア殿もナツキとキャラが違うが、それとも違う今のが現実の話し方なのだろう。
「こんな七夕⋯⋯いや、オンラインゲームで楽しかったのは初めてじゃった。ありがとう」
感謝を、想いを言葉にして伝える。会えなってからでは遅いから。
今日は七夕、織姫と彦星は一年分の語らいを毎年しているのだろうなと思いながら床に就いた。




